第12話 ドワーフ王と過去の話
「しかし、すまんかったの」
空になったアユムの杯にドワーフ王が酒を注ぐ。反対側の席に座るカダーヤは自分で酒瓶を持って杯に酒をなみなみと注いでいる。
カダーヤ、イェリアと合流したアユムとカーツは、そのままドワーフ王のもとへ来ていた。
「事情を聞かせてくれればオレもこんなことはしなかったんだが、あのクソガキエルフが……」
「何か言ったかクソチビドワーフ」
「まあまあ」
ドワーフ王は赤いヒゲで顔の半分を覆った武骨な男である。カダーヤに対してチクチクと嫌味を言っていることから、ユガの暗躍がなくともエルフと仲が悪いのがカーツにもわかった。
「ユガというのは大森林東部の小部族の長でな。200歳になったばかりの若いエルフだったが、部族をよくまとめて有望だったのだ」
「それをユキヒサがダークエルフに改造したってわけですね」
酒瓶を逆さに振って中身のないことを確かめたカダーヤがイェリアの前に杯を出す。あわててイェリアが酒を注いでいるのを見て、カーツも酒瓶を取ってアユムに近づくがドワーフ王が分厚い手で制した。
「突然、集落ごと消えたので調査はしておった。だが、そんなことをされていたとはな……」
カダーヤは杯を一気にあおる。熱い息を吐きだした彼女の顔にかすかに酔いとは違う表情が浮かんだ。
「ドワーフの国境警備隊がエルフの一団に襲撃されたのはその後よ。不可侵条約はあったがエルフとは仲が悪かったからな。ついに仕掛けてきたと思って各部族を集めて軍を編成したというわけだ」
「使い古された手だけど、潜在的に対立している者同士なら効果的な作戦だよね」
アユムがつぶやく。ドワーフ王は王冠をずらして頭をかき、申し訳なさそうな視線をアユムとカダーヤに向けた。
「おい、エルフ」
「ヤー様」
「や、ヤー様、アユム。手間をかけたな」
「気にしないでよトルボ」
ドワーフ王の謝罪をアユムがさらりと受け流す。その応答を聞き、カーツは手に持っていた酒瓶を杯に注ぎ、一気に飲み干した。
ドワーフ領に入ったカーツは、アユムがドワーフ王とも旧知であったことを知る。
それもかつてアユムはドワーフ王トルボ、エルフ女王カダーヤとともに冒険をしていたというのだ。吟遊詩人の英雄譚となってもおかしくない話である。
「戦争にならなくてよかった。ユキヒサがいる以上、各種族が争うのは得策じゃないからね」
「ふむ……」
「ふん」
トルボとカダーヤが思案を巡らす。今回の一件を見ればユキヒサが彼らを狙っているのは明らかである。
「しかし、ザラゴンとはイヤな名前を久しぶりに聞いたぞ」
カダーヤが眉をしかめて言う。アユムは心当たりのない名前だったらしく興味深げに彼女の言葉を待つ。
「何者なんですかヤー様?」
すっかりカダーヤの侍女と化したイェリアが聞く。カダーヤは不機嫌そうな顔で説明をはじめた。
「私がまた若い頃……まだ若いのじゃが。むしろ永遠に若いのじゃが」
「わかっとるから先に進めい」
カダーヤにトルボが横やりを入れる。アユムは何も言わなかったが、表情からトルボを支持しているのがカーツにはよくわかった。
「ザラゴンというのは聖王国の前にあった人間の国……なんたら帝国時代の魔術師じゃ」
「古帝国ですかね」
カーツが補足する。カダーヤはチラリと彼を見て親指を立ててみせる。めずらしく感謝してくれたらしい。
「帝国自体は千年ほど前に滅びたのじゃが、その原因がザラゴンよ。あやつは禁忌の魔術に手を染めて、不死の軍勢を作って帝国を支配しようとしたのじゃ」
「あ、知ってます。神殿で勉強しました」
イェリアが酒を注ぎながら言う。カダーヤはそれをチビチビ飲みながら話を続ける。
「帝国は大混乱になっての。エルフの領域までにちょっかい出してきたから、ヤー様が出陣してボコってやった」
「へー、さすがだねカダーヤ」
アユムが軽く称賛の言葉を述べるとカダーヤが顔を伏せる。しばらく沈黙した後、顔を何度かなでて彼女はまた口を開いた。
「帝国軍とザラゴンの軍はほぼ相討ちで壊滅したが、ザラゴンめは不死身になっておって手ごわかったぞ。仕方ないのでヤツの地下迷宮にくし刺しにして封印してやったわ」
「倒せなかったんですか?」
「死なないんじゃもん」
イェリアの言葉にカダーヤが口をとがらす。アユムは話を聞き終えてしばらく考え込むと、トルボとカダーヤに声をかけた。
「ここらへんにザラゴンみたいな封印された強敵ってまだいるのかな?」
「?」
「うーむ」
カダーヤとトルボが考え込む。カーツはあることに気づき、顔をこわばらせる。
「ユキヒサがそういう連中を解き放って軍勢を作ってるってことですか?」
「そう考えた方がいいんじゃないかと思う」
アユムの言葉にカーツとイェリアは顔を合わせる。その予想が正しければユキヒサの軍の強さは圧倒的である。
「思いつくのは……」
「アヤツかの……」
トルボとカダーヤが同時に言う。それを聞いてアユムも何かを思い出したようだった。
「だ、誰ですか?」
「昔、アユムと一緒に戦った時の相手じゃ」
「え、それって……」
イェリアがアユムの方を向く。アユムは珍しく言いづらそうに杯をあおった。
「大魔王だよ」
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