第5話 事の経緯

「ロロさん!」

 イネちゃんがロロさんを見つけたときには既に火吹きトカゲの解体と血抜きの作業をしているロロさんの姿だった。

「勇者?」

「えっと……大丈夫だった?」

「うん、今度は……守れた、し」

 そういうロロさんの表情はとても優しいものだった。

 そうか、ゴブリンの時は逃げ惑っているか、隠れるしかできなかったわけで……そう考えると自分の力でなにかを守れたという結果はロロさんにとっては満足できた結果なのか。

 特にイネちゃんと違って完全に全部がロロさんの努力の結果だから、その喜びもひとしおなのかもしれない。

「それより……あの、ドラゴン」

「あぁなんでも元々火吹きトカゲの元々居た場所の主みたいな存在で、名前はナガラっていうらしいよ。今回の火吹きトカゲの群れはナガラさんの言葉すら聞かなくなった連中が南下したのを見て、止めに来たらしいよ」

「そう、なんだ……ドラゴン、始めて」

 イネちゃんだって始めてだよ。

 でもそうか、やっぱりドラゴンは大陸の南部には滅多に姿を現さないっていうのは伝わってきたし、当のご本人……本ドラゴン?も言ってたしね。

「お礼、言わなきゃ……」

「その必要はない人の子よ、元々は我が同胞が正気を失ったことにむしろこちらが謝罪する立場なのだから……」

 あ、ナガラさんが反応した。

 ドラゴンの聴覚とかどうなってるんだろう……生態調査とか抜きでイネちゃんの知的好奇心が疼いてくる。

「他はどうか知らぬが、我はアスモデウス殿のように相手の思考がわかるのだよ。そしてそこの人の子はこの集落の者だということも……本当に我が同胞が申し訳ないことをした」

「えっと……とりあえずナガラさん、そのお姿だとお話がちょっとうまくいかないかもしれないので……」

「む、そうであるか……ならば……」

 リリアの指摘でナガラさんはドラゴンの姿から瞬間的に人の姿になった、しかもかなりイケメンの青年風。

 こう……大陸の長命な人外勢はなぜこうも若作りしたがるのだろうか、いやまぁムーンラビットさんの場合肉体自体を移り変わってるから正確には若作りとかじゃないんだろうけれど、ちょっと言いたくなるよね。

「これならば問題ないだろうか、リリア殿、それにこの世界に同化した神の化身たる貴殿も、我の姿はおかしくないだろうか」

「えっと……ちょっと貴殿とかむず痒くなってくるから名前で呼んでくれないですかね?なんというか、勇者だって分かってるあたり名前も把握できてるんでしょうから」

「そうか……ではイネ殿、おかしくないだろうか」

「まぁ、問題は無いと思いますよ、うん。少々容姿端麗にすぎるかもしれないですが」

「すまぬ、元々このような姿にしか変身できぬのだ、許してもらえれば助かる……して、我に聞きたいことがあるのだろう?」

 軽く雑談状態だったところでナガラさんが本題に戻した。

 ゴブリン事案の時ならイネちゃんも集中してたからあまりそれなかった……記憶だけれど、どうにもゴブリン関係に決着がついてからこう、あまり集中力がもたなくなってきてる気がする。

「まぁ話題が戻ったのならいいか、まず聞きたいのはあの火吹きドラゴンはナガラさんの同胞ってことは同じ種族なのかってこと、他にもいろいろ聞きたいけど最初はここからで」

「ふむ、思考を読むことができぬものにはわからぬ流れになるから注意したほうが良いぞ、そしてその質問だが……半分正解だ。あの者たちの中からより力が強く、長命になったものが我と同じように知恵を付けドラゴンと呼ばれるようになる。しかし種族は関係ない、別種でも人が爬虫類と分類されるものの中から発生するようだが……申し訳ないがドラゴンと呼ばれる我にもその原理はわからぬ」

 わからないのか……というかイネちゃんが聞いた内容よりも多くのことを教えてもらえたあたり本当に思考が読めてるみたい。

「そしてイネ殿が言ったように我らの故郷は北部の山となる。連中を追って大陸をほぼ縦断したようなものだ……我はアスモデウス殿との約定もあり止めようと何度も声かけをしたが、人里に被害が出る前に手を下せば良かった……本当に申し訳ない」

「謝る、なら……ロロだけ、じゃなく……」

「あぁ承知している。今森の中に逃げている者たちにも謝意を示し、必要であるのなら建造物の再建などに直接助力することも約束する」

「とりあえずばあちゃんは今アスモデウスじゃなく、ムーンラビットって名乗ってるし、そのことを結構強調するから本人の前でその名前を呼ぶのはやめた方がいいと思いますよ」

 ナガラさんの説明が途切れたタイミングでリリアがそんなことを言った。

 そんなこと……だと思う、多分。

 あの人結構ムーンラビットっていう名前を強調して可愛いウサちゃんですよーとか結構こだわってる感じがあったからね、そう考えると孫であるリリアの忠告はリリアの中で優先順位が高かったのかもしれない。

「ふむ……どうにもあの方がそう名乗っているのがイメージつかなくてすまぬ。ムーンラビット……兎か……だがなんとなくあの方らしいとも言えるな」

「今は三世界動乱の後処理に追われているので会うのは難しいですが。今度会いに行ったらどうです?」

「数千年ぶりなのだ、困惑させるだけだろう。それに我にはやらねばならぬことがあるし、それはあの方も同じであろうしな」

 数千年ぶり……いやまぁアスモデウスって名乗ってたって聞いて、その実力もいかんなく見せつけられてるから理解できなくはないけれども、こう改めて第三者……第三ドラゴンに聞かされるとちょっと困惑しちゃうよね。

「そしてこの村に関しては私が同胞たちの起こした責任を果たすため、故郷の同胞を守ることができぬのだが……」

 チラチラ見てくるのはなんというか……イネちゃんたちの思考を読んだのか、それともリリアから聞いたのかはわからないけれど、イネちゃんたちが生態調査を行っていたり困っている人たちは見捨てられないのとか見抜かれてるね、うん。

「イネ……あまり望まないのは分かってるけれど……北に行ってみない?」

「まぁうん、リリアはそう言い出すだろうなって予想はついてたからいいけどね、それにここでイネちゃんが断った場合、初動は既に遅れてる状況だろうし……もっとひどくならないためにも調査が必要ってこと、言いたいんだよね?」

「え、う、うん……でも調査が必要だっていうのは確かに言いたかったことだから、生態調査のついでか、生態調査がついでになるかはわからないけれど、しっかりと経緯を聞いてやってみるのもいいんじゃないかなって思うんだ」

 あ、ちょっと違ったか……まぁ方向性は正しかったから別にいいと思うけど、リリアはそこまで考えていなかったってことは純粋に全力のお人好し発動しただけだったか。

 ともあれ皆がやる気になってる感じなんだよなぁ、ロロさんだってなんだかこう、ふんすふんすって感じで期待の眼差し送ってきてるし……後はイネちゃんだけって感じがしてこう、退路が絶たれた感じがするよね。

「まぁ……あてもなく旅をするよりは目的があったほうがいいけどね、それに今言ったようにまた大陸だけじゃなくって地球やムータリアスにも影響が及んじゃうかもしれないしさ」

 特に最初から平気として生み出されていたゴブリンのような生物、生体兵器でもなければ基本的には大陸の生き物は他の世界と比べて圧倒的に強い。

 これは大陸で生まれ育ったのなら栄養状況は格段にいいし、何よりヌーリエ様の加護の影響もあってかなり皮膚が硬いし、クマクラスの大型動物ともなれば地球で普段クマに対して使われるような銃では有効打をあたえられないレベルだからね、そういう動物が普通よりも凶暴化してほかの世界で暴れまわってしまえば被害は今回の比じゃないものになるのは想像に固くない。

「ということは……」

「まぁ、そういうことではあるけれど、まずはナガラさんからいろいろ聞かないとね」

 そして皆の視線はナガラさんへと集中する。

「どこから話したものか……あの小鬼が現れていた時には同胞たちも血の気は多かったものの我の言葉に耳を傾ける知性はあったのだが、大陸から姿を消して以降は少しづつだが同胞たちの知性がなくなっていった……としか思えないようなことが度々起きていたのだ」

 そして今回の事案が発生してしまったわけか、しかし……。

「ナガラさんの説明だと、ナガラさん自身も何がなんだかわからないっていうことでいいかな?」

「恥ずかしながらそういうことだ。わかっている……いや、恐らくというべきだろうが思い当たるものは小鬼の消失だけだからな、むしろ大陸としては喜ばしい歓迎すべきことがきっかけとは思いたくないのだが……」

「先入観は危険だけど、頭のどこかには置いておいたほうが良さそうだね。それを調べるための調査をこれからするんだから」

 しかしまぁ……駆除した後でも問題を起こすのか、ゴブリンという生体兵器は。

 イネちゃんは自分の運命に対してゴブリンにうんざりしながらも、小さくため息をだして今後のことを思案するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る