第9話 大陸全体の変化傾向

「はい、それでは保護手続きは承認いたしましたので、ディメンションミミックの展開をギルド所有の空き地にてお願いします」

 オワリとシックの、距離で言えば中間地点となるカガイという街のギルドでバジリクスバードの保護手続きを終えて、ディメンションミミックを展開してから街の観光がてら買い出しのために街の商業区域を歩いていた。

「うーん……カガイって交易の街だから期待してたんだけど、結構物価が高いみたい」

 最初に気づいたのはパーティーのお財布を握っているリリア。

 そのリリアの言葉に皆が各々で確認してみると……。

「確かに高いッスね……」

「これ……高、過ぎ……」

「いや焼いただけのモロコシで銀貨3枚はぼったくりじゃないですかね」

 と皆が自分の興味のあるものに対してバラバラに確認したにも関わらず、物価の上昇という共通点が存在したのだった。

「イネちゃんの方はまぁ……ギルド経由で地球側のものを買ったから物価の変化は感じなかったけれど……焼きモロコシで銀貨3枚は流石にやばいね」

 ちなみに本来は無料で配られることが大半の食べ物である。

 大陸の全体的な収穫高は、人口と比較すれば毎年全人口が数年何もしなくても食べていけるだけの量を収穫している。

 そんな大陸で、しかも交易拠点である商業都市で食料品ですら物価上昇の波に巻き込まれているということは明確な異常事態なのだ。

「そうは言ってもなぁ……ゴブリンやら貴族同士のいざこざで破壊された道路インフラがまだ直っていなくて、しかもここ最近は動物が凶暴化してるだろ?おかげで陸路で行商や物資運搬をやってる連中がほぼほぼいなくなっちまってな……ギルドの転送サービスだってそれをカバーできる規模じゃねぇし、ヌーリエ教会もこの街にある規模じゃ転送陣による輸送も限界がある。その結果がこの物価だよ」

 商人のおじさんが言い訳のつもりだったのだろうけれど丁寧な説明をしてくれた。

 完全に戦争の被害者って感じだよね。

 それにしても……もう錬金術師が捕縛されてから半年、錬金術師が生み出した生体兵器であるゴブリンの残党もほぼほぼ討伐できたとしているのだけれど、復興という点においてはまだまだ始まったばかりということなのか……。

「地球だったか?異世界だってあっちも被害が大きかったっていうんだから仕方ねぇんだろうが、あちらさんと取引があった連中も苦しいらしいからな、ヌーリエ教会だって備蓄解放してるがそもそも手が足りていないっていうのが事実だな、特にここは街自体には被害が殆どねぇから余計に後回しにされてってことで……まぁ教会の理念からすればわからんでもないがな」

「影響の規模も全容把握しきれていないだろうからなぁ……」

「そういうことだ、正直こんな料理でも商売しないと俺たち商人は護衛代だけで干上がる状態だってことで理解してくれ」

 そうかぁ……それもそうだよなぁ、イネちゃんたちだってカガイまで来る間にどれだけクマと遭遇したかとか、それどころか本来生息していないはずのバジリクスバードが異常な群れになって襲撃してきたりしたからね、戦闘能力がない商団だと護衛も相応の人を雇わないといけないわけで……そうなると今の物価も商人さんたちの損益分岐点ギリギリの設定だったりするのかもね。

「それじゃあ……物流に影響されない商品を売ってくれないかな」

「ふむ、何がご所望で?」

「最近のこのあたりの変化、主に生態系とかそのへん。……まぁ物価上昇の言い訳で概ね分かっちゃった気はするけれど、詳しく聞く分には必要になるでしょ?」

 そう言いながらイネちゃんは懐から金貨を1枚取り出す。

 大陸では食料品に関してはよほどの珍味だとかでもない限りは商品としては扱うほどのものではないからね、大陸の商人さんたちの主な商品はこういう情報がメインになる。

 まぁ店舗を構えている人もいるから一概には言えないけれどね、特に技術に長けている人は大陸で動く資本経済の頂点と言ってもいいレベルだからね、本当この辺の事情に関してはヌーリエ教会抜きじゃ説明できないレベルなのが大陸……なんだけど別に独裁とかそういうのじゃないんだけどね、ヌーリエ教会自体が滅私奉公の集団だし。

「金貨1枚かぁ……それでそれだけ多くの質の高い情報となると流石に全部は……」

「うーん、じゃあまずその1枚は、持ってる情報の種類と数だけでお願いできるかな」

「そういうことならまいどあり。そうだな……この辺の状況が以前とどう変わったのか、安全な街道とそうでない街道、動物の出没地域。俺が持っているのはそんなところだが、まぁ最後のはあまり役に立たないかもしれないな」

 商人さんの言葉はそこで止まる。

 金貨1枚だとどうして役に立たないのかとかも範囲外か……イネちゃんのお財布的には全然大丈夫だけれど、ここはちょっと値引き交渉はするべきかな。

「うーん、金貨だしもうちょっと踏み込んで欲しいかなー。別に現在の相場とかを聞いているわけじゃないしさ」

「……そうだなぁ、なんだったら普段俺がメインにしている商品を買ってくれたら考えてもいいぜ」

「えー考えるだけー?」

「おう、猫撫で声で上目遣いされても嬢ちゃんなら俺は動かない……」

「ダメ、ですか?」

 ここでリリアの援護攻撃。

 同性から見ても圧倒的美人、人当たりもよく、更に言えば男性に対して圧倒的攻撃となるだけのものを胸部に持ってるからね、交渉事で言えば男の人相手への最終決戦兵器みたいな威力があるよね。

「む、むぅ……」

「まず商品を見せてもらえませんか、とりあえずそれで判断しますし……」

「お、おうわかった、見てくれよこの商品。地球で作られた化粧水でな、こいつに関してはそもそもの入荷数が少ないこともあって大陸ではそれなりに貴重品だ」

 それなりなんだ。

 イネちゃんは貿易条約とかそういうのがどうなっているのかとかは知らないのだけれど、日用品とか結構取引されてるんだなぁ。

「試してみてもいいの?」

「うーん、まぁ確かに肌に合う合わないは大きいものだからな、仕方ねぇ、いいぜ」

 普段取り扱っていると言っていただけのことはあるよね、大陸ではまだまだ希少品であるはずの地球で作られた化粧水を試してもいいっていうのは、商品の特性や使用を理解してお客がどういう出方をしてくるのかをちゃんと把握しているってことだからね。

 まぁイネちゃんはおろかロロさんもリリアもジャクリーンさんですら殆ど化粧品は使ってないんだけどさ、長旅になることが多いし、ジャクリーンさんの戦い方だと香水とか匂いの出るものって厳禁だし、他3名はそのへんのことにあまり興味がないわけで……。

 それでもリリアが試してもいいか聞いたのは、イネちゃんだと交渉が少し難航しそうだと思ったからなんだろうね、実際イネちゃんの容姿はロロさんと同じ感じで低身長の平坦なものだから、下心のある異性相手だとどうしても交渉力が下がってしまうんだよね、流石に子供扱いされはしないけれど、この辺は今更いかんともしがたいものだからね、うん。

「うーん、確かに輸入コストとかいろいろ考えるとある程度仕方ないと思うけれど……これってあっちでもそれほどグレードの高いものじゃないですよね?」

「あー……そこは申し訳ないが、だが普段大陸で使われているものよりは圧倒的に高品質であるのは確かですよ」

 日本の化粧品って質が恐ろしく高いからなぁ……薄利多売用のグレードの低めな量販品でも大陸では希少性とその輸入コストの高さからそれなりにお高い品物となっているのだ。

 だからこそリリアもある程度仕方ないという言葉選びをしたのだけれど、むしろイネちゃんとしては化粧品の善し悪しを簡単に理解できてるリリアの方にびっくりしたよ。

「まぁ仕方ないですよね、それじゃあ今試したものも含めて5本買わせてもらうのでちょっと情報の方に色をつけてもらって構いませんか?」

「5つとなると……金貨10枚にもなるが大丈夫かいお嬢さん」

「大丈夫ですよー、はい、10枚」

 心配する商人さんに対してリリアは満面の笑みで金貨10枚を差し出した。

 まぁ、リリアも神官修行が他よりも比重が大きく大変なものになったからという理由で試験終了時点で新米神官に支給されるヌーリエ教会からの最初の給与が割と洒落になってないというか冗談かとも思うような額が支給されてしまったからね、リリアにしてみればむしろ商人さんの生活のためだからって言う理由で値切りせず言い値で払っちゃっうだろうとは思うけどね。

「だ、だいぶ羽振りがいいが……もしかしてどこかの貴族の令嬢様だったり……?」

「私はただの神官ですよ。それも成り立てなので懐には余裕があるんです」

 ヌーリエ教会の神官だと聞いた商人さんは納得できたという感じにホッとして、受け取り化粧水を渡してくれて。

「それじゃあ情報もこの金貨10枚に含ませてもらうよ」

「え、それは……」

「いいっていいって、まぁ最初に高めに金額を提示していたわけだからね、11枚で十分すぎるよ。相場情報なら足りないがな」

 そう笑いながら商人さんは情報をいくつか教えてくれた。

 目立った変化は動物関係の出没地域で、イネちゃんたちが捕縛したバジリクスバード以外にも食物連鎖の上位に位置している肉食獣の分布がかなり変わっていて、整備されている街道の殆どにそういう傾向が見られていて、各所で復興活動に人手が割かれているヌーリエ教会にしても手がまわらない状況が続いているらしい。

 そこで比較的人手に余裕のあるギルドに対して商人組合が定期支払いという形で定例依頼にして安全の確保を担当しているようなのだけれど、何しろ出没する動物の規模や質が狼の比ではなく危険なために昔のように新米に回すことが難しく、インフラを維持するのが精一杯というジリ貧のような情勢になっているとか。

 それで破綻をしないのは大陸では基本人里毎にそこの住人を食わせて、更に備蓄可能な収穫量を確保しているのと、教会とギルド、もしくは王侯貴族同士で転送陣というワープ装置を持っているから、完全に干上がることはそうそう起きないからで……。

「このタイミングでグワールみたいな奴が現れると一気に動乱のときに逆戻りするかなぁ……」

「へ、グワールってのは人の名前ですかい?」

「錬金術師、教会から発表があったちょっと前まで起きてた事件の首謀者の名前」

 まったく、イネちゃんまたあんな戦いが起きるのは勘弁だよ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る