第13話 新たな世界の訪問者

 今イネちゃんの目の前にはイネちゃんがお父さんたちから教わった簡易捕縛術にて拘束されたひとりの青年が椅子に座らさせられている。

「流石にあの状況だと拘束せざるを得なかったからね、動物たちを操っていたんじゃないのならごめんね。でも……操っていたのならなんで街を襲おうと思ったのかをちゃんと教えてもらうよ」

「…………」

 とまぁイネちゃんではこれ以上のこともできず、拘束した状態でカガイの街のギルドまで戻ってきたのだけれど……。

「困りますよ!カガイのギルドってそんなに発言権はないんですから!」

「いやでも拘束施設があって、イネちゃんたちが利用できる場所ってここか教会のどちらかになるし……一応ここは傭兵と冒険者の憩いの場でもあるから、もし暴れられても周囲に被害はでないでしょう?」

「そうは言っても常連さんですら結構出ずっぱりなんですよ!人が殆どいない時間に暴れられでもしたら……」

「そのためにイネちゃんたちがしばらく滞在するって言ってるでしょう!」

 こういう感じに押し問答が続いていて尋問のじの字もできないでいるのだ。

 一応イネちゃんが勇者の力で独房を作ってそこでやるというのもいいとは思うのだけれど、それをやってしまうと今後その施設の占有権云々で揉めそうだし、できるだけやりたくはない。

 ムータリアスの時みたいに完全に0からの開拓であるのなら別段問題になりにくいことではあるけれど、既にコミュニティとして成熟している場所ではそういう権利関係が大陸でも発生してくるからね、地球のドロドロとした感じにはならないけれどさ。

「もう、何かあったら責任はちゃんと取ってくださいよ……」

「そこは私が取りますので……それじゃあイネ、行こっか」

 うん、まぁ今のイネちゃんたちのパーティー構成だとリリアしかまともに社会的責任という面において請け負えないんだけどさ、なんかこう申し訳ない気持ちになってくる。

 リリアは別に問題ないと言ってくれるけれど、この辺はもうちょっと考えたほうがいいなぁ……傭兵がどれだけランカー上位になってもそのへんの責任を請け負うことが難しいのはロロさんが証明しちゃったし、そうなるとイネちゃんだけが持つのはヌーリエ様に選ばれた勇者であるという点だけなんだけれど……それはそれで権威を利用するみたいだからできる限り避けたいんだよね。

 リリアもイネちゃんがやると色々面倒になるからってことで率先してやってくれてるわけだし……イネちゃんの弱点だよなぁ政治面の対応。

 今回はまぁ仕方ないからリリアと一緒に拘束した青年をギルドの尋問室に入れてから、万が一に備える形で部屋のすぐ外にはジャクリーンさん、中にはイネちゃんとロロさんが護衛する形でリリアに尋問してもらうことにした。

「それでは今から事情聴取を始めます。あなたには黙秘権は存在します……今回は街壁の一部に損傷が見られたものの人的被害は無いので重篤な犯罪とはみなされませんが、もしあなたが動物を操れると判明した場合この世界で見られている動物の奇行に関しての重要参考人として情報提供を要求する可能性があることと、主犯であった場合は相応の処罰が適応されることも予め伝えておきます」

 うん、めんどくさい!

 リリアの尋問開始の権利の読み上げだけでも結構めんどくさく感じる辺り、イネちゃんは穏便な平和的尋問には向いていないなということを実感せざるをえないね。

「それとこれも事前に通達しておかなければいけないことですので、お伝えします。私はあなたの思考が、言語が違った場合においても認識し、理解ができるため事実と違った内容を発言された場合でもすぐにわかりますので、できるだけ事実のみを話されるか、黙秘権を行使なさることをお勧めいたします。嘘の証言はあなたの立場を悪くするだけですので、これはあなたの人権を守るための項目となります」

 プライバシーとかは全くないけどね、頭の中ガラス張りバリアフリーみたいな感じで理解できるのがリリアの力……ムーンラビットさんから受け継いだ夢魔の力だからね。

「では本題に入ります。あなたのお名前をお聞かせください」

 リリアがまず名前を聞くけれど黙秘。

 この段階で黙秘されると言葉がわからないのか、わかっていて黙っているのかの判断が難しいんだよね、イネちゃんはこれをやられるとどうしようもないから、夢魔の力で相手の思考が呼吸をするように理解できるリリアに期待せざるを得ない。

「黙秘、なさいますか?」

 青年は無反応。

 これで反応してくれれば言葉は理解しているということが判明するんだけどねぇ、少なくともヒアリングはできてる証明にはなるから。

「とりあえず、続けます。あなたは大陸の人間ではないことは把握できていますが、地球及びムータリアスという世界の名前を知っていますか?」

 これも無反応。

「リリア、これって言葉ちゃんと理解できてるのかな?」

「もうちょっと待って、大丈夫だから。……それでは今までの質問を黙秘したということで最後の質問となります」

 最後というのはこちらがわかっていることが少ない以上、名前を聞いてから家族構成や出身地を聴こうと思っていたからである。

「あなたは悪意を持ってこの街を滅ぼそうと考えていましたか?」

 こちらとしても最も重要な質問に対し、青年の反応は変わることがなかった。

 これはどうにも言語が違っていると考えるべきかな……リリアは優しいからあまりあれこれ暴いてっていうことをやるのは控えちゃうし、こうなってくるとリリアの祖母でありヌーリエ教会の重鎮の夢魔の親玉、ムーンラビットさんかその部下にお願いしないといけないかな。

「ううん、多分この人は言葉を理解している。まぁ全部が全部じゃないだろうけれど、今自分の置かれている立場は理解しているし、こちらの質問の意味もニュアンス程度は伝わってると思うよ」

「それは思考を読んだ上?」

 リリアは首を縦に振った。

「だけどそれなら黙秘する理由が余計わからないんだけれど、特に思考が読まれているっていうのはニュアンスなりで伝わってるだろうし」

「それがそうでもないんだよね……まぁ私たちを何か別の存在と勘違いしているのは間違いないよ。問題はこの人が大陸で使ってる言語を相槌程度の言葉すら知らないってこと」

 言葉がわからない時点で詰んでると思うのは普通かなぁ……そこから自暴自棄になってアニマルテイマーみたいな能力を使ってテロを起こしたってことになるわけだけれど、こちらとしては迷惑でしかない。

「本当、今のところまだ人死が出てないことだけがこの人に残された細い糸か……」

「私も神官として責任を取るって言っちゃったから、あまり優しくもできないし……でも言葉がわからない以上はイネに頼るのも無理だから」

「ムーンラビットさん、呼ぶ?」

 そう聞くとリリアは力なく首を横に振った。

「ばあちゃんは間違いなく今は大陸にいないと思う。スゥさんだって地球か大陸のどちらかに出てるだろうから、そうなると私とあまり力の運用の幅があまり変わらない人ばかりで……」

 完全に手詰まりな状態か……イネちゃんたちもずっとカガイに滞在するわけにもいかないし、どうにかして主犯っぽいこの人をなんとか対応できればいいんだけどね。

「イネさんちょっといいですか、リリアさんも」

 部屋の外で待っていたジャクリーンさんが声をかけてきた。

 イネちゃんとリリアは無言で目を合わせて首を縦に振り合うと。

「それではまた来ます。少しづつでもこちらの言葉を学習していってください」

 リリアがそう言って一緒に外に出ると、ジャクリーンさんはハンドサインで離れることを指示してきた。

「いいよ、ロロ、見張る」

「お願い」

 捕虜の人の監視を申し出てくれたロロさんにこの場は任せてイネちゃんとリリアはジャクリーンさんの後をついていく。

「このくらい離れればよほど耳がいいか、夢魔の方々のように思考を読めでもできなければ大丈夫でしょうか……」

「それで、何が起きたの」

「ムータリアス側で今回の動物の暴走事案が発生したようです。そちらの方は旧アルスター帝国の辺境の町を蹂躙し、全てを更地に変えたと……」

 つまりは人死が出たということである。

「それでも一応、イネちゃんたちが捕らえた人はそちらの件には関わってないと断言できるのが幸いなところかな……無関係ではないとは思うけれど」

「少なくともイネの言うとおりだとは思うけれど……」

 リリアが少し言葉に間を作ってから続けた。

「これで私はあの人を尋問を強くして、何かしら情報を引き出さないといけなくなった……よね」

 ジャクリーンさんとナガラさんには申し訳ないけれど、イネちゃんたちはしばらくカガイに滞在することになったね、生態調査をのんびりしていられる情勢じゃなくなってしまったから……。

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