第11話 トランプル

 事件は、情報をまとめたその夜に起きた。

 イネちゃんたちを眠りからたたき起こしたのは街の警戒用の鐘の音で、けたたましく街中に高い金属音が止まることなく鳴り響いたのだ。

「イネ!」

 一緒の部屋で寝ていたリリアが飛び起きて真っ先にイネちゃんの名前を呼ぶと、イネちゃんもその声に意識を覚醒させて最低限の身支度だけをして部屋から飛び出た。

「イネさん、これは」

「ゴブリンや錬金術師はもういないし、野盗程度が多少群れてもカガイの街をここまで警戒させるような事態にはならないよね」

「はい、そうなるとこの鐘の意味は……」

「大変ッス!街の外が土煙で何も見えないッスよ!」

 最初に起きたのかキュミラさんが窓から状況を報告してくれた。

 外が土煙で見えないってことは……何か大量の生物が動き回っているという情報に変換することができるけれど、イネちゃんには思い当たる節がいくつか存在する。

「バジリクスバード?」

「違うッス!いやそれも居るっぽいッスけれど火吹きトカゲやらなんやらも混じってて何がなんだかわからないんッスよ!」

 キュミラさんはちょっと混乱しているから多少の誘導はしてみたけれど、事態は思った以上に深刻のようだ。

「ヌーカベがいたりは?」

「流石にヌーカベはいないっぽかったッスけれど……」

「なら良し。いや良くはないけど最悪の事態は避けれそうだね」

「どういうことッスか」

「ヌーリエ教会の神獣がってこともあるけれど、それ以上に身体能力を考えたらいたら防衛は絶望的になるならね」

 やる気になったら地面を超音速で走り、その走った後が耕された肥沃な大地に変換されて、尚且つ重戦車以上に硬い皮膚と毛を持っていて、その耐久性は耐火、耐電、耐毒能力が極めて高いレベルで、リリアの精神制御などに対しても抵抗力を持つ。

 これだけ聞くと絶望的な最強生命体みたいに思えるけれどそこはヌーリエ教会の神獣で、性格はかなり温厚で人懐っこく、死期を悟ると自分と仲の良い人間の元に来て看取られる形で死ぬほどで、この死んだ後のヌーカベはその看取った人にだけその身体を使ってもらおうということなのか加工がとても容易になる。

 そんなヌーカベまで暴走して街を踏み潰すかのように走ってきているとなるとイネちゃんが勇者の力を全力で発揮でもしないと止めるのは難しくなるし、イネちゃんがヌーカベ専属で対応に当たることにもなるために他の動物がカガイの街を蹂躙することを止めることも恐らくするのは大変難しいことになる。

「ともあれ状況は悪いまま……キュミラさん、動物は全方位から来てるの?」

「いや東の方からだけッスけど」

「よし、現状は理解できた。それじゃあ防衛に参加しようか」

 イネちゃんの言葉にキュミラさんはギョッとするけれど、ロロさんもジャクリーンさんも、それこそリリアもやる気になっているから話は簡単に進む。

 とりあえずどことも連携せずに急に飛び出るとカガイの行政やギルドと無駄な亀裂を生むだけなのでキュミラさんにはそちらに連絡しに行ってもらい、イネちゃんたちは連絡が付きしだい即行動できるように街壁へと走る。

 イネちゃんとしてはリリアにも報告側に行ってもらいたかったのだけれど、万が一デッドオアアライブではなくアライブOnlyとか言われた場合のことを考えてリリアにはこちらに来てもらった。

 正直、イネちゃんは勇者の力を含めて考えても相手を蹂躙、殲滅向けのものになってしまい、殺さずに対応しましょうと言われると使える手段が極めて限られてきてしまうのである。

 その点イネちゃんとロロさんでとにかく足止めに徹して、リリアの魔法で一気に無力化できるのならそれが1番楽だし手っ取り早い。

 まぁこの方法だとリリアへの負担がすごく多いし、可能であるのならイネちゃんがアタッカーをして負担を減らしてあげたいのだけれどままならないよね。

 こういう時イネちゃんのメイン武器が銃火器、更に言えば爆発系武装というのが本当にもどかしくなってくる。

「大丈夫だよイネ、私だってキャリーさんから色々教わってできることとか増えてるんだからもっと頼ってよ。それにこれからは命を奪いに行くわけじゃないんだから」

「まぁリリアの場合基本的に非殺傷の力ばかりだからね、そういう点は本当に頼りにしてるよ……特に今回もバジリクスバードの時みたいにいくつか希少種が混じっててもおかしくないわけだからね」

「イネの攻撃は殺傷力高いからねぇ」

 リリアの口から殺傷力という単語が出てくるとは……あぁいやまぁリリアのお母さんであるササヤさんは大陸最強を名乗っても問題ないというか異論が出ないというかそういう人だし、従姉妹であるココロさんとヒヒノさんもイネちゃんとは別の力である勇者だしで使ってもこれと言ってまったくおかしくはないんだけどね。

「それで、もしキュミラさんの方がうまくいかなかった場合どうするつもりなんです?」

「え、どうするもなにも普通に守るけど?この手の問題って黙ってやるのが問題なだけであって、あらかじめ通達しておけばそれなりに言い訳できるからさ」

「まぁ……まだここはトーカ領ですからそれでいいですかね」

「やっぱり、他の貴族だといい顔はしない?」

「あぁ、はい。特に僻地に行くほど王族や教会の影響が減りますからね。トーカ領はギルド発祥の地ということもありその辺の連携は密で問題になりにくいんですけど……」

「ともかく別の領地では連絡は必須でいいよね、わかったよ」

 そんな感じのまさに雑談をしながら走り、街壁までたどり着くと状況は思った以上に深刻で、シンプルだった。

 カガイは東に荒野があり、そこ以外の方向は草原である。

 そしてその境界線がはっきりと見て取れる感じに荒野を動物が埋め尽くしていて、それぞれの種ごとに固まっているのが目視で確認できたのだ。

「百聞は一見になんとやらとは言うけれど……もし分布の変化が自然による変化であるのならこうはならないとイネちゃん思うな」

「うん……イネの言うとおりだと思う。ここまで明確に混ざることなく走ってくるとなると流石に誰かの恣意的なものを感じざるを得ないよ」

 リリアが説明してくれたけれど、それは牛なら牛、クマならクマだけというグループを作っていて、錬金術師事案を目の当たりにしてそのことごとくを経験させられてしまったイネちゃんとしては、目の前に展開されている光景は何かの実験のようにしか思えないのだ。

「と、とにかくです、守備隊の人たちと合流して私たちも防衛に参加しないとですね!」

「ジャクリーンさん……申し訳ないけれどリリアの護衛として一緒にいてもらっていいかな、これが初期実験だったとしても動物の行動を操作できるのなら狙われる可能性が高くなるから」

 その可能性がなくって自然発生的な事象であるのならイネちゃんはリリアを守りきってみせると大口を叩けるのだけれど、流石にグワール……錬金術師のような人間が介入して起きた事象であるのならこちらの切り札的な存在であるリリアが狙われる可能性を考慮しなければいけない。

「お願い」

「……わかりました、ですがまずは守備隊の方と連携を作らないとですね」

「……多分、勇者と……ロロ、だけの、方……が」

 ジャクリーンさんの言葉に重ねるようにロロさんが口を開いた。

 その言葉の真意もわからないではないのだけれど……。

「言いたいことはわかるけれど、流石にそれだとかなりの被害を覚悟しなきゃいけなくなるからね、最悪の事態を回避するためにも守備隊の人たちを頼らないといけない。例えそれが守備隊の人たちを死地に追いやることになったとしてもだよ」

 実際気持ちではイネちゃんだって守備隊の人には後詰で最終防衛ラインになってもらったほうがいいと思っている。

 しかしながら4方の壁の1面を完全に埋め尽くすレベルの物量ともなればこれは既にロロさんのような人でも絶望的な状況で、確実に生還できるだろうと断言できるのはこの場ではイネちゃんただひとり……そうなると確実に動物は抜けてしまうし、壁があるとは言っても大陸の大型動物はそれなりに時間をかければ破壊できてしまう上に、近づいてきた動物の群れの中、それも上空に火吹きトカゲの姿がようやく確認できてしまっているわけで……。

「暗さに目が慣れてなかったから気づくのが遅れたけれど火吹きトカゲもいるからね、流石に矢面に出てもらわないと……」

「そう……だよね、それが、正しいって……わかる、から」

 ちなみに今現在、守備隊の人に話をつけているのはリリアで、ジャクリーンさんはそちらに行ってくれている。

 イネちゃんとロロさんはこの動物による蹂躙……街が踏み荒らされるのを防ぐために色々考えてそれをまとめるためにこうやってお話しているわけである。

 しかしながら1番の最適な答えでロロさんが悲しい顔をするのは……できるだけ犠牲を出したくない、自分の力で守れるものは全部守りたいという気持ち、もしかしたら信念と言い換えれるものかもしれないからね、イネちゃんとしてはそれも尊重してあげたいのだけれど……。

「まぁ、キュミラさんが戻ってきて希少動物がいないとわかればイネちゃんが本気を出すだけだよ」

「イネさーん……一応伝えてはきたッスけれどー……」

「噂……したら」

 戻ってきた。

「申し訳ないッスけれど、役場の人が迫ってきている動物はできるだけ、最低でも番はそれぞれ確保して欲しいとか条件をだしてきたッスよ……」

 早速イネちゃんが本気を出すことを禁止されてしまった瞬間なのであった。

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