第7話 大陸南部の生態変化

「結構変化してますねぇ……特に狼なんてゴブリンに調教されたりしていたために野生が失われた個体から減っていっているようです」

「その代わりにクマが増えてるっていうのは笑えないけどね……」

 ジャクリーンさんが調査メモを取りながら独り言を漏らしているのに対し、イネちゃんは倒したばかりのクマを血抜きのために解体するのであった。

「まぁ確かにそれは一般人にしてみたら完全に驚異ですよねぇ」

「普通に考えればクマと出会ったら逃げるか諦めろってところだしね、それこそギルドで誰か雇うにしても、こんなにクマが出てきちゃうと危険手当で破産しかねないからなぁ」

 通常、冒険者を雇う場合はその冒険者の持つ経験などで価格が決まったりするのだけれど、クマなどの危険な野生動物と戦うことになった場合はそのランクに関わらず一定以上の危険手当が配給されることになる。

 これは便宜上ギルドから支給されるのだけれど、基本的な契約では雇い主がその危険手当を一定額補填しなければいけないというものになっているため、クマの生息数の激増は物資インフラを支える商人さんの街道の行き来を考えるととてもよろしくない事態である。

「こればかりは全体的な生息数がわからないと教会側からは場当たり的な対応しかできないから……」

「貴族の人たちは違うんッスか?」

「うん、貴族の人たちは自分の領地に住む民間人を守る義務があるから。野生動物の生態数にかかわらず討伐することが容認されてるんだよ」

「そういうものなんッスねぇ……私ヌーリエ教会の領域以外はヴェルニアしかまともに行ったことがないんで知らなかったッス」

「まぁトーカ地方は貴族領主はいるものの、基本的な統治はギルドとヌーリエ教会と協力して運用する形だからかなり特殊だしね、領主が常備軍を最小限に抑えているのもそこが理由だし」

 リリアとキュミラさんも基本的な会話をしているけれど、実際のところだとその常備軍は都市部防衛にしか機能しないんだよね、だからこそトーカ領では基本的にはギルドの構成員である冒険者か傭兵が守ることになっているし、手が足りないときには教会を頼る事になる。

 しかしなんというか……ロロさんが周囲警戒しているからいいけれど、もうちょっとイネちゃんを手伝ってもらっても構わないですかね。

「でもクマが増えているにも関わらず血の匂いで寄ってきたりしませんね、そこに食べるものがあるのが確定の状況で来ないのはちょっと不思議ですよ」

「そもそも雑食だし、肉以外の食料が豊富で栄養面に関しても問題ない以上クマにしてみればお肉は贅沢嗜好品になると思うけど?」

「だからこそですよイネさん、狩り自体リスクでしかないクマが簡単に贅沢ができるのに寄ってこないのですよ」

「……ゴブリンが居た頃や出現前のデータってある?」

「残念ながら私の手持ちにはゴブリン出現以前のデータはありません、ですがゴブリンが居た時期のデータであるのなら少ないですがヌーカベ車の私のスペースにありますよ」

「で、肝心の内容は?」

「すみません、読み込んでないので……」

「都度比較かぁ……」

 ジャクリーンさん、戦闘面だと頼りになるのになんでこういう作業だと一気に便りにならなくなるのか。

 一応今回のイネちゃんパーティーでの最高齢なのだからもうちょっと頼りにしたいのだけど……どうしてもティラーさんと比較してしまうのがいけないか。

 正直ティラーさんは気がついたら細々とした作業を終わらせてくれていたし、諸手続きに関しても便りになった、その上力仕事も率先して受けてくれていた……ってすごく頼りきってた感すごいな、こうしてティラーさんのやっていたことを列挙していくと。

「ともかく比較してどう違うのかははっきりさせよう、そこをしないと調査の意味があまりなくなっちゃうから」

「はぁ……そういうものなんですねぇ、これ」

「なぜジャクリーンさんが生態調査を請け負ったのか……というか任されてしまったのか……」

「まぁ私はこういう書類系が嫌で家督から逃げ続けてましたからね、なんだかんだでヌーリエ教会信徒の家ですし、貴族ではよくある男性優位じゃなく生まれた順番だったので長女だった以上逃げないと政略結婚で自由も何もあったものじゃなかったですし」

「まぁ……気持ちはわからないでもないけど、せめて書類関係の依頼が来ても大丈夫な程度には覚えようよ、ね?」

「今後増えそうですし前向きに善処しておきます」

 これはダメなやつだ……。

 まぁ戦闘やらサバイバルに関しては頼りにできるし、この際ジャクリーンさんはロロさんと一緒に戦闘やらで活躍してもらうことにして、書類関係はイネちゃんとリリアで対応したほうがいいかもしれない。

 しかしお世辞にもイネちゃんの文字は綺麗とは言い難いものなので、役割としてはイネちゃんが情報をまとめて整理した後、リリアに書類を書いてもらうのが1番無難かなぁ、リリアの文字ってよくある達筆とかそういうのじゃなく、純粋に読みやすさ重視の綺麗な文字だし。

「イネさーん、クマのさばき具合どうッスかねー」

「流石にまだかかるよ、結構大きいやつだったし血抜きするにも時間が必要だから」

「えーそれがッスね……なんだかこの辺で見たことのないような動物がそこそこの群れで近づいてきてるのが見えるッスけどー……」

「報告は具体的に、見たことがないって言っても今見てるものは報告できるでしょ?」

 キュミラさんも結構肝が据わってきたというか、出会った頃のキュミラさんなら既に雲隠れしていてもおかしくなかったのに成長したなぁ。

「えっと……なんか小さいのが二足歩行で塊で走ってきてるッス」

 まぁ報告内容はまるで成長していない感じではあるけれど……小さいので二足歩行、しかも群れで活動する動物か……。

 大陸は基本的な動物の種類に関しては地球とそれほど大差はないのだけれど、一部地球では神話、伝説などで語られているような生物から絶滅種まで取り揃えているので流石にキュミラさんの報告内容では情報が少なすぎて判断がつかないな……。

「ジャクリーンさん、クマの解体の続きお願い。キュミラさんはロロさんを呼び戻してきて、警戒ついでに近場を哨戒しながら水まで確保しに行ってるっぽいから急いで戻ってきてもらわないと」

 イネちゃんだけでも対処はできるだろうけれど、できるだけ被害を抑えようと思った場合複数人数でことに当たるほうが断然楽でいいからね、特にロロさんは細かい気遣いができる人だから特に指示を出さなくても守って欲しい場所を確実に守ってくれるのがイネちゃんとしては大変動きやすくなって助かるんだよね。

「わかったッスけど、速度的にもう来ちゃうッスからね!気をつけてくださいッスよ!」

「了解、じゃあ急いで!」

 本当、キュミラさんはかなり成長している。

 前なら呼びに行ってそのまま逃亡していたのに本当、確実に頭数に入れられるようになっただけでも助かるよね、貴重な空中戦力だし。

 イネちゃんは指示を出しながらP90のマガジンを交換しておく。

 立て続けに戦闘が起こるのなら勇者の力という力技で無理やりリロードを済ませることが最近多かったから、たまには自分の手でリロードしないとこの動きを身体が忘れちゃうだろうからね。

 そしてリロードを終えたタイミングでキュミラさんが言っていたものの先頭を走っていただろう動物が飛び出してくると、確認のためにP90を構えはするものの発砲はしなかった……けど、なんだろう、イネちゃんが知ってる動物で近いのはエリマキトカゲなんだけれど、こう、微妙に違うからなんと表記していいかわからない。

「バジリクスバード!?」

 クマの処理を任せたジャクリーンさんがそう叫んだ。

 バジリクス……はギリシアか北欧の神話に出てくる石化獣だっけ、もしかしたらペルシア系かもしれなかったけれど、今はそのへんのことを考えても仕方ないか、目の前にいるのは神話伝説のバジリクスじゃなくて、大陸在住のバジリクスバードっていう小型な爬虫類なわけだし。

「説明!」

「群れで狩りをする肉食獣です!」

 なる程、クマを横取りするために突入してきたってところかな、肉食獣であるのなら嗅覚は相応だろうし。

「でも大陸の東部にある砂漠地帯に済むやつで、他の地域では今まで確認されてないやつですよ!」

 なんでそんなのが、と言いたくなったけれど、イネちゃんたちがそれを調べる依頼を受けていることを思い出し、口に出さずにP90の銃口は下げずに会話を続ける。

「いっそクマ肉を渡すって手は?」

「群れの腹を満たすのにこれだけで足りると思います?」

「まぁ……そうだよね、今もずっと草むらから飛び出して数が増えてる状態だしそんなことだとは思った。こいつの生態、調査必要?」

「まぁ……見つけてしまったというよりは出会ってしまった以上は、仕方ないかと」

 政治的とかそういう激動を乗り越えたイネちゃん達を取り巻く世界は、更なる激動が起きているようだとか考えながら戦闘状態に入りつつも銃を収めながら捕縛の準備に入るのであった。

 正直、政治的な面倒事と比べたらと思わなくはないけれどこれはこれで面倒事だよなぁ……今まではデッドオアアライブだったけれど、今後の戦闘は基本的に相手を殺しちゃいけないものなのだから、イネちゃんの勇者の力では弾を作れないし蹂躙するような空想兵器も運用するのは控えないといけないからね。

 もう……麻酔関係の弾も買わないといけないのかな……通常の弾よりも圧倒的に高いんだよなぁ、あの手の弾って。

 こうして、イネちゃんの力をまともに運用できない戦闘が始まったのだけれど、こう、まだオワリを出発して2日しか経っていないっていうことを考えると今後の展開に頭が痛くなってくるよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る