第6話 北へ
ナガラさんの協力もあり、ロロさんの故郷はむしろ火吹きトカゲに襲われる以前よりも立派な建物が増えるようになって来た頃、イネちゃんたちは旅立ちのための準備に追われていた。
「むぅ……トナで買った調味料も足りなくなってきた」
「午前中にトナから支援物資が届くとき、行商人さんも来るだろうから買ってからにする?」
「んーそれなら別に他の街でもいいかなってなるから大丈夫、それに北に行く安全ルートならオワリ側だし、なんだったら地球の調味料もついでに買ったほうが楽だしさ」
リリアとこんな感じで楽しい感じに準備を進めていると、ナガラさんが近づいてきた。
「我は今しばらくは贖罪のためこの集落に留まることにする……本当に申し訳ないことだが、同胞に影響を与えたものに関しての調査は頼みました」
「いや改まって言う必要はないですって、こっちの都合もありますから」
「これは我のケジメでもある。どうか頭を下げて頼むことを許して欲しい」
ナガラさんはずっとこんな感じなんだよねぇ、割と面倒だからあしらおうとするとこうやって頭を下げる形でお願いしてくる。
どのみちやるって決まった以上イネちゃんとしては調査するわけだから別に下げてもらわなくてもいいのに、ねぇ、ドラゴンって面倒くさいね。
「いやぁドラゴンって思った以上にフレンドリーなんですねぇ」
「私も最初は食べられるんじゃないかって心配だったッスよ」
「他のものは知らんが、少なくとも私はアスモデウス……ムーンラビット殿と約定を結び、ヌーリエ教会の法に従うことに同意したからな。最も、生きるための糧としての捕食は認められていたからだが……我と我が同胞は別に人を喰わんでも生きていけたからな、この人には当然ハルピーも含まれる」
「じゃあ普段は何を食べるんですか?」
「野生の牛やクマだな、家畜だった場合は謝罪して我が対価を支払うようにしているが……我が同胞はその辺の判断が苦手だったからな、大変だった」
懐かしむようなナガラさんの表情を見てちょっと切ない感じではあるけれど、それはそれで楽しかったってことなんだろうね……何がどう関わっているのか、本当にゴブリンがいなくなったことが原因なのかはこれから調べることだけれど、なにか言ってあげれればいいのだけれど、イネちゃんの語彙力ではちょっと言葉が出てこない。
「なる程、やはり基本的には肉食なんですねぇ」
ジャクリーンさんは貴重な情報が聞けたって感じでメモをとっているけれど、ドラゴンって生態調査の対象なんだろうか……知性もあるしむしろムーンラビットさんと交流があったってことはそれ相応に情報は揃ってるだろうからなぁ、王侯貴族側にはそれがないのかもしれないけれど、ヌーリエ教会の情報なら普通に照会するだけで済む話だろうからジャクリーンさんのメモは必要なのだろうかって心配になってくる。
「それじゃあそろそろ出発しよう、お昼になっちゃうとオワリに到着するのが暗くなってくる頃になっちゃうからさ」
「まずは、山越え……」
「私としては東部の調査もしたかったのですが……すごく有力な情報ですし賛成ですね、何やらイネさんにもう1度オワリ方面の調査をしたほうがいいと勧められましたし……」
だってジャクリーンさんの調査方法だとどうしても漏れが出てたとしても不思議じゃないからね、単独で指差し確認とメモくらいしかないとか……よほど運が良くないと一発でOKなんてことは、タグ付けしていたとしてもないからなぁ。
オワリ経由で戻ることになった時にそうアドバイスしておいたんだけれど、火吹きトカゲ案件については少し時間が遅れちゃうね。
まぁ今回はヌーリエ教会の転送陣は使わない方針だし、そもそも大陸を縦断するような旅だっていうのはナガラさんに説明してあるから時間がかかる分には問題ない……というかドラゴンの時間の流れは人間と比べたら圧倒的に長いらしいのでその点においては殆ど気にしなくても問題ない。
気にすべきはもしゴブリンの影響があるということであるのなら、ことは大陸だけではなく地球やムータリアスと言った多世界という広い範囲になってくるから、そういう意味では急がないといけないってところか……なんでこういう面倒になりそうな案件がイネちゃんのところに転がり込んでくるのか。
とりあえずオワリに到着したら教会経由で関係各所に可能性の話っていう段階ではあるけれど報告しておこう、うん、そうしたほうがイネちゃんへの負担が減るだろうし、ヌーリエ教会が今回の火吹きドラゴン案件にも調査で協力を得られるかもしれないからね、もしかしたら勝手に進めて終わらせてくれる可能性だってあるからそうなったらいいなって期待も込めて、ね?
「イネー、早く乗ってー」
「と、わかったよリリアー」
考え事してたらもう皆ヌーリエ教会のヌーカベ車に乗り込んでたよ……ちなみに以前使っていたVIP用のものではなく、一般的な神官巡礼用の少しグレードの落ちたものである。
最も、それでもヌーリエ教会のものであることはひと目でわかるようになっているし、基本的な設備は殆どの設備は以前の車両と変わりがない。
「それではイネ殿、頼みました」
そしてナガラさんの頼みましたである。
ドラゴンって義理堅いのかナガラさんが特別丁寧すぎるのか……いずれにせよ直接会って頼まれてしまったということでいろいろイネちゃんの方に仕事が振ってくる予感がたっぷりだけど……。
「ま、北には1度行ってみたかったので大丈夫ですよ」
ちなみにこれは本心である。
なんだかんだで大陸北部には行ってないからね、イネちゃんが行った最北は大陸中央にあるシックなので、そこから以北は完全に行ったことがない場所でなんだよね。
「北部の人里は、このあたりとは様式がまるで違うからな、そういうことは楽しまれるとよい」
「はい、それでは行ってきます」
イネちゃんがそう言うとナガラさんは手を振ってくれた。
こうしてイネちゃんたちはドラゴンに見送られるという貴重な体験をしたのだけれど……。
「どうしてこうなった」
オワリに到着して、教会でタタラさんに経緯を説明した後にイネちゃんがやったほうがいいと勧められたのは、北部の歴史のお勉強と気候風土についてのお勉強であった。
別にそれ自体はいいのだけれど、その量が割と洒落になってないというか……。
「別に持って行っても構わないぞ」
とタタラさんに言われているのだけれど、流石にヌーカベ車に押し込むには本の量がね……こう、イネちゃんの荷物置き場を完全に占領する上にキュミラさんやリリアの場所にまで侵食してしまいそうだし、以前の車両の構造と耐久力なら良かったのだけれど、今のやつだと破損の恐れすら出てくるからね、持ち出すにしても最低限になるまで厳選して減らさないといけない。
いっそのことイネちゃんのスマホとかで参照できるようにすることができればいいのだけれど、スキャンするような設備もなければ、イネちゃんがわざわざ作るほどでもないし……一部持ち出し禁止とか複写禁止とか書かれてるんだよね、うん。
なのでせめてそれだけでも頭の中に入れておこうと思い、イネちゃんは今必死に本を読んでいるのであった。
そしてしばらく読んでいたのだけれど、北部の気候風土とかそういう当たり障りのない部分はどの本でもよく目にするのだけれども、どうしてもデリケートな問題になりやすい政治関係とかの問題は流石に殆ど記載がないんだよね、ヌーリエ教会の蔵書だから中立なものと思うのだけれど……むしろフリーダムすぎて貸出禁止に指定されちゃうような感じがところどころで感じるんだよね、まぁいろんな人が集まってくるから仕方ないんだろうけれどもうちょっとそのへんを知っておきたかったんだよ、錬金術師が発端のゴブリン関係の事件が一段落付いた後はイネちゃんはお休みとかでも結構面倒事が飛んできたからね。
その殆どはイネちゃんがまだ動けないと知れば諦めてくれたけれど、諦めない人も結構居て本当大変だった……。
「参考にはなっただろうか」
「気候風土に関しては。ただ政治関係の文化や制度とかが殆どなくって……」
イネちゃんが一冊の本を閉じたところで丁度タタラさんが入ってきてくれたからいっそ思い切って聞いてみた。
「王侯貴族の土地だからな、教会と言ってもそれほど詳しく記した書物を貯蔵しているわけではない……というのは言い訳だな。実はあまり交流がないのだ、冬は豪雪で特定の野菜くらいしかまともに育てられないことからヌーリエ様の加護があまり届いていない土地だと言われているからな」
「そもそも興味を持つ人がそんなにいなかったってことです?」
「いや、作物自体は育てることはできるから全くいないわけではないが、確かに他と比べたら圧倒的に少ないのはイネ殿の言うとおりだ。少ないながらもいくつか教会の建立はしているのだが……積雪が数mにも至るからな、転送陣を常時稼動させるのも難しい」
加護が少ないと転送陣の稼動も難しくなっちゃうのか……雪はヌーリエ様の管轄外であるのは、その力を勇者として一部だけど行使できるイネちゃんは間隔でわかっていたものの、改めてヌーリエ教会の、それも上位の人から直接聞くと改めてそのことに対しての厄介さというものを認識せざるをえない。
「となるとイネちゃんの力は相性悪いなぁ……」
イネちゃんを育ててくれた4人のお父さんたちから雪中行軍の訓練も受けてはいるけれど、あれはちゃんと目的地とかが設定してあって吹雪いている雪山でずっと生き残るための術じゃないからね、そう考えると勇者の力の運用が限定されるというのは大変よろしくない。
翌日から道中の生態調査を行いながらそんな土地へと向かうことになるかと思うと……正直ちょっと行きたくはない感じになるよね。
今後のことを考えるといくつか対策は練っておかないといろいろ大変なことになりそうだなと思いながら、イネちゃんは本の整理を始めたのだった。
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