第14話 情報整理
「今日の尋問、終わったよ」
イネちゃんたちがお茶を飲みながら書類を整理していると、リリアが尋問室から出てきた。
「何かわかった?」
「出身については。ただ思考の片隅で何か考えているのを拾っただけだから正確性に関してはなんとも言えないけど」
「それで、ムータリアスでしたか?」
ジャクリーンさんの問いにリリアは首を横に振って否定する。
「そもそも言葉がわからなかった時点でヌーリエ様が知らない世界ってことだから」
「そういえばヌーリエ様が関わってくれれば言語翻訳もしてくれるんだっけか」
ムータリアスの時も時間はかかったものの、最初にココロさんとヒヒノさん、それにヨシュアさんが錬金術師に巻き込まれて飛ばされてたからね、そのおかげというのもおかしな話だけど言葉に関しては案外すぐに解決したのだけれど……。
「ムータリアスの言語は比較的わかりやすかったのもあるからね、そもそも声をだしてくれないからそのへんもできないんだよね」
「まだ黙秘を続けてるのか……流石にそろそろ音での認識はできると思うのだけれど……」
意味はわからなくても音は把握できるから、言語を学ぶ時はまず聞くことからとも言うし……そう考えると既に数日リリアの尋問と料理を振舞われている捕虜の青年は日常会話の範囲は既に音の羅列である程度把握できていても不思議ではない。
「とにかく私が把握した地名は『オーウ』っていうものだけだから」
「それ、地名なの?」
「うん、少なくともあの人は地名認識だったよ」
夢魔の思考を読む力ってそういうところもわかるんだね……いやまぁたしかに細かいニュアンスがわからないと夢魔としても色々困ることになるんだろうけれど、感覚がわからない人からするとちょっとピンと来ないよね。
「あの方から情報を引き出さない限り、今回のことは第2のグワール……ゴブリン事案に繋がりかねませんからね、リリアさんには引き続きお願いします。生態調査の方も私の実家から連絡が来て一時休止してもいいからこっちを優先しろと言ってくださいましたのでこっちは気にしないでくださいね」
「大陸で被害を多く出してるのは王侯貴族だからねぇ……ヌーリエ教会が積極的に関わってくれるのならそれは投げるか」
むしろヌーリエ教会が人手不足が深刻すぎて手がまわらないからこそとも言えるんだよねぇ、王侯貴族だって大陸標準から見れば組織力という面においてはヌーリエ教会未満ギルド以上、しかも影響範囲自体は自身の領地に限定されるから即応力も低くはない。
ただゴブリンの神出鬼没ぶりやマッドスライムの性質、そして地球の軍隊相手には殆どの場合で無力だったってだけだからね、後々マッドスライムへの対応に関しては
燃やすことが有効であるとわかってからはギルドの冒険者よりも組織的に行動ができることもあって効率よく対処できてたみたいだからね。
「まぁ貴族の方は今は別に問題はないのですが、問題になるにしても動物による蹂躙を受けた際に守りきれないという場合くらいですし」
「守りに徹すれば大陸の都市はそうそう落ちないけれど……」
流石に先日のカガイへの襲撃レベルで攻められた場合はその限りではないからね、大陸の人たちにしてみれば火吹きトカゲはあくまでそれなりに強い爬虫類止まりだからマシなほうだけれど、むしろクマが数を揃えて突撃してくるとそれこそ地球の現代兵器でクマのいる空間をまとめて蹂躙、蒸発させるレベルでもないとイネちゃんのように確実に耐えられるとわかっている前提でヘイトを稼いで空間制圧、または蒸発をしなきゃいけないからなぁ。
それをしないでもいい状況を整えるか、できる人が偶然居合わせでもしないと籠城するのも難しい……相手に明確な行動の意思を感じることができたとしても、実際戦うことになるのが動物だと大陸の基本的な思想信条だと食べきれない量を狩るのは貴族でも躊躇っちゃうのがね。
ちなみにイネちゃんたちが迎撃した動物たちはカガイの食堂とかで絶賛振舞われているし、一部保存処理と地球の技術で加工して缶詰化したので長期的に見ればだけれど処理はできるのでセーフである。
「ともかく、ムータリアスにて人命が失われたのは事実です。リリアさんが認識したオーウという単語には何かしら意味があると考えたとしても情報があまりになさすぎますから……次の一手はどうしましょうかイネさん」
「そこでイネちゃんに振っちゃうんだ」
「今いる面々では私を含めてもイネさんが1番経験豊富ですからね、意見を求めたいのなら真っ先に聞くでしょう?」
ジャクリーンさんはそれをしれっと聞いちゃっていいのか……いやまぁいいから聞いてきたのだろうけれど、どことなく心配になってくるよね。
「どう転んだとしても少なくとも情報収集を諦めてはいけないからね、リリアに頼り切る形になっちゃうのはイネちゃんとしては考えたいところだけれど、現時点で取れる手はそれしかないよ。最も、そういう状況でもイネちゃんたちが絶対に情報を得なければいけないなんていう義務は存在しないけどさ」
ただそれをしてしまうと今後の信用問題にも関わってきてしまうのでできないようなものである。
「でもまぁ、私もそうしたほうがいいってわかっているからだいじょう……」
リリアが言葉を途中でつまらせて、周囲をキョロキョロ見渡し始めた。
「どうした……」
の?とイネちゃんも続けられなかった。
雑談のような感じの会話の最中でも捕虜をひとり抱えている状態だったので感知能力は使っていたのだけれど、そこに明確な異変を感じたからである。
生命体への探知能力だけで言えばイネちゃんよりもリリアの方がはるかに優れているので、リリアが言葉をつまらせた理由も同時に理解したのだ。
「小動物が結構な数迫ってきてる……」
「魔力の流れとかそういうのは感じない……でも間違いなく近づいてきてる気配は全部あの人を目指していると思うよ」
「よくわかりませんが……私はロロさんの状況を確認してきます。イネさんたちは対応をお願いします」
そう言ってジャクリーンさんは尋問室へと走っていってしまうが、実際のところ集まってきている小動物が何かできるとも思えないし、何より対処するには攻撃を加えない限り足止めすら難しい。
なにせイネちゃんが感知で感じている小動物の大きさから考えて、リスやネズミと言った体躯が基本的に小さい動物ばかりで、イネちゃんがそれを止めようとしたらどうしても周囲への被害が余波で出てしまうものしかない。
ネズミ駆除に銃を使うのかってお話も出てくるかもしれないけれど、慣れていない武器を使うくらいならイネちゃんの場合は銃の習熟度が高いためはるかにマシなんだよね、なのでもったいなくても銃の方が効率がよくなるのである。
「数が数だけれど、全部がここに向かってきてくれているのなら私が何とかしてみるよ?私の力なら特別頑張らなくても効果範囲を限定的にして楽もできるし」
……たしかにリリアの力なら特別なkとおもなく対処出来るとは思うけれど、それもそれでイネちゃん的にはちょっとモヤっとするところなのだけれど・
「わかった、お願い」
イネちゃんの気分で解決できる問題を難しくする必要はないし、してはいけない。
この時点でイネちゃんが取るべき選択はリリアに対処のメインを任せて、イネちゃんはそのリリアを全力で守るだけ。
「イネさーん、なんだか美味しいお肉がいっぱい走って来るッス、食べきれないッス、どうしたらいいッスかね」
イネちゃんたちが慌ただしくしていると、外からネズミをもしゃもしゃしているキュミラさんがギルドに入ってきた。
そういえば小動物の天敵だったかキュミラさん……。
「食べられるだけでいいからキュミラさんは捕食してて、それでこっちは少しは楽になるし」
「いいんッスか!町と近くにいるハルピー仲間にも伝えてくるッス!」
そう言って飛び出していくキュミラさんの背中を見ながら、イネちゃんはあることを考えていた。
「……調理済みの方がいいって言ってたのにね」
イネちゃんのつぶやきにリリアの乾いた笑いが聞こえてきたところで、イネちゃんたちは迎撃の準備に入る。
「イネ……今ようやく聞こえたんだけれど……」
小動物用に尋問室の周辺に対小動物用のトラップを作ろうとしたところで、リリアがイネちゃんにソレを伝えてきた。
「これ、あの人が呼んでいるんだ……」
捕らえられてから数日、ようやっとあの青年さんが動いたということで、そしてそれはあの人もムータリアスで起きた被害に関して無関係ではなさそうということになるのだけれど……それを改めて聞くためにも今はしっかりと対処しないとね。
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