勇者×勇者 他人の世界を終わらせるチートたち

第11話 舐めプ特訓

　光の槍が消滅したことを確認し、ユガはゆっくりと身を起こした。

　右腕の義手に傷がついている。何度か手を動かして支障がないことを確かめたユガは周囲を見回した。

「あのバカ女王の仕業か……」

　配下のほとんどが手傷を負っていた。ユキヒサによって強化されたダークエルフといえども高速で降り注いだ光の槍を回避しきることは不可能であった。

　隊長のユガも義手を盾にしていなければ重傷を負っていた可能性が高い。取り落とした剣を拾い、彼はアユムとカーツの姿を探す。

「むちゃくちゃですね。師匠の……」

「奥さんでも婚約者でもないよ」

　２人は無傷であった。周辺の惨状を見ながら近づく強敵にユガは舌打ちをする。

　アユムが本気でないのはわかっている。実力の底を知るためにも全力で戦いたいがカーツの存在が邪魔であった。部下にカーツを抑えさせようにもほとんどが倒れたために難しい。

（どうする……）

「カーツ、君がやってみろ」

「「は？」」

　カーツとユガが同時に同じセリフを口にする。敵同士なのに顔を見合わせた２人は、アユムのほうを見つめた。

「どういうつもりだ」

　ユガの言葉にアユムは微笑んだままでカーツの肩を叩く。叩かれたカーツは茫然とした顔で師を見やった。

「弟子を鍛えるためにちょうどいいかなと……」

「ちょうど……」

　ユガの顔が一瞬で怒りにゆがむ。狂暴に歯をむいた彼は双身剣を構えた。

「ならばかかってこい！　弟子の屍をさらしてやろう」

　完全になめられていることを誘ったユガがカーツをにらみつける。戸惑っていたカーツだが表情を引き締めて剣を構えた。

「カーツ」

「は、はい！」

「あの剣が回りだしたら気をつけてね。受け止めたら折れると思う」

　あっさりと重要なことを言う師に何とも言えない顔でカーツはうなずいた。視線をユガに戻して、カーツはゆっくりと距離を詰める。

　ユガの義手が回転を始めた。双身剣が残像を生み、銀色の円盤のように見えてくる。

「シェエエエ！」

　ユガが跳躍し、剣が振り下ろされる。カーツはそれを間一髪でかわすと、刃をかいくぐって剣を突き出す。

「カーツ！」

「！」

　アユムの声にカーツは剣を引いて地面を転がった。ユガの剣がその頬をかすり、熱い痛みがカーツを神経をゆさぶる。剣を握り直して立ち上がったカーツは、迫りくるユガの剣先をかわして体勢を整えた。

「さすがに身のこなしはいいな。だが、そんな動きでは体力がもつまい」

「同感」

「っ！」

　ユガの殺意のこもった視線をアユムは何事もなく受け流した。カーツは師へ視線を向けずに息だけを浅く繰り返した。

「教えたはずだよ。思い出してみてカーツ」

「は、はい」

　アユムの言葉に返事はしたものの何を思い出せばいいかわからない。カーツはユガの動きを注意深く観察しつつ、ゆっくりと前進する。

「！」

　回転する刃が振り下ろされる。義手の関節が自在に動くために軌道が予測できない。剣を巻き込まれないようにしながらカーツは刃をかわし、攻撃の隙を狙った。

　だがユガの攻撃速度はすさまじかった。木の幹を蹴って跳躍すると通常の剣術でありえない角度で攻撃をしかけてくる。何とかかわすカーツの技量も人間として最高レベルにあるが、それだけでは突破の糸口にはならない。

「先生！」

「すぐに答えを聞かない」

　アユムの冷たい返事にカーツは奥歯をかむ。攻撃をかわしながらアユムに教えられた剣技を１つずつ思い出していった。

（足運び？　持ち手？　肩の動かし方？　ほかには……）

「！」

　胸甲を剣がかする。意識を現実に戻し、カーツはユガの連続攻撃を回避する。攻撃を警戒して距離をとるが、ユガはさらなる攻撃で攻め立てる。

「カーツ！」

　たまらずアユムが叫ぶ。カーツは剣に魔力を込めて、炎の刃を形成する。思いきり剣を振ることで炎を飛ばし、ユガの追撃を牽制した。

「せ、先生！」

　やっと余裕を取り戻したカーツがアユムに視線を転じる。するとアユムが軽くため息をつくのが見えた。仕方なさそうにアユムは指をグルグルと回す。

「あ……」

　拍子の抜けた声をカーツがもらす。すぐに剣を構え直すと、炎をはらったユガへ正対する。

「小細工を……」

　ユガの腕がまたも回転しだす。その動きを見ながらカーツはゆっくりと剣先をあげていった。

「やっとヤル気になったか。ならば次の一撃で終わりにしてやろう」

　ユガが地を蹴った。振りかぶった刃が真っすぐにカーツへ伸びるが、その動きを予測していたようにカーツが横に飛んだ。

「甘い！」

　ユガの手首がありえない角度に動き、刃がカーツを追う。するとカーツは満を持して剣をユガの腕のある一点に突き出した。

「グッ！」

　ユガの義手がイヤな音をあげる。回転していた剣は旋回速度を維持したまま、ユガから遥か離れた場所に突き刺さった。手首から先が消えた腕を見つめ、ユガは茫然とした。

「高速回転している部分を突けばバランスが崩れる。下手をすれば自分に当たるから、ああいう戦法はオススメできないよ」

「……なんだと」

　アユムが腕を組んで告げるのを聞き、ユガが茫然としたまま顔を向ける。

「見たか！　先生直伝の剣技ヴュルベルヴィント！」

「やめてくれ……謝るから……」

　カーツの言葉を聞いてアユムの顔が真っ赤になる。ドイツ語で技名をつけるのは絶対にやめろと肝に銘じた。

「こっちの反撃だな！　必殺剣・迅雷一閃をくらうがいい！」

　日本語もダメだとアユムは痛感した。

「いくぞ！」

「くっ」

　剣に蒼い光をみなぎらせてカーツが斬りかかる。かろうじて義手で受け止めるユガだが、義手が肘のあたりから切り落とされた。

（このままでは……）

　チラリと周囲を見て、ユガは撤退を決意した。だが、眼前のカーツとアユムをどうやって食い止めるかが問題である。

（仕方ないか）

　ユガは残った腕を懐に入れ、数本の銀針を取り出す。カーツの攻撃をかわしつつ、彼はその針を苦しんでいる部下のダークエルフへと撃ち込んだ。

「何をするつもりだ！」

　攻撃に気づいたカーツが叫ぶ。すると、ユガは口元に酷薄な笑みを浮かべ、小さな声で呪文を誦した。

　呪文が終わると倒れていたはずのダークエルフたちがゆっくりと起き上がっていく。カダーヤの攻撃で手足のない者がいるにも関わらず、ダークエルフらは剣を抜いてカーツたちへ襲いかかった。

「ザラゴンめ。なかなか良いものを作ったな」

　術の効果を確かめてユガは腕を抑えつつ後退していく。追おうとするカーツだが、ダークエルフたちが襲い掛かって前に進めない。

　後ろにいたアユムがやっと腕をほどいて前に出てくる。剣を肩に担ぎながらダークエルフたちの様子をしばらく眺め、口を開いた。

「ゾンビ化するアイテムみたいだね。なかなか珍しいな」

「のんきに言わないでくださいよ！」

　ダークエルフの攻撃をかわしながら戦うカーツをよそに、アユムがのんびりとした分析をする。

　だが、口調とは裏腹に動きは素早かった。鞘に入れたままの剣でダークエルフの１人の腹部を突き、顎を打ち上げて突き刺さった銀針を引き抜いた。

「すげ……」

　カーツが驚く間に一呼吸で３人のダークエルフを倒したアユムは、愛弟子に目で合図を投げる。それに気づいたカーツは反射的に身をかがめ、背後から襲ってきたダークエルフの体を下段から両断する。

「アイツを！」

「よせ、追うな！」

　アユムの言葉にカーツの足が止まる。ダークエルフたちを文字通り蹴散らしながら、アユムがその横に立つ。

「無理に追えば反撃をくらうよ。ああいうタイプは追い詰めると手ごわい」

「でも……」

　アユムならユガの反撃などものともしないとカーツは思っていた。しかし、アユムが追撃を選ばない以上は従うしかない。ユキヒサの目的を知る上でユガを捕らえるべきと思うったカーツの胸にかすかな不満がくすぶる。

「不満そうだね」

「え、いや」

　早速悟られてしまった。カーツは剣を納めつつ、手を振って自分の感情を誤魔化す。アユムは愛弟子の肩を叩き、なだめるように言った。

「彼を逃がしたおかげでユキヒサの出方がわかる。また彼が来るようなら対処できるし、本人が出るなら……」

「決戦ですか？」

　突然の言葉にカーツが聞き返したが、アユムはそれについて何も言わなかった。