第9話 罠をかける
「まさか私を囮にしようとはな! イェリアはなかなか性格が悪いな!」
「あんまりいじめないでくださいカダーヤ様」
「ヤー様と呼べい!」
「ヤー様……」
馬上のカダーヤが楽しそうにイェリアに声をかける。イェリアは馬の手綱をひきながら顔を赤らめた。
カダーヤとイェリアは十人程の護衛を連れて街道を進んでいた。
向かう先はドワーフの国境である。カダーヤは長老たちの反対を半ば無視して、ドワーフ王のもとへ向かっていた。
目的は今回の戦争の原因解明であった。考えてみれば単純なことなのだが、カダーヤが報告を受けるまでにはいくつもの手が介在するため真実がわかりにくい。そこで彼女自らがドワーフ王に会って最終的判断を下そうというわけである。
「ドワーフ王がどんな顔をするか見ものだな……」
そう言いながらカダーヤはチラリと周囲の様子を探った。イェリアも背中にある神鏡を指先で撫でた。
(気配はありますか?)
(いや……しかし、頃合いではあるな)
イェリアとカダーヤが小声で話す。ほかの護衛たちもカダーヤの指示を受けているため、周囲に気を配りつつ進んでいる。
「左の丘あたり、怪しくないですか?」
「いや、さすがにバレバレだろ」
「じゃ、じゃあ、その向こうの崖は?」
「うーん、遠すぎるな。私なら狙えるが、私ではなくてはかすりもせんだろうな」
イェリアの指し示す方向をカダーヤは一瞥してこともなげに言う。かなりの距離のはずなのだが、このエルフの女王にはよく見えるらしい。
「まあアユムたちが何とかしてくれるだろう」
「でも、ユキヒサ自らが来たらカーツ様やアユム様でも」
カダーヤがコロコロ笑うのに対してイェリアは心配そうに言う。カダーヤは気が付いたようにイェリアを見やった。
「イェリアはカーツが好きなのか?」
「!」
カダーヤの言葉にイェリアが慌てて首をふった。
「どうしてそうなるんですか!」
珍しく声を荒げるイェリアにカダーヤはいたずらっぽく笑う。
「やけにアッチを気にかけるから気になった。私がいるのにアユムに手を出すとは考えづらいからな。そうなるとカーツしかおるまいよ」
「それはみんなが危ないと思ってです!」
「心配いらんよ。ユキヒサというヤツが自分で来ることはあるまい。大将がホイホイと出歩くのはバカのやることじゃ。腹心の部下任せるだろうよ」
カダーヤが自信満々に言うとイェリアは顔を伏せて小さくつぶやいた。
(ヤー様はホイホイと出かけるじゃない……)
「何か言ったか?」
カダーヤの言葉にイェリアは顔をあげて首を振る。周囲のエルフたちは同情したようにイェリアへ笑いかけた。
※
カダーヤたちからかなり離れた森の中を黒いフードの集団が並走している。
先頭のフードが片手をあげるとフードたちは一斉に身を伏せる。完全に気配を絶ちながら付かず離れず移動する彼らは、驚異的な視力でカダーヤの一挙手一投足を見ながら行動していた。
「仕掛けますか?」
「いや」
先頭のフードが左右に首を振る。フードを取ると真っ白な髪の精悍そうな美青年であった。
とがった耳からエルフであることはわかるが、髪の色と肌の色が違う。金髪のエルフに対し彼らは白く、肌の色も浅黒い。青年は部下の1人を指差し、手の動きだけで先行することを命じた。
集団はかなり連携がとれている。それもそのはずで彼らは同じ一族の戦士集団であった。森林での生活も長く、魔法を組み合わせることでカダーヤさえも感知できないほどの隠密行動をとることができる。
「勇者殿の命令はあくまでもドワーフとエルフの激突だ。もう少しドワーフ国境に近づいてからだな」
腰に下げている袋から木の実を取り出し、口に入れながら青年が話す。部下たちも木の実を口にしつつ、じっと青年の指示を待つ。
「しかし、あのお転婆が自分で動くとはな。好都合と言えば好都合だが」
今まで彼らは国境に網を張り、ドワーフやエルフを襲撃していた。ドワーフにはエルフの犯行にみせ、エルフにはドワーフの犯行にみせることでお互いの意思疎通を妨害してきたのだ。
いつもなら奇襲で簡単に済ませるのだが、相手は神の娘であるカダーヤである。最強のエルフを相手にするとなると彼らにも緊張がみなぎっている。
「ユガ様」
「おう」
斥候に走らせた者が帰ってきた。片膝をつき頭をさげる部下にユガと呼ばれた青年は報告させる。
「ドワーフ国境まで気配はありません。待ち伏せできそうな隠れ場所もないかと」
「そうか……罠ではないか。カダーヤの気まぐれというわけか」
ユガはエルフが罠を仕掛けている可能性を考えていたがどうやら待ち伏せはないようである。そうであれば遠慮することはない。腰につけている武器を取り出し、戦いの決意をした。
ユガが持つのは厚刃の輪刀である。持ち手に革ひもを結び、投擲武器としても使える特殊なものでその分厚い刃で攻撃されれば斧のような傷がつく。斧はドワーフたちが好んで使う武器なので、ユガたちはこれで死体を偽装していた。
「手筈はいつも通りだ。まず先発が一斉投擲し、本隊が生き残ったヤツを倒す。まあカダーヤだろうがな」
ユガの指示を聞くと部下たちが一斉に頭を下げる。ユガを頂点とする絶対的な集団。ユキヒサが各地の有力種族への攪乱のために編成した精鋭部隊の1つであった。
「やっと見つけた」
「!」
ユガの命を受けて一団が動こうとした瞬間、頭上で声が聞こえる。反射的にユガは声のもとへ懐から取り出した短刀を放った。
「先生!」
金属音とともに短刀が弾かれて樹の幹に突き刺さった。気配は2つ。素早く飛び退ったユガは気配の主を見上げた。
部下たちも一斉に距離を取る。円形に包囲された気配はゆっくりと地面に降り立った。
一人は甲冑をまとった騎士風の男で、もう一人は冴えない顔立ちの軽装の男だった。どちらも剣を持ち、ユガたちをゆっくりと見まわしていた。
甲冑をまとったのはカーツ、軽装はアユムである。
「気配は消していたはずだが?」
「そうキレイに消えていたね。でも、それが手掛かりだった」
アユムが微笑んだ。その柔和な顔に気勢を削がれつつ、ユガは片手で部下たちの陣形を整える。
「どういう意味だ?」
「森っていうのはね。動物や精霊の気配がいっぱいあるんだよ。でも、不自然なくらい気配がない部分が高速で移動している。誰だって気づくよ」
「いや……無理ですって」
ユガの問いにこともなげに答えるアユムにカーツが困った顔をする。カダーヤの行程を知ってるとはいえ、広範囲の森林地帯のすべての気配を感知するなどカーツには不可能である。探知に特化した魔術師でも十分の一も補えないだろう。
「そうか……ザラゴンが星詠みで言っていた障害とはお前か……」
ユガの口元が楽しげに歪んだ。背後の部下に視線を向け、彼は指示をする。
「お前、すぐにザ・ウィルへ戻れ。このことを主へ報告するのだ」
ユガの言葉に部下の一人が音もなく後退する。その会話を聞いてアユムが苦笑を浮かべる。
「ザ・ウィル……たぶん、城のことなんだろうけど……」
「先生?」
「厨二だなぁ……」
鞘つきのままの剣で肩をポンポンと叩きながらアユムがつぶやく。ユガもカーツも言葉の意味が分からずに訝しげな顔をするが、アユムは特に説明しなかった。
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