第2話 生態系調査依頼
「そういうわけでして、各地を回られている皆様にこそ大きな紛争が発生した後、具体的にはゴブリンが消えた後の生態系の変化を現地調査を行ってもらいたいのです」
トナで調味料を確保して、ヌーリエ教会でご飯を食べていた時、ギルドの使いを名乗る人からそう口頭でお願いされた。
「それは……ギルドから冒険者への依頼?それともヌーリエ教会への協力要請?」
「あ、も、申し訳ありません!これも持たされていたんでした!」
イネちゃんが聞くと使いを名乗った子……そう、名乗った子なのである。
トナも騒動に巻き込まれた町で、結構犠牲が出てしまったこともあっていろいろな場所で人手不足が深刻な感じになっているらしい。
復興にヌーリエ教会から有志を募って移住者とかも出したらしいけれど……この子もそのうちの1人なんだろうね、まだ仕事に慣れていないというか初々しさを感じる。
そんな慌てている子が鞄をゴソゴソしてから封蝋された1枚の手紙を出した。
「これ……家紋?」
「はい!今回の依頼主は貴族の方ですので……ってなんですかその顔は!」
いやぁなんというか貴族ってだけで面倒事になりそうな予感しかないんだよね、うん。
イネちゃんの知り合いの貴族って言えばそれこそオーサ領のごくごく一部しかいないわけでさ、余計に面倒事って心境になるわけで。
「ま、まぁイネ、誰からの指名かを聞いてからでもいいわけだしさ」
リリアも気を使っておきながら、その言い方だと断る前提だよね。
「リリアがそう言うなら……それで、誰なの?」
聞いてもわからないだろうけれどさ、一応社交辞令で、ね。
「オーサ領の中央商業区を統括されておられるフルール様です」
聞いたことがな……あれ?
なんだかどこかで聞いたことがあるような……。
「とりあえず中を見てください、フルール様でしたら中身を見たら受けなければならないということは、無いと思いますので」
「随分とフルールさんのことを信用しているんだねぇ」
「はい、私はフルール領出身ですので。市民の意見をちゃんと聞いてくださる方ですし、貴族と市民のいざこざであっても公平中立に裁きをくだされる方ですよ。それに商業区を統括しておられるので、契約には双方の同意が必須であるという法を作られたのも、今代の当主様であられますので」
なる程、少なくとも出身者からの信望は厚い人っていうのはわかった。
しかしどこで聞いたんだっけかなぁ……確かにフルールって単語をどこかで聞いた記憶があるのだけど。
「あの……えっと……手紙をしっかり見て頂ければ……」
「あーもういいですよ、うん。やっぱり忘れられてたんだなって思いますよ、本当」
使いの子が言葉を濁していると、後ろの席からそんな声が聞こえてきた。
「私、ジャクリーンです。というか錬金術師との決戦の前にもお話しましたよね?」
「……あぁ!ジャクリーンさん!」
「はい、イネさんが聞いた覚えがあるなーって顔をしているのも当然です、私のファミリーネームですから。ジャクリーン・フルール」
ということはイネちゃん、最初に出会った時思いっきりやらかす可能性があったのか……いやまぁあの時はジャクリーンさんがキャリーさんを誘拐したのが原因だけど……。
「お兄様も許可してくださったので、ようやく私の正体が明かせますよ。まぁこの流れでお兄様という単語で察していると思いますが、私はフルール家の人間です。まぁ、既にお兄様が家督を継いで跡継ぎも大量にいるので私は自由にさせてもらっているわけなんですがね」
「となると……キャリーさんを誘拐したのってその関係?」
「あー……まぁ、そういうことです。と言ってもあの時の時勢は冒険者をしていた場合いつ命を落とされるかわからないという情勢でしたからね、強引にでも保護させていただこうというお兄様からの依頼でした」
「つまり本人の意思とは無関係にと……」
あ、リリアが反応した。
「その件については当事者同士で解決済みですので……ヌーリエ教会側も当事者間で解決済みの事案に関して首を突っ込むのは権利の拡大解釈と取られてしまいますよ」
ジャクリーンさんはリリアの呟きに詰め寄られる前に先んじて説明……にはなってないけれどとりあえず動きを止められる内容で返すと。
「なんでしたら、ヴェルニア様に確認して頂いても構いませんよ。そして話を戻すのですが……少々範囲が広く、私1人では調査が難しいのです」
「いやこの封蝋から考えて、フルール家が対応しているのであれば、ご実家を頼られたらどうですか?」
「その実家からの勅命なんですよ!フルール家はオーサ様の直属で、お兄様は商才を発揮して地位は磐石にしつつありますが、錬金術師を排除することもできずヴェルニア家を結果的に陥れる形になってしまったのは確かですし……」
「社会奉仕で貢献して許してもらおうということですか?」
うーん、リリアの声色にトゲがすごい。
「まぁそういうところです」
ジャクリーンさんはそのトゲに対しても苦笑で対応している辺り、この手の責めは受けるって前提で考えていそうかな。
「まぁ、ジャクリーンさん側の事情は理解したけれど、それならイネちゃんたちじゃなくてもいいんじゃない?わざわざ指名なんてしなくてもさ。それこそヨシュアさんたちの方にって言うのもアリだったんじゃないかな」
むしろキャリーさんと関係の深いのはヨシュアさんたち側なわけで……イネちゃんたちの方を選ぶメリットわ……。
「あ、そういう……」
ヌーリエ教会側と関係が深い、というかその神官がいるこちら側の方がいろいろと都合がいいということか。
「まぁ……恐らく今イネさんがたどり着いた答えが、そのとおりです」
リリアも理解したのか頬を膨らませながらも追求をやめてくれた。
「まぁ、今聞いた事情と照らし合わせるのなら、そりゃヌーリエ教会と関係が深い方が都合がいいだろうからねぇ……」
「では!」
「いや即答はしないよ、流石に。知人の持ってきた依頼だからって飛びつくのは三流以前に冒険者としての適正を疑うべきでしょ」
「む、悔しいですが正論です……」
「まぁこちらでも検討はするよ、とりあえず直近の目的はロロさんの故郷に向かうのは変えたくないし、最低でもそこでのんびり……するかはロロさん次第だけれど、お墓への報告が済んでからだね、返答するのも」
「ロロさんの故郷と言うと……」
「ここから山を超えた先、麓の村だよ」
「なる程、丁度良かったです。この生態調査に関してましては各地の野生動物生息域の調査ですので……どのみち調査すべき場所でしたから」
あ、これはジャクリーンさんもついてきてなし崩し的に生態調査を受ける形になる奴だ。
「海洋生物とか、調査しないの?」
「そちらは渡りハルピーの方々から情報がもたらされておりますので……ほ、ほら、今食べていらっしゃるものは私が出しますから、お願いしますよー……」
ついには泣きついてきちゃったよ……。
「正直、こちらのメリットが殆どない。報酬に関してもこの手紙には記載されていないし、現時点だとイネちゃんたちはタダ働きだよね?」
そう、冒険者への依頼として最も重要な報酬部分の記載が一切ないのだ。
商取引の才能のある人がこんな手紙で相手を参加させられると思っているわけもなく、いいように使ってやろうと考えているか、もしくは今後何かしら交渉があったり、もっと裏があったりするかもしれない。
「その裁量は私に任せるとお兄様は言いましたので……」
「つまりジャクリーンさんの裁量でイネちゃんたちはタダ働きと」
「流石にそんなことしませんって!ちゃんとヌーリエ教会と連携して調査に必要な資金は準備されていますし、そこからしっかりお支払いしますって!」
このタイミングでイネちゃんとリリアの視線が合って、お互い苦笑という感じになってから。
「まぁ……とりあえずそのへんを書類みまとめておいて?イネちゃんたちはロロさんの故郷に行ってくるからさ、それまで返答しないってことで」
「流石にいろいろと急すぎるから……」
イネちゃんたちの答えを聞いてジャクリーンさんは少し考えるような素振りをしてから大きなため息をイネちゃんたちに聞こえるようにして。
「わかりました……ですがそちらには私もご同行させていただきます、ギルドの依頼としてなら私側で対応できますし、どのみち生態調査で訪れる予定の場所なのは事実ですからね!」
リリアの目を見てみると、諦めにも似たような首振りをしてきた。
これは事実を言っているのは確かだし、リリアも微妙に諦めたって感じかな。
「あ、お話まとまったッスか?」
イネちゃんたちがお話をしている最中もひたすらにご飯を食べていたキュミラさんが会話に混じってきた。
「報酬……ないのは、いや」
あ、ロロさんもパンをもっちもっち咀嚼しながら混じってきた。
2人とも完全に交渉事はイネちゃんとリリアに丸投げにするつもりで食べてたな……キュミラさんはむしろそうしてくれた方が助かるけれど、ロロさんに関しては一応ランカーなんだからこの手の面倒な交渉は何度か経験あるだろうし、その経験値を少し分けてもらいたいところなんだけど。
「私、交渉……苦手」
「うん、そういうの察しなくていいから……ということは交渉とかは全部トーリスさんたちに?」
ロロさんはパンをもっきゅもっきゅしながら首を縦に振った。
なにこれリスっぽくて可愛い。
ともあれ、こうしてイネちゃんたちは新たな同行者と一緒に最初の目的地であるロロさんの故郷へと向かうことになったのだった。
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