少女傭兵の活動日記~楽園世界の旅人~

水森錬

第1話 少女たち

 いやまぁこう、少女たちって表記したはいいけれど、既に皆成人年齢なんだよね、うん。

 あ、こんにちわ私は一ノ瀬イネ、一般的に大陸と呼ばれる世界で生まれたんですがいろいろあってこう、地球と呼ばれる世界で4人のお父さんに引き取られてこの世界で生き残る術を教えてもらったっていうちょっと特殊な出自をしてます。

 今は大陸で1番強い力を持っているヌーリエ教会の神官である築防リリアと、ギルドと呼ばれる冒険者と傭兵を統括する組織の上位ランカーであるロロさんに……完全に腐れ縁のようになっている腕翼を持つハルピーと呼ばれる種族のキュミラさんと一緒に大陸を旅して回っています。

「イネ、また日記?」

「うん、なんというか日課だからね書かないとちょっとこう、気持ち悪くて」

 というわけでこの物語は私こと、イネちゃんの日記に記したものである。

 ……まぁ、ちょっと偉そうにしてるけれどそう大したことじゃない旅日記なんだけどね。

 少し前までなら3つの世界を巻き込んだ動乱があって、なんというか戦時記録みたいな日記になっちゃったけれど、その動乱は主犯が捕らえられたことによって解決したからね、被害の大きかった場所はまだ復興を始めるって段階だけれど、大陸はそう被害が大きくなかったからね、こうして比較的平和な旅をすることができているのである。

「宛もない旅って、本当目的なしでどう動くんッスかね」

「とりあえず村々を転々とする感じだよ、というか流石に文字通りの宛もない旅なんてしないからね?」

「まぁ、その最初の目的地が決まってないんだけどね」

「だったら……私の、故郷……。カカに、報告、したい」

 ロロさんの故郷……そう言えばそうか、イネちゃんは事件の決着の場が生まれ故郷の近くだったってこともあって既にお墓に報告済みだけど、ロロさんだってゴブリンにいろいろ奪われた人なわけだからね、当然報告はしたいか。

「それじゃあそうしようか。まずはロロさんの故郷を目的地にしようか」

「となると……最初はトナかな。今積んでる食料だと献立が固定されちゃうからさ」

「そうだね、じゃあリリアお願い」

 普通のファンタジーな旅であるのなら、食料を確保するためという理由になるのだろうけれど、大陸であるのなら基本的にその心配はない。

 可食植物が基本的にそのへんに生い茂っているし、なんだったら栄養過多気味で少々縄張り意識が凄まじい肉食動物を迎撃して命をいただけばお野菜とお肉に関しては困ることはないからね。

 そういう理由からリリアは『献立が固定されちゃう』という心配をしたのである。

 食べ物という観点からみても圧倒的に恵まれているわけだけれど、資源の関係に関しても似たようなもの……というかこれは完全にこの世界特有で、鉱物資源は自然再生する。それも結構な速度で。

 なので鉱山とかの仕事に関しても比較的安全を確保しながらできたりするし、何よりこの世界で生を受けた人はもれなく放射性重金属の放射線に対しても耐性があるんだよねぇ、ロロさんなんて出会った時の装備がウラニウム系だったしね、うん。

 そして今向かっているトナという街は港町なのだけれど……散々期待させておいてなんだけれども、水産資源に関しては実のところそれほどでもない。

 じゃあなんで第一目的地にしたかって?

「とりあえず何においても塩だよねー」

 とリリアが言ってくれたように、調味料である。

 特に塩に関しては岩塩も存在はするものの他の鉱物資源と比べたら大陸ではそれほど数が存在していない。

 輸送インフラに関しては神獣であるヌーカベによる輸送が安定しているし、何よりヌーリエ教会では転送陣と呼ばれるテレポート魔法が存在するので物流に関しては滞るということは殆どないし、小型の転送陣に関しては既に民間組織も運用しているからね、むしろそう行った物流インフラで言えば地球よりも圧倒的に高度なものとなっているかもしれない。

「イネさーん、森の方からクマが来てるッスよー」

「え、今日はクマ肉?」

「じゃなくてもう走ってきてるッスって!」

 まったく、せっかく新しい日記帳だからあれこれ書いてるっていうのに、結局ゆっくりできないじゃないか。

 出発当日にクマと出くわすとか……ヨシュアさんとパーティーを組んだ初日もクマだったよ、なんだろうイネちゃんクマに嫌われてる?

「リリア、止めて。ロロ……足止め。勇者、トドメ……お願い」

「了解、弾もクマ用に変えないとだからロロさんお願い」

 この辺はもう慣れた感じで連携が成立する。

 ロロさんに関しては完全なるタンク役で、フルプレートメイルに両手シールド……と言っても攻撃力が皆無なわけではなく、かなり高いレベルで盾術を使いこなすし、何よりロロさんの盾は……。

 ロロさんが地面に降りてクマの進路に仁王立ちするような形で陣取ると、盾同士を叩き合わせ、盾の機構を作動させる。

 とまぁそういうわけで、ロロさんのは仕込みスパイクシールドなのである。

 相手の突進を受け止めた後、あのスパイクシールドで叩くように挟むっていう視覚的にかなりえぐい戦い方をロロさんはするのだけれど……ロロさんがこの戦い方を選んだ理由は、先日解決した紛争で使われた生物兵器であるゴブリンが原因だからね、慈悲の心なんてものが消え去ったような戦い方を選んだとしても仕方がない。

 まぁ大陸のクマもその皮膚はかなり強くて、地球でいうところの普通のクマ撃ち銃では有効射程が半減するレベルなので、ロロさんのえげつないシールドバッシュはストンプ、サンドイッチにされても皮膚の表面から出血するものの有効的なダメージが入る様子がない。

 正直、このクマ相手に遠距離から有効な打撃を加えようとしたら象撃ち銃とかバックショット装填のショットガンを適度に広がるギリギリの距離で全身に満遍なく当てないとダメなんだよね、スラッグ弾だとどうしてもゼロ距離になっちゃうから。

 一応は目とかの柔らかいところを狙えば一般的な狙撃銃とかでも倒せなくはないけれど、機敏にかつ高速で動き回る野生動物にそんなピンホール狙撃なんてプロフェッショナルなスペシャリストでもそう何度も成功するものじゃない……まぁイネちゃんは1度だけまぐれで成功させたけれど、流石にあんな博打は避けたいからね、うん。

 そういうわけで今イネちゃんの通常装備の1つであるスパスに装填しているのはイネちゃんの、勇者としての力を応用して作った特殊弾で、これならクマでも問題なく一撃で頭を顎下から吹き飛ばすことだってできる。

 なにせ空想創作物の宇宙戦艦の装甲に使われる金属を分子から生成した、イネちゃんにしか使えない代物……いやまぁこの手の武器なら弾さえ作っちゃえば誰かに預けてそれで使ってもらえるけど、それ自体あまりやりたくないんだよね、いくら信頼している人でも……いや信頼しているからこそ、そういう強力な武器を持つ責任やらを背負わせたくないし。

 ともかく装填を済ませたイネちゃんは、クマを止めているロロさんとの戦闘状況を確認しながら狙いをつけて、クマが威嚇のために立ち上がったタイミングで引き金を引いて、クマの頭を吹き飛ばした。

「よし」

「流石、勇者」

 ロロさんはイネちゃんにそう言いながらも、既に解体と血抜きの準備を始めていた。

 まぁ、早くやらないとお肉も硬くなりすぎちゃうしね。

「うーん、他にはいないっぽいッスね。縄張り争いに負けた奴だったんッスかね」

「ゴブリンがかなり少なくなってからクマとかの肉食獣が数を増やし始めたらしいから……」

「ゴブリンありきの生態系になりつつあったってことかぁ……なんだか複雑な心境だよ」

 大陸にゴブリンがそれなりに居た時には、街道までクマが出てくる事案というのはあまりなかったらしい……いやイネちゃんバッチリ遭遇してるんだけどね、その少ない奴に。

 まぁそういうこともあってゴブリンの駆逐駆除を行う際に合わせて追加で生態系調査も行ったらしく、どうも肉食獣の頭数が目に見えて増えているとの報告があった……っていうのはイネちゃんも聞いた話だけど、ゴブリンが生きるための糧の1つとしてそういう肉食獣を食べていたらしいことがわかって、今度はそういった肉食獣の頭数を減らす間引きの依頼が、以前のゴブリン退治の依頼に該当するような形でギルドでも増えているらしい。

「さて、解体して血抜きまではするけれど……保存するための塩がない!」

「燻製は?」

「その手もあるけれど、燻製肉……しかもクマだとこれもレシピがね」

 ちなみにヌーリエ教会では殺生に関しては、それが生存のための可食などであれば大抵のものが許されたりする。

 肉食動物に人間が食べられる、っていう事案も個人的感情は抜きにして仇を取った場合は食べられるお肉であるのならしっかり食べる、そうでないのならちゃんと埋葬をしてあげればOKらしい。

「次の命に繋がりますように……」

 と今リリアが祈りの言葉を捧げたように、食物連鎖のようなもので家畜とかも認めていたりするんだよね、宗教……なんだろうけれど、直接ヌーリエ様と関わることになったイネちゃんとしてはどうも宗教というよりは平和に生きるための大原則みたいな感じがしてるんだよね。

 ともあれ今はクマ肉だよクマ肉、新鮮なものだしとりあえず次の食事はお鍋かなとは思うのだけれど……。

「うーん、皆はお鍋の方がいい?」

「まぁ……お鍋なんだろうなとは思ってたけれど、何か他にあるの?」

「それは出来てからのお楽しみ……にしたいのだけれど、どうしてもお鍋がいいって場合は今回はお鍋にするつもり」

 リリアがそこまでして聞いてくるのなら、イネちゃんたちの答えはもう決まっていた。

「じゃあ、新しい奴で」

「うん、わかった、ありがとうね、皆」

 こういう時のリリアって本当可愛い笑顔見せるよなぁ……周囲から散々可愛いと持ち上げられていたイネちゃんとしては、上には上がいるというのをこれでもかと思わせてくれる存在がリリアだよ、まったく。

 ちなみにお昼はクマ肉のハンバーグとお野菜たっぷりスープだった。

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