第10話 情報の価値

「というわけで、あの商店街で集まった情報を整理しよう」

 えー、今イネちゃんたちはカガイの教会にある来客用の宿泊場所で今日買った情報の整理をしようとしています。

 なんでこんな説明から入るかって?

 それは前の日記に書いた商人さん以外からも結構情報が買えたからなんだけれど、これがまた案外多くてね、同じ日に別のページに日記を書くのはイネちゃん始めてだよ。

「動物の生息域は間違いなく変わっているってことはどの地域でも共通してるみたいだよね」

「流石にシック周辺の変化はほぼないみたいだけれど、概ね大陸全域で動物の生態系に変化が起きていると考えて間違いないのは、今日集めた情報で判断しちゃっていいかもね、流石にいくつかある商人組合全部が内容がほぼ同じっていうのはそう考えるべきだと思う」

 商店街にはいくつか商人組合の事務所があるため、数店で聞いた情報でもしやと思っていっそ直接情報を買いに行った結果、それがビンゴだったのである。

「ここまで行くとゴブリンの有無は殆ど関係なさそうに思えますよね……」

「ジャクリーンさんの言うとおり、ここまで広域……それこそシック以外の大陸全土だからね、グワールの活動していた場所とゴブリンの発生報告地域情報を絡めて考えると、影響がなかったとは言わないけれど流石にバタフライ効果を考慮しても広がりすぎだからね、直接的な原因ではないと思う」

 まぁイネちゃんのこれも仮定でしかないけれど、今日集まった情報だけで判断するのならば概ね外れてはいないと思っている。

「今大陸で起きている構造をまとめると、凶暴な肉食獣は軒並みトーカ領に、群れになると驚異になるものや、元々は温厚だった連中は逆に北へと向かっている感じ……気候とかが違ってくるから進化適応ができなければ待っているのは……」

 種が滅びる。

 これが完全に自然に起きたことであるのなら、原因を特定するのは極めて難しく場当たり的に保護をしたり、あまり大陸……ヌーリエ教会がやることがない人の手による管理を行うしかなくなる。

「イネ、今いっそ悪意ある犯人がいればいいのにとか考えたでしょ」

「むー……だってリリア、これが自然に起きたことだと仮定しちゃうとそれこそムーンラビットさんのような人以外は世代を重ねて場当たり的な対処をせざるを得なくなるよ。この規模となるとそれこそ大陸から人以外の動物が消えかねないし。それならいっそグワールのような1人を押さえれば解決するっていう構図の方があまりに楽だからねぇ」

 そうでないにしろ、錬金術師事案の最初期、ムータリアスで行われた実験段階の生体兵器ゴブリンの破棄のように異世界の国家が意図せずやらかしちゃったパターンくらいでなければ本当に数百年単位での場当たり対応が必要になってくる。

 地球ですら絶滅危険動物の個体数を増やそうとするのに数十年、数百年単位で事にあたっているわけだからね、軒並み寿命が長めの大陸では下手をすればそれこそ千年単位の長期プロジェクトになりかねない。

「イネの言いたいこともわかるけれど……私はまた誰かを悪者にして争うのとか、嫌だな……」

「イネちゃんだってリリアと同じだよ、争わないでいいのならそっちのほうが良いに決まってるからね」

「まぁ、事が大陸だけなら争いになる確率は極めて低いですからねぇ、王侯貴族同士ですらそのへんはきっちりしますから」

 我らがパーティーの王侯貴族代表が割り込んできた。

 ジャクリーンさんの言うように、大陸の貴族たちは地球の中世ヨーロッパのような領地争いや資源争いをする必要がないわけで……というよりも別の道を歩みたかった人たちが貴族の始まりで、ヌーリエ教会が自然保護やらを人手の問題でカバーできない範囲を王侯貴族というトップダウンの別組織を作って管理しているわけだからなぁ。

 最も何世代も重ね続けた結果、権威欲やらが生まれてしまったみたいだけれど……そういう点であれこれ争いを始めて、結局ヌーリエ教会が介入して手を煩わせているわけだけれど、イネちゃんはこれ以上の詳しいことはまったく知らないんだけどね。

「それでー今回わざわざ買ってまで集めた情報って価値はあったんッスか?」

 お腹の虫を合唱させながらキュミラさんが疑問を口にする。

「それを言われるとちょっと痛いけどね、恐らくはヌーリエ教会かギルドで照会すれば今回集まった情報の殆どはタダで手に入っただろうし」

「殆どッスか?」

 お腹の虫の合唱に対してリリアが何も言わずに出したパンをもっちゃもっちゃ食べながらキュミラさんが質問してくる。

「うん、ヌーリエ教会は現状人手が圧倒的に足りていない状態だからね、その点商人さんは日々の生活で体験した情報であるということ。ヌーリエ教会で得られる情報は良くも悪くも教会に所属している人間が体験した情報じゃないってことで、その情報の正否に関しては改めて調べる必要があるわけだよ」

「つまり……どういうことッスか?」

 うんうん、キュミラさんはこうでいいんだよこうで。

「ヌーリエ教会としては間違った情報を出さないためにいろいろ調べてから、情報自体が正しいのかを確認してから出すんだよ、だからすぐにはなかなか出せないの」

 リリアが今度はおにぎりをキュミラさんに渡しながら答えてくれた。

 教会に所属する神官のリリアの言葉は信ぴょう性という点においてかなり高いからね、しかもデメリットの説明だから余計に信頼性が上がるよね。

「まぁ今リリアが言ったとおり正しい情報が確実に出るし、既に世間で流行しているようなものが間違っていたら調査の内容と共に間違っていましたって発表するからね、良くも悪くも情報は遅くなる」

「今のイネさんの説明でも流行してしまっている情報がという言葉がありますものね」

「うん、ジャクリーンさんは理解しているからキュミラさん向けに言うけれど、商人の人たちはそのへん情報が商品になるということ。その正否の判断は客側に委ねられるから、噂話程度でも十分なんだ。つまり情報が出回るのはすごく速いんだよ」

「じゃあ今回買った情報って信ぴょう性がないってことッスか?」

 こういう質問してくれる聞き役は本当、情報整理をするときに1人いてくれるとありがたいよねぇ、キュミラさん本当にありがとう。

「それがそうでもない。商人組合の偉い人たちまで行けば流石に情報を精査しなきゃいけなくなるからね、その人たちから直接買うことができた情報が今日商店街で情報を売ってくれた商人さんたちのそれを正しいと認めた以上は信ぴょう性は極めて高いし、何よりほぼ全員が詳細こそ違うけれど基本的には同じ内容であったということは、情報自体の精度は極めて高くなるんだよ」

「なんでッスか、元々の情報はそれほど正しいかどうかわからないんッスよね」

「いくらなんでも交易の街の商人が口を揃えて同じような内容を言った場合、その共通点に関しては精度が上がって信ぴょう性が高くなるんだよ。これは単純に目撃証言が1人だった場合と、100人だった場合、キュミラさんはどっちを信頼するかってことね、ちなみにこれはどっちも知らない人という前提を付け加えておくよ」

 最後の言葉がないとキュミラさんのことだからきっと『私はイネさんやリリアさんなら1人の方を信じるッスよ』とか言いかねないしね。

「むぅ……あまりその辺の感覚がわからないんッスよね、ハルピーは渡りさんほどではないッスけれど言葉すら必要がない場合が多いッスから。まぁ私は変わり者だったッスし、理解できなくはないッスけど」

 あぁそうか……キュミラさんも渡りハルピーさんみたいにある程度は意思疎通の超個体に似た感じだったのか、猛禽類系なのに。

「でもまぁ、イネさんの言いたいことは理解できたッスから大丈夫ッスよ。人間の人たちってそうやっていろいろ意思疎通を図るわけッスからね」

「そういうこと、だから今回の買った情報は1つ1つはそれほど価値はないものだったけれど、商人組合っていうフットワークの軽い信用できる組織から確実性の高い情報を買うという判断をすることができたという点において価値はあったってことになるね」

「なる程ッス、わかったッス!……けど1つ気になったことがあるッスけど、いいッスか?」

「キュミラさんが珍しいね、何?」

「それなら最初から組合で買えば良かったんじゃないッスかね」

 ……割と真理を突かれた。

 割とそのとおりなのがイネちゃん悔しい。

「お買い物……ついで、だったから……」

「あぁなる程ッス!今度こそ完全に理解したッス!」

 ゆっくり休んでいたロロさんがフォローしてくれなかったらイネちゃん割と泣いてたかもしれない、ロロさん、ありがとうね。

「それで、今回得た情報はどう活かします、目的地であるドラゴンの生息域までの道は元々安全だったってことで準備が足りない感じになりそうですが」

「ジャクリーンさん、そこはもっと単純に考えようよ。備えることができるようになったってさ。明日は丸一日カガイで長旅の準備をして、それでも足りないようならシックによる経路に変更しようか。今日得た情報はここの神官長さんからシックに伝わるけれど、直接イネちゃんたちが報告しておいてもいいだろうしね」

 何より、シックに寄ることで新しい情報も得られるかもしれない。

 この時のイネちゃんたちはそう楽観して目先の驚異にはまったく気づくことがなかったのだった。

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