第6話 神の娘

 カーツの前に信じられない光景が広がっていた。

 アユムは彼にとっては師匠であり、手の届かない存在であった。剣術の修行中はもちろんだが、さらに腕を上げた今でさえ及ばないと思っていた。

 そのアユムが防戦一方に追い込まれている。


「だから謝ってるじゃないか!」

「うっるさい!」


 アユムが素早いステップで後方に下がる。先ほどまでいた場所に光の槍が次々と突き刺さる。自分ならかわせるかと考えながら、カーツは両者の動きを見守った。

 アユムに攻撃しているのはまだ幼い少女であった。長命で知られるエルフの少女なので何歳かは不明なのだが、金色の髪を背中まで伸ばし、黄金作りのサークレットを額につけている。美形が多いことで知られるエルフだが、少女の美しさは群を抜いていた。

 そして、その少女が次々と魔力の槍を作ってアユムを襲っている。幼い外見からは想像もつかない俊敏さでアユムを追い、その体めがけて槍を放っているのだ。

 魔法を修めているカーツには、その槍の強さがよくわかる。爆発系ならば魔力を球形に練れば済むが貫通力を持たせるのは相当難しいのだ。それを連射できる少女の技量はカーツはおろか、魔術院最高位の魔術師さえ凌駕するだろう。


「ちょこまかと!」

「かわさなきゃ死ぬだろうが!」


 連射される槍をアユムは見事な動きでかわす。足元へ飛んだ槍を跳躍でかわし、空中で襲ってきた槍を魔力をこめたマントでそらし、着地の瞬間を狙った槍よりも素早くバックステップして距離を取る。


「おい、先生が危なくなったら助けに行くぞ」


 腰の剣に手を当ててカーツは背後の部下に言う。すると部下は顔を青くしてお互いの顔を見た。


「コル、お前が先に入れよ」

「エラハ殿、年長者が率先して危険を冒すべきでしょう」

「……。オレが先に突っ込むから安心しろ」


 部下を叱責する気にもならない。あの戦いの間に割って入るとなるとカーツも死を覚悟しなければならないかもしれないのだ。ふと、横を見るとイェリアはすでに神鏡を持っている。


「この人でなしが!」

「いや、だから、それは!」


 アユムの頭部があった場所を槍が通過する。あまりにかわされるため、少女の顔が怒りに紅潮する。

 追撃をやめた少女は両手を頭上にあげた。光の球体が生み出され、ゆっくりとふくらんでいく。


「お、おい……それはシャレになら……」

「だったらかわすな!」


 アユムの声に緊張がこもった。カーツもイェリアも球体がトンデモない魔力の塊なのを知って身構える。


「逃げ……いや、身を隠すんだ。全方位追尾型の炸裂魔力弾だ!」

「なっ!」


 アユムの声にカーツが叫び声をあげ、イェリアが神鏡を構える。あわてたカーツや騎士たちが防御魔法を組みながら、その後ろに隠れた。

 年若い乙女の後ろに大の男が集団で隠れるという世にも情けない姿である。だが、命がかかっているカーツたちの顔は真剣そのものだった。


「耐えられるか?」

「わかりません!」


 イェリアの正直さに現状を忘れて苦笑がもれる。盾のように持ち手を加工された神鏡をしっかりと構え、魔力弾の爆発に備える。


「カダーヤ! もうやめろ!」


 さすがにアユムの声が真剣味を帯びる。鞘に入ったままの剣の柄に手を当て、彼は軽く腰を落とした。


「うっるさーい!」


 少女の絶叫とともに球体の光がさらに増す。イェリアと騎士たちは爆発を予期したが、カーツの視線はアユムの動きに注がれる。

 アユムの指先から複雑な魔術文様が紡ぎだされ、剣へまとわりつく。たしか、道中で手に入れた安物のはずだが魔術文様を組み込まれた瞬間に蒼い光を帯び始める。

 カーツも似たような魔法を使えるが展開力と密度が数段上である。師匠との技量の差をまざまざと思い知らされ、カーツは知らずに唇をかむ。

 魔法剣となった剣を鞘から引き抜き、アユムは球体へと跳躍した。カダーヤはすぐさま迎撃の光槍を放とうとするもアユムが剣を投げつけるのが早い。


「なんと!」


 カダーヤが間の抜けた声をあげる。アユムが放った剣はまっすぐ球体へと飛び、一瞬で魔術文様が展開する。文様は球体の表面に張り付き、一気にその魔力を拡散させていく。


「よし!」


 着地したアユムが拳を握る。カダーヤは茫然として消えていく球体を眺めると、アユムへ視線を戻した。


「むう……昔より強くなってる」

「いや、そうでもないよ。かなりあぶなかった」


 頬を膨らませてカダーヤがすねた顔をする。それを見たアユムは安心した表情で彼女に近づいていく。


「あぶないっていってもアユムは無傷なんだろ?」

「いやいや。ケガしたかもしれないって。カダーヤは強いから」


 納得してない顔のカダーヤの頭をアユムがポンポンと叩く。すねてそっぽを向くカダーヤだが、顔が赤らんでいる。


「10年も何をしていたのだ」


 チラリをアユムを見上げる。アユムは苦笑しつつ、また頭を叩く。


「うーん、あちこち見て回って、村人Aをやってた」

「はあ?」


 カダーヤが呆れた声をあげる。カーツたちは戦いが収まったことを確認し、ゆっくりとイェリアの影から出てくる。


「村人をやるために私のところから逃げ出したのか?」

「逃げたわけじゃないし」


 またアユムが苦笑する。カーツとイェリアは仲のよさそうな二人をじっと見つめていた。


「アレはなんだ? お前の子供か?」

「子供にしては大きすぎるだろ。うーん、弟子と知人かな」

「妻ではないのだな?」


 イェリアをにらみつけてカダーヤが念を押す。アユムが首を左右に振るのを見て、彼女の顔が少しだけ喜色に染まった。


「先生?」


 カーツが声をかけるとカダーヤとアユムが振り向く。カダーヤは小柄な体を目いっぱいそらして、カーツを見上げた。


「私は大森林に住まうエルフの女王カダーヤ。月の女神オヂの娘で、アユムの許嫁だ」

「はあ?」


 カダーヤの言葉にカーツとイェリアが間抜けな声をあげる。アユムは困ったような顔でカダーヤの得意げな顔を眺めるだけだった。

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