第5話 森の聖域へ

 聖王国東部国境をさらに越えると大森林が広がっている。

 大森林の広さを正確に測ったものはいない。森林の各地にはエルフの部族が集落を形成しており、時折交易をするものの人間との交流はほとんどない。

 森林の中を騎馬の一隊が進んでいた。先頭をカーツが進み、その後ろをアユムとイェリアが続く。さらに合流した騎士たちが護衛についていた。


「エルフの領域……はじめてきます」


 イェリアが物珍しそうに周囲を見回す。神鏡を背中に背負い、フード付きマントをかぶっている。女が騎馬に乗るのはこの世界では珍しいため、素性を隠しているのだ。


「オレもここに来たことはない。エルフも年に数回王家への使者としてきたのを何度か見かけたくらいだ」

 カーツも周囲を見やりながら言う。隣国という立場ゆえ年に幾度か王宮を訪れることがあるものの、それ以外ではエルフを見ることはカーツでさえないのだ。


「エルフは排他的な種族だからね。特に人間は野蛮と思っているから交流したがらないのさ」

「無礼な話ですなぁ」


 騎士のひとりが言うとアユムは首をすくめる。


「聖王国も他国と何度も戦をしている。特に魔族とは何度も戦争を繰り返した。エルフから見れば暴力的で野蛮な種族と思っていても仕方ないだろう」


 カーツが後ろを向いて言う。騎士たちは何か言いたそうな顔をするが、言い返せずに沈黙する。


「エルフは大森林の各地に集落を作っていてね。各部族の長老たちの合議によって種族の方針が決まるんだ」

「先生はそんなことまで知ってるんですか! さすがですね!」


 カーツが感心するのを見て、アユムはひどく居心地悪そうな顔をした。それをみて、イェリアは思わず笑みをもらす。


「カーツの村に来る前にいろいろと旅したんだよ」

「しかし、エルフは侵入者に厳しいと……」


 騎士の一人の言葉をアユムの手がさえぎった。手綱を引いて馬を止めたアユムは頭上の木を見上げる。


「先生?」

「先生はやめてほしいんだが……」


 カーツが馬を寄せてくる。アユムは木の上を見つめて目を細め、周囲の木々に目を移した。


「囲まれたか」

「……ああ、そうみたいですね」


 さすがに王国最強と謳われたカーツである。気配に感づいて剣に手を伸ばす。

 しかし、その手をアユムが止める。一瞬、師匠の顔を見たカーツは意図を察してうなずいた。


「エルフよ! 我々は敵ではない。会いたい方がいるのだ」


 カーツが大声で叫ぶ。イェリナも騎士たちも周囲を警戒しつつ、様子をうかがっている。


「!」


 枝の上から影が動いた。数人のエルフたちが弓をつがえて姿を現し、その1人がカーツたちの前に着地する。


「人間よ。なぜ我らの地に入ってきた?」


 カーツよりさらに滑らかな金髪を背まで伸ばした白い肌の男が厳しい表情で聞いてくる。とがった耳と刺繍の多い服装でエルフだとわかる。


「我らは聖王国の騎士団の者だ。彼女はブーマ神殿の巫女。あと、こちらは……」

「アユム。君らの女王カダーヤの……えっと……」


 アユムの言葉に男の顔色が変わる。片膝をつき、アユムの前にひざまづいた彼は周囲の仲間にも降りるように合図を送った。


「失礼しました! ヤー様の婚約者とも知らずにご無礼を!」

「え!」

「せ、先生!」


 一同が一斉にアユムを凝視する。アユムは心底イヤそうにため息をついた。

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