第19話 今までの情報
「えっと、とりあえずリリアとジャクリーンさんが帰ってくるまでの間に今まで手に入った情報をまとめておこうか」
カガイの教会、その食堂スペースで飲み物と軽食を注文してから切り出した。
「でも情報って少なくないッスか」
「うんまぁキュミラさんが言うとおりに特別情報が集まってるわけじゃないから、とりあえず少ない状態で整理しとこうってお話」
「整理……しとかないと、煩雑……」
「まぁそうッスよね、じゃあどこからどうやってまとめるッスか?」
ロロさんの説明にキュミラさんが納得したところでイネちゃんはノートパッド……まぁ限りなくノートPCに近いものだけれど、生態調査の依頼ってことで記録できるものが紙媒体以外にもあったら便利だと思って出発前に買っておいたもので、正直ずっとヌーカベ車にしまってたのを今日思い出したんだよね、うん。
最も、動力となる電力の確保が基本的にギルドか教会でしかできないってこともあって常に使えるものでもないんだよね、スマホもだけど。
正直、やっぱりイネちゃんは大陸で活動するならスマホよりも自力発電機能をつけたPDAの方が良いんだけど……どうしてもお高いから手が出しにくいんだよね、銃の弾薬やランニングコストの方が大きいけど必須度で言えば銃の方が高いので仕方ない。
「それ、地球のイネさんの家にあったやつッスか?」
「あれはコーイチお父さんのだけどね、これは生態調査をやることになったすぐ後にイネちゃんが買ったやつ」
電源をつけてログインしてから表計算ソフトを起動してとりあえず今まで集まった情報を羅列していく。
まずは大陸で動物の異変が確認されたということからイネちゃんたちは生態調査を行うことになった。
この情報は依頼主である貴族、フルール家だけでなく大陸の大規模な組織、王侯貴族にギルド、ヌーリエ教会も把握してはいるが、錬金術師事変が当事者の逮捕という形で決着した直後ということもあって人的、物資的、資金的な理由からまともに対応することができない。
錬金術師事変自体の規模が世界……それも大陸と繋がった他の世界2つ、計3つの世界を巻き込んで混乱を引き起こしたものだからそれの復興事業に人手が割かれるのは致し方ないし、なんで錬金術師、グワールがあんなことをしたのかを調べないといけないわけでそちらにも人材を割かれるとなると被害の規模的に相対的に犠牲者の少ない大陸から人材を派遣せざるを得なくなるからね。
まぁその結果が今回の動物暴走事件なんだけど……立て続けに世界規模と言えるような事件が起きるなんていうのは想定外もいいところだから誰も責めることはできない。
「実験……」
イネちゃんがキーボードを叩いていると、ロロさんが急に口を開いた。
「ゴブリンの時も……似た、感じ……だった」
「……その可能性は否定できないけれど、まだ特定は無理かな。それにゴブリンの時は偶発的で、明確に実験の意味合いが含まれてきたのはヴェルニアで遭遇戦みたいになった後で……」
そうだ、そういえばあの時の錬金術師ってグワールだった……はず。
でもあの時のグワールは自身のクローン体に意識移植ではなく、空間移動魔法で移動していた。
錬金術師関連の事件は既に決着がついているから、今回の件にはもう関係はないとは思うけれど、こう1度気になってしまうと頭の中で思考がぐるぐる回ってしまうよね。
「勇者?」
「あぁごめん、ヴェルニア奪還作戦の時に始めて錬金術師と遭遇したのを思い出してね。あの時の錬金術師はグワールで間違いなかったとは思うけれど、空間転移で逃げたのがちょっと気になっちゃってね」
そもそも世界間の転移を単独で出来るのなら本来逃げるのはそっちのほうが圧倒的に楽だし、損失も少ないはず……スペアの肉体だってタダじゃないだろうし。
「それは流石にイネさんの考えすぎですよ」
「ジャクリーンさん。それにリリアもおかえり」
2人がただいまと返事をしてからジャクリーンさんが話を続けた。
「グワールの拠点はどこもここ2、3ヶ月辺りに整備されたり、作られたりしたもので自身の複製を作る設備に関してもその内の5つ程度だったようですから流石にあの時に変わりの身体があったと考えるのも無理があると思いますよ」
「その情報って……」
どこから聞いたと続ける前にリリアが割り込んできた。
「ばあちゃんを含めた偉い人たち。隠す必要もないし、特にイネに隠す必要なんて皆無だって言ってたから信じていいと思うよ」
「うーん……なんというか1度気になってしまうと他の情報や状況が大丈夫だって言っててもこう、気にならない?」
「まぁ気持ちはわからなくはないッスが……道端に転がってる1つだけ色の違う石ころの理由を考えるようなものじゃないッスかね」
「まさかキュミラさんにまで言われるなんて……」
「イネさんからの私の評価はもう今更ッスけど、せめて本人のいない場所でしてもらいたいッス……」
「おふたりの漫才を見ているのは楽しいですが、話を戻してもよろしいでしょうか」
漫才と言われてしまった。
「ともあれ、今イネさんが入力した内容を見ているとやはり今の段階で私たちが把握できていることは無いと言っても過言ではないですね」
「そりゃまぁ事件ではあるけれど、まだどういう背景があるかなんてのは完全な当事者か情報の精査が進んでいるお偉いさんくらいしか持ってないと思うよ。現場で遭遇しただけってことを考えればむしろ情報は多い方かな」
まぁ初期尋問を担当したってことを考えると逆に少ないという捉え方もできなくはないけれど、その手の技術を専門的に有していないリリアが担当したから今の情報量は極めて妥当である。
「それで、羅列した結果どうなったんです?」
「大陸、地球、ムータリアス以外の世界の人間が動物を使役できる可能性があり、ゴブリンがいなくなった後の生態系変化に関して関与している可能性がある。この程度だよ。だから保護してる動物の状態が知りたいんだけれど……」
イネちゃんがそう答えると、リリアとジャクリーンさんがお互いの顔を見てから首を横に振り。
「収穫なしです」
「極めて正常、敢えて何かをあげるとしたら他の個体よりも大人しい……というよりも人懐っこい感じがする」
「あぁそれはありましたね。流石に猛獣はそうではなかったですが、鹿などの普段から大人しい種に関しては人への警戒心がなくなっているとまではいきませんがどうにもかなり希薄になっていたかと」
「それは十二分に重要情報なんじゃ……」
とりあえず2人の答えを表計算ソフトに打ち込んでいく。
大陸の動物はクマや狼のような猛獣分類の種を除き、基本的にはヌーリエ様の加護の影響かかなり大人しいものが多い。
ただそれでも人への警戒心は強いはずの鹿とかが人懐っこくなっているというのは少々気になる情報ではあるよね。
「でもヌーリエ様が言語解析をするのに時間がかかる異世界ってどんな世界なんだろうね」
「それは想像してみよっかってことかな」
「うん、正確なことなんて一切わからないから、ちょっと想像してみたいなって」
「うーん、それ自体が固定観念になって見誤る可能性が否定できないからあまりやりたくないけれど……」
「イネのそれにメモしておく程度にするのはダメなの?集めた情報と遊ぶ感じにきろくする場所をわけたりとかさ」
「できるけど……この記録じゃなくてちゃんと記憶の方でも分離しておかないといけないからね」
イネちゃんの場合ならイーアと分担すればいいだけのお話なのでいいのだけれど、皆はそういうわけにはいかないからね、うっかり混同しちゃう可能性は低くない。
「それでもさ……」
「リリアも1度気になったから気にしないって流れを取りにくくなってるね」
「そういえばそうッスね……なるほど、さっきのイネさんってこんな感じだったんッスね」
「そういう意味はなかったんだけれど……まぁいいか。それじゃあ言い出したリリアはなにか思いついたんだよね?」
「あぁうんまぁ思いついたっていうよりは私がそう思いたいってだけなんだけど……動物たちはどの子もあの人を悪く思っていなかったから、もしかしたら動物と密接な関係にある世界なんじゃないかなって」
思った以上にそれっぽい。
「でも、あの人を調べた時にはそう感じなかった?」
イネちゃんが聞くとリリアは首を縦に振る。
「うん、だから私が思いたいだけ。動物側だけの感情だとやっぱり勘違いとか単にあの人だけがそうだったって可能性も否定できないっていうのは分かってるから、大丈夫だよ」
うーむ、この様子ならリリアは大丈夫だと思うけれど……むしろイネちゃんがちょっと気になってきてしまった。
動物側にあの人に対しての悪感情がなかったってことは無理やり使役されたわけじゃないか、そう思わないレベルの掌握をされたか……そもそもただ単に動物の攻撃的な野生を増幅して喚起しただけの可能性だって否定できないわけだから……。
「イネ、私が言い出したからなんだけど……イネが気にしちゃったね、ごめん」
「あぁうんリリアが謝る必要はないんだけどね、どのみちイネちゃんたちが情報があろうがなかろうが、何が正しくて間違っているのかを理解できていたとしても今はまだ首を突っ込むのは避けるべきだしさ、目の前の生態調査を続けるだけだよ」
「あ、忘れていなかったんですね、安心しました」
「ジャクリーンさんはもうちょっと情報の精査とか手伝ってね、貴重な貴族側の情報を無理なく集められる人なんだしさ」
「大した情報なんてないと思いますが……まぁ定期連絡の時に聞いてみることはしますけどね」
一応皆で連携することで情報漏れを減らすことはできそうかな。
リリアは教会、ジャクリーンさんは貴族、イネちゃんは地球……キュミラさんはハルピーネットワークを使って大陸の情勢をリアルタイムで伝えてもらうことにして、イネちゃんたちは改めてお料理を注文して昼食にした。
ゴブリンの時よりも情報の取り扱いはまともだけれど、今回は今回で煩雑な情報が多くて……やっぱりこの手の訓練もお父さんたちから受けておくべきだったと痛感しながら食べたお昼ご飯はあまり味を感じることができなかった。
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