第3話 生態系の変化
「ゴブリンの生息域だった場所を重点的に調べるんですよ、特にトーカ地方は結構被害が大きかったため、結構調査対象になっている場所が多いんですよ。あ、オワリの町周辺に関しては既に調査済みですよ……というかそのとき大変だったのと時間がかかりすぎたために本家からお尻に火をつけられたということなんですがね……」
ロロさんがカカさんに報告してお墓参りをしている間、イネちゃんとジャクリーンさん、それにキュミラさんの3人で村の周囲にある森の生態系を調査していた。
いやまぁ結局受ける形にはなったんだけれど、そもそもが目標や目的なしで大陸を回ろうとしていたからね、別の視点で考えれば大陸を旅する理由付けになるし、次の目的地をサイコロとかで決める必要もなくなるからね……いやこのサイコロってロロさんの故郷の次の目的地でいい場所がなかったら本気でやろうとしてたんだよね、うん。
「しかしまぁ、この辺も結構変わったッスよねぇ」
「どう変わってます?」
「そうッスねぇ、まず狼が減ってるッスね、その代わりクマが増えてるッス」
「キュミラさんこの辺り出身だっけ?」
「違うッスよ、もっと東の方の生まれッス。まぁこの辺は麦とか美味しくて結構長い間定住していたッスけど」
「となれば昔の状況と今の状況は見ればわかりますか?」
「というか匂いでわかるッス。私も一応は雑食でお肉も食べるッスからね、匂いで何がいるとかの判断は得意ッスよ」
紛争では哨戒偵察でしか活躍の場が殆どなかったキュミラさんが輝いている!?
伊達に猛禽類系のハルピーさんではないということか……イネちゃんの中でキュミラさんの評価値がうなぎのぼりした瞬間である。
「ちなみに草食動物は小型の連中が増えてるっぽいッスね、リスとかは普通にいる匂いがするッスよ。代わりにウサギくらいになると減ってるみたいッスね」
「雑食系……例えばタヌキとかイノシシはどうです?」
「そいつらは北が生息地ッスから、この辺だと雑食はクマくらいなもんッスよ」
後キュミラさんみたいなハルピーさんか。
紛争が起きていたとき、この辺で寝食を過ごしていた渡りハルピーさんの姿が見れないのは既に時期が過ぎたからかな、あの時と比べたら随分ここも肌寒くなってきてるし、渡りハルピーさんたちは暖かい場所を求めて既に海を越えているのかもしれない。
「いやぁやっぱりイネさんたちに頼んで正解でした、ハルピーの方がおられると生態系調査は捗りますよー」
「私もこんなに頼られたのは生まれて始めてッス!」
それにしてもこの2人、意外にも意気投合してしまってイネちゃんちょっと困ってしまうのである。
ジャクリーンさんの持ってきた生態調査の依頼だけならいっそキュミラさんだけでよかったんじゃないかなって思うのだけれど……イネちゃんが勇者の力で感知……まぁ地面と接している生命体の反応がわかるから感知って言ってるけど、その力で事前に危険を察知して知らせて基本的に回避、必要があるのなら戦闘、駆除と案外イネちゃんが忙しいんだよねぇ。
「大型動物がこっちに近づいてる、2人とも一時避難して様子見」
「「はーい」」
そしてこのノリである。
ジャクリーンさんってこんな軽い人だったんだなぁ……まぁ最初から結構小物っぽいところがあったんだけどさ、更に上回る小物であるキュミラさんがいたから影が薄くなってたんだね。
「生態系調査中に調査対象を駆除するのは避けたいですから、いやぁ本当イネさんに頼んで正解でしたよ」
「そういうゴマすりはいらないから。とりあえず大型動物の正体は鹿、確認できたから大丈夫だよ」
「角はどんな感じです?」
「無いよ、それに単独だから迷い込んでるのかもね」
「鹿が単独ですか……基本群れるのになにかあったんですかね?」
「……やっぱりそこも調べないとダメかな」
「調べないと生態系がどう変化しているのか調査したことにならないですから、当然ですよ」
だから時間がかかるんだよなぁ、こういう依頼をイネちゃんが避けがちなのって1ヶ所に長期滞在するのが確定しちゃうからなんだよね、旅がしたい、世界を回りたいって言ってる人間が受ける依頼ではない。
1日だけ調査してこうでしたって報告すると高確率で間違いになるからね、調査対象が生き物である限りは本来、その場に定住して調査を続ける人がいて始めて成り立つものだからこういう依頼は受ける側としてみればその土地に骨を埋める覚悟が必要になる。
「とりあえず今日のところはこの辺ですかね……キュミラさんのおかげで本当助かりましたよ」
「いやぁ照れるッス」
ジャクリーンさんが切り上げの言葉を発してくれたので今日のところはロロさんの故郷に引き上げることにはなったけれど……そのジャクリーンさんの言葉にはしっかり『今日のところ』という文言があったことはイネちゃん聞き逃してないよ。
各地を周る前提であるジャクリーンさんの調査は、ゴブリンが存在していた頃と駆除した後の一過性的な調査なのだろうけれど、それでも数日かけて調査する必要があるんだよねぇ。
地球的な調査方法も入り始めているみたいだけれど、大陸の調査方法は現地に入って肉眼で直接見て、肌で空気を感じた結果っていうのがまだまだ主流……いやまぁ中世的な文化系であるのに生態系調査と個体数保護をしている時点でそうとうモラルが高いとも言えるけどさ、ヌーリエ教会の専門部署なら調査魔法があるらしいけれど王侯貴族側ではその魔法が普及していない以上は原始的な調査方法が主流になってしまうわけである。
いやまぁそもそも魔法が無い地球でも原始的と言われれば原始的なものになるけれど、それでも機械的に調査が可能だから調査員への負担が少なくて済むからね、うん。
直接観測して数を数えるのが原始的で、タグを付けるのはどっちになるんだろう……流石に海洋生物の場合は発信機をつけたりする場合もあったりするらしいけど、後は渡り鳥とかにか。
「今までずっと肉眼観測で指折り調査だったからこの段階でも全然捗ってますよー」
イネちゃんが観測方法について思案を巡らせていると、すごくホクホクしているような顔のジャクリーンさんがそんな事を言う。
つまりジャクリーンさんは1人で、直接肉眼で確認しながら指折りで調査という最も原始的な手段でやっていたという暴露でもある。
「あのさジャクリーンさん、もしかしてと思うけど全部指折りでメモとか無いとかないよね?」
「いやぁ流石にその場でスケッチして……」
あ、これダメな奴だ。
「えっと……それで依頼主は納得したの?」
「ちゃんと受け取ってもらえましたから大丈夫ですって。それに支度金として多くお金をだしてくれましたし、他にも人の伝手があるのなら頼っていいとも言われました、増員が認められるってことはそういうことでしょう?」
あ、これダメな方向に前向きなパターンだ。
依頼主は身内だからって理由で甘いと判断すべきか、突き放されてると判断すべきか悩むなぁ、イネちゃん貴族のあれこれとかよくわからないし、何よりフルール家というお家の細かい内容のことはこれっぽっちも知らないから……ってこれは一般家庭でも普通か、余所様のお家のことはわからない的な。
「ところで今日のご飯ってなんッスかねぇ、リリアさんの作ったご飯ならなんでも美味いッスけどこう、毎日が楽しくなるッスよね」
「あー美味しいご飯で気力がっていうのはよくわかる。イネちゃんもお父さんたちの訓練を受けていたときはこう、暖かいってだけでご馳走感すごかったからなぁ」
「いやイネさんどんな訓練受けてたんッスか……」
「んー火山流後の樹海で最低限の装備でのサバイバル訓練とか、雪中行軍とかいろいろあったよ」
「それ、必要になることあるんッスかね……」
「大陸でもサバイバル訓練の方は役に立ってるよ、水分の多い木材に火をつける手段とか結構便利……」
他愛のない会話をしながら村へと戻っていると、大きな風切り音と共に大きな影がイネちゃんたちの場所を通過した。
「うぉ!火吹きトカゲッス!ドラゴンと思ってびっくりしたじゃないッスか」
「……いや、あれはまずいですね、群れで村に向かいました」
むぅ……ただの火吹きトカゲが1匹だったのならロロさんがいる村は安全と断言できたのだけれど、流石に群れとなるとロロさん1人ではまず守りきれない。
「キュミラさん」
「無理ッス、体格差とあいつの鱗で私の爪が折れちゃうッス」
聞く前に答える小物っぷりは今は手っ取り早くていいね。
「じゃあジャクリーンさんと万が一のために村の人たちを避難させる場所と道の確保をお願い」
「イネさんは村をお願いしますね」
ジャクリーンさんも察してくれたようで、イネちゃんは黙って首を縦に振って村へと駆け出した。
「空への対応は、本当イネちゃん弱いな……」
勇者の力の特性上、イネちゃんは地面に接地している状態が最も力を発揮することができるのだけれど、地面から離れてしまうと粉塵などの粒子が空気中に満たされでもしない限りかなり限定的な力になってしまうからなぁ、それも自分自身の防御力確保をするためによほど強引に無理やりやらない限りは火力はそうそう出せない。
イネちゃんはそう思いながら地面から対物ライフルを生成して村へと急いだのだった。
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