第15話 一目惚れ?

「「「謝肉祭カーニバルだ!」」」

 キュミラさんの声かけで集まったハルピーの人たちが一斉に声を上げて小動物を捕食し始めてから数時間後、流石に小動物ということもあって結構侵入を許してしまい、食料倉庫の食べ物にも結構被害は出たものの、本命であるギルドの尋問室は守りきれた。

 ハルピーさんたちの食欲は結構すごいんだなぁと思いながらもイネちゃんがその英雄たちからカガイの町の被害状況を聞いていたら、カガイのギルドマスターさんが。

「こ、これはやっぱり尋問に怒ったあいつがやったんじゃないんですか!?」

「違いますよ、マスターさんだって食べたでしょうリリアのお料理。まぁ軟禁状態だっていうのは確かに否定できないですけれど、恐らくはムータリアスで起きた動物による被害に呼応する形だったんだと思いますよ」

 少なくともあの人が動物を操れるっていうのはリリアが看過してくれたので、ようやくこの辺ははっきりと言えるね。

「で、でもそれじゃあやっぱり拘束しているとまた被害があるってことじゃないですか!」

「まぁそこは……はい。ただ今回の件で今まで平和穏便にやっていたのは確証がなかったからですので、今後は強気に出れますよ。こちらとしてもいい加減情報が欲しいところですし、被害にあったのは食料なので……」

「そこはヌーリエ教会で補填しますし、治療が必要な方にも訪問して対応させてもらいます。他の必要な補填も必要であるのならさせて頂きますので、ギルドの迷惑にはなりません

「そこまでおっしゃるのでしたら……ですが我々とてこの町ではそれほど立場は強くないのですからあまり派手なのは困りますよ」

 うーむ、カガイはまだトーカ領のはずなのにギルドへの依存度が低いってことなのかな。

 一応は商人さんたちの護衛依頼で活躍していると思うのだけれど……どちらかといえば個人技よりも組織力でカバーするタイプの連隊とかそういうのが多いんだろうか。

 そういう人たちだと往々にして治安の悪化に寄与しちゃったりするからなぁ……一応ギルドの規定で著しく人の規範となる行動から逸脱した場合は謹慎や強制福祉活動、最悪の場合は免許剥奪までありうるんだよね。

 大陸の傭兵、冒険者制度というのはよくあるファンタジーな創作物とは違ってかなり厳格に管理された組織になっていて、例えるのなら地球の派遣労働に近いものなんだけれど、福利厚生を含めた社会保障まである……のだけれど、それはちゃんと試験を受けた人か、長年信用を積み上げてきた人たちが得られるものであって、最初のイネちゃんのように簡易的な受付でなった人は相応の信頼を積み上げなければならないわけで……そしてそういう人に回される仕事は常に存在しているようなお仕事ばかりだから長期間やらないと無理なんだよね。

 幸いなのかどうなのかわからないけれど、イネちゃんの場合は結構ヘビーなお仕事に巻き込まれてたからそのへんはすぐに解決できたけれど、普通ならそれこそ時折出没する害獣駆除とか、街道の安全点検とか、下水掃除とか……完全にこんなのやりたくてなったわけじゃないっていうお仕事ばかり続くことになるから、ヤサグレ気味になる人は案外多かったりもする。

 それでもある程度仕事をちゃんとやっていたらギルドからある程度の社会福祉は前倒しでやってもらえるし、最悪ヌーリエ教会に行けば衣食住を全部満たしてくれるからこそ、評判があまり高くない程度に収まっているわけである。

 大陸でなかったらまず間違いなく犯罪組織の一員になったり、テロ屋になったり、それこそ野盗に落ちたりしてるだろうことはムータリアスという錬金術師事案の元凶を生み出してしまった異世界が証明しているわけで……。

「イネ、色々考えているところ悪いのだけれど……今日のお昼、あの人のところで一緒に食べてくれないかな」

「護衛?」

「それもあるけれど、どうにもあの人はイネのことを知りたがってるみたいなんだよね」

「どういうこと?」

「そこまではわからないけれど、イネのことを気にしているのは確かだよ」

 どういうことだろう。

 実質イネちゃんがひとりで襲撃を防ぐような形になったことに対して興味がある?

 でもそれならむしろ単騎で大規模な軍勢を殲滅したっていうことで恐怖されててもおかしくないと思うし、恐怖しているのならむしろ拒否するよね、それが会いたいっていうのはちょっとよくわからない。

 一応イネちゃんが思いつく範囲では、イネちゃんの力に対して情報を得て何らかの手段……今回の場合は動物を使って仲間に周知させるとかそんなところかな。

「ま、考えていてもわからないか。わかったよ」

「うん、それといくつか言葉を学習したみたいではあるね、少なくともこっちの話していることは理解できるようになってる感じだから」

「発声はまだ難しいか……」

「そこは私が対応するからさ、うん」

 会ってみればわかることだしね、暴れられてもイネちゃんが直接会うのだから特に問題になることはないだろうし、会ってみるのが1番だよね。

 リリアと雑談しながら尋問室、今は普通に牢屋としても使っている部屋へと入ると、特に拘束具をつけられることもなくあの青年が座っていた。

「それでは今日の尋問をはじめ……」

 リリアがそうやって尋問を始めようとしたとき、青年がイネちゃんに向かって飛びかかってきた。

 当然ながらリリアはびっくりしたけれど、イネちゃんは押し倒されたり、押しのけられないように下半身に力を込めて体の重心を低くして待ち構えた……のだけれど、想定外の事態が発生した。

「スキデス!」

 イネちゃんの手を掴んで真剣なまざなしでイネちゃんの目を見ながらそう告げたのだ、これにはイネちゃんも流石にびっくりして止まっていると更にエスカレートしてキスまでしようとしてきたので流石に関節を決めて動きを封じたけれど……こう、関節技で拘束しているから表情とかそういうのが確認できちゃうんだよね、それがすごく恍惚っていうのが相応しい感じの顔してるからイネちゃんとしてはなんとも言えない気持ちになるよね、流石に捕虜に向かって気持ち悪いとか言うのは避けるけれど。

「リリア、ちょっと説明してもらっていい?」

「え、あ、えぇ!?ちょっと私だってわからないってこんなの!」

 リリアも把握していないことって……夢魔の思考把握能力でもわからないってことか、今この瞬間に思いついたことか……どちらにしろイネちゃんとしては圧倒的に面倒なことになっていることだけはわかるけれど。

「イネ、これはちょっとイネは席を外したほうがいいかも、ちょっとこの思考を読むのは私……」

 そこまでか……脳内ピンクというか恋愛脳というか、そんな感じにイネちゃんがいるとなってしまうのならこれはもうイネちゃんが立ち会うのはやめたほうが良さそうに思えてくる。

「とりあえずこれはもう完全拘束しちゃっていいよね」

 とは言え万が一イネちゃん以外にはなにも喋らないとかになってくるとまた面倒なことになるのが確定するので、イネちゃんが参加しないという最後の手段は本当に最後まで取っておいて今この場は動けなくすることを提案してみる。

「まぁ……このままだとなにも進まなくなるから仕方ないかな」

 リリアは苦笑い。

「むぅ……リリアは当事者じゃないから」

「ごめんごめん、でも少し落ち着いてきたのかこれなら思考を読んでも大丈夫になったんだけど、この人のこの奇行は割と本気っぽい……よ?」

「リリア今ご愁傷様って思ったでしょ」

「いやそんな……ことは」

 イネちゃんが結束バンドとかで簡易的な拘束をしているときに笑いを殺してるのがよくわかるんだよね、くそぅ。

「大丈夫大丈夫、お互いが思わないと大陸だと結婚とか無理だからさ」

「地球でも無理だからね!いやまぁ地域や国によるけどイネちゃんが育った国では一応はお互いの意思の元で婚姻契約するからね!」

 それにイネちゃんとしてはまだまだ結婚とかそういうことをするつもりはないのだ、大陸と地球、両方ともの法律でなんだかんだ結婚可能年齢ではあるんだけど。

「まぁ今日のところは少し乱暴になっちゃってごめんなさい、それでは今日の尋問を始めさせてもらいますね」

 このあとめちゃくちゃ尋問した……かったなぁ。

 実際のところすぐに青年がイネちゃんに向かって告白しかしなくなったし、リリアの思考読みも恋愛脳ピンクな感じになっちゃったらしくってどうしようもなかったからすぐに終わりにしたんだよね、うん。

 今後、この人の尋問に対してイネちゃんが立ち会うことが禁止になったのは言うまでもない出来事だったよ。

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