第8話 戦争の影
すっかり日も暮れたため、エルフの居城に逗留することになったカーツたちは、カダーヤとの晩餐会に招待されることとなった。
巨大なテーブルの上に調理された果物や野菜が並んだ豪華な晩餐に、長旅で粗食ばかりだったカーツ一行は生き返る思いで口をつける。エルフ族独特の味付けは薄味だったが、豊富な種類の料理を次々と胃袋に収めていった。
「母上たちは地上のことは地上の者に任されることにして天上界へお戻りになったというわけじゃ。今でも天上から地上を見守っているが、介入はしないと決めておいでだ」
「じゃあ、神殿で祈る意味ないじゃないですか」
カダーヤの言葉にカーツが素朴な感想を言うと隣に座っていたイェリアがももをつねる。しかめそうになる顔を必死に抑え、カーツはももをさすりながらキノコのスープをすくった。
「そうではないぞ騎士よ。我らを作った神々へ自らの正しき行いを見せるのも重要なのだ。地上が悪徳に満ちれば、神々は考えを変えて地上を滅ぼすこともありうるのだからな」
「そ、それはそうですね!」
またつねられてはたまらないとカダーヤの言葉に同意してイェリアを見る。地母神の巫女である彼女は敬虔な面持ちでカダーヤの言葉を聞いていた。
「だが、現実問題として地上……正確には人間の領域はユキヒサという男によって破壊されつつあるんだ」
「ふむ……神々の鉄で何を企んでおるのやら」
アユムの言葉にカダーヤがしばし考え込む。それをチャンスと見たカーツは言葉を繋いだ。
「カダーヤ様! ユキヒサは我々人間だけでなくエルフを襲うかもしれません! ぜひ女王の力を貸してほしい!」
「私からもお願いします。我が神ブーマ様とあなたの母上オヂ様は姉妹のはずです! お力を!」
カーツとイェリアの言葉にカダーヤは頬杖をついて考えこむ。視線は彼らのはるか上を向き、何やら悩んでいる様子であった。
「どうだろうかカダーヤ。ボクも君の力が借りれたらありがたいのだけど」
アユムの優しい言葉にカダーヤはさらに困った顔をする。そして、大きくため息をつき、頬杖を外した。
「すまんなアユム、騎士、巫女よ。我らエルフは手を貸せぬ」
「どうしてですか!」
思わずカーツが声を大きくする。ユキヒサがこれ以上勢力を拡大すれば大陸全土が壊滅する可能性もある。それを食い止めるにはアユムだけでなくカダーヤとエルフの力は必要不可欠なのだ。
「我らエルフにも危機が迫っておってな。厄介な敵がいるのだ」
「荒れ地のオークかい?」
アユムの言葉にカダーヤは不敵な笑みを見せた。
「昔、私とお前で徹底的に叩いたではないか。今ではアヤツらは小さな国めいたものを作って細々と暮らしておるよ。恐れる相手ではないな」
「では……」
アユムが少し考えこむ。カダーヤは眉をひそめて答えを告げた。
「大山脈のドワーフどもだよ。我々エルフとドワーフは戦争間近なのじゃ」
※
大山脈とは大森林を北から東まで覆うように隆起する山脈を指す。大陸でも最高峰の峰を有し、夏になっても解けない雪をはじめとした厳しい環境と豊富な鉱石資源で知られていた。
この大山脈を根城にするのが火と大地の妖精族であるドワーフである。小柄ながら強靭な肉体と器用な手先を持つ彼らは山脈各地に鉱山都市を建設し、その採掘と加工で生計を立てていた。
産業の性質上、貿易を活発に行う彼らは人間ともひんぱんに取引を重ねており、最上級の武具や金属品といえばドワーフ製であるのは聖王国では常識となっている。カーツがユキヒサと戦ったときに失った剣もドワーフ製の銘品であった。
「ドワーフと戦争とは穏やかじゃないね」
「当たり前じゃ。戦争じゃからな」
果物を口に入れながらカダーヤが当然のごとく言う。アユムは苦笑を見せたが、真顔に戻って話を続ける。
「エルフとドワーフは不可侵条約を結んでいたはずだろ。何があったんだい?」
アユムの問いにカーツもイェリアも耳を立てる。カダーヤは果物をつまみつつ、つまらなそうに話しだした。
「エルフとドワーフは不干渉を貫いておった。盟約は私がドワーフ王と結んだもので2000年近く続いておったのじゃ」
頬杖をつきつつカダーヤが言葉を続ける。
「それをあのクソドワーフどもが……」
「カダーヤ、汚い言葉を使ってはいけないよ」
「……。あのドワーフが」
アユムの注意にカダーヤは少しだけ視線を向け、ちょっとうれしそうに顔を赤らめて言い直す。その様子にカーツとイェリアは微笑みそうになった。
「ドワーフが突然攻撃をしかけてきたのだ。わけのわからん言いがかりをつけて」
「言いがかり?」
アユムがお茶を一口すする。カダーヤも果物をつまむと空中に放り投げて口で受け止めた。
「我らエルフがドワーフを襲撃したというのだ。確認したがどの部族も攻撃は仕掛けておらん。我らが持つ銀の鉱脈が欲しくて見え透いた口実を作ったに違いないわ」
「ふむ……」
アユムが考え込む。カダーヤはチラチラとその様子をうかがいつつ、果物をパクパク食べている。イェリアはそんなに食べてよく太らないものだと感心してしまった。
「カーツ、どう思う」
「オレがですか?」
いきなり話をふられてカーツが戸惑った。カダーヤの顔を見るが、彼女がまったく視線を合わせようとしない。本気で興味がないようだった。
「……オレは。裏があると思います」
「へえ」
アユムが軽く笑う。その表情を見てカーツは安堵しつつ、自説を述べだした。
「我々人間の国で大変なことが起きている時期にエルフとドワーフが仲たがいをはじめるのがまず疑問です」
「間が良すぎる? でも、偶然ということもあるよね」
アユムが質問するが、カーツはそれに反論する。
「ユキヒサが聖王国を攻めた同時期に2000年も盟約を続けていた2つの種族がいきなり戦争寸前までに発展するなんて偶然はありえませんよ。何かしらの前兆があったはずです」
するとカダーヤが口をはさむ。
「前兆などなかったぞ、いきなりケンカを売ってきたのだ」
「だからおかしいってことです」
カーツの言葉にカダーヤが考え込む。
「恥ずかしい話ですが、オレたち人間は何度も戦争をしてきました。だからわかるんですが、戦争には必ず前兆があります。片方が長年我慢してきて爆発するとか、国境争いとかです」
「人間と我々を同じにしては……」
「同じです。感情をもってるし、怒りや悲しみがあります」
カダーヤの言葉にカーツは力強く反論する。カダーヤはちょっと虚を突かれた顔をしたが、興味をもったように身を乗り出してカーツの言葉を待つ。
「銀鉱脈を狙っていたのなら最初に交渉すると思います。でも、いきなり攻撃をしかけてくるなんて無茶はしません。絶対にその前に何かがあったんです」
「ほう」
カダーヤは両手で顎をささえて話を聞く。アユムも愛弟子の成長をうれしそうに眺めていた。
「まずはその原因を探るべきです。先生、オレは……」
「ユキヒサの影がちらつく?」
アユムの言葉にカーツがうなずいた。ユキヒサは傲慢だがバカではない。エルフとドワーフをかみ合わせれば、王国攻撃への障害は少なくなる。
「仮にユキヒサの仕掛けだとしたら、ほかの種族にも何かしている可能性もあるね」
アユムの言葉にカダーヤは不機嫌そうな顔で口を開いた。
「それは仮説にすぎんではないか。証拠がない」
「……そうですね」
カーツが唇をかむ。するとイェリアがおそるおそる口を開いた。
「あの……もしかしてなんですが……」
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