第4話 転生した者
「よいしょっと」
アユムは最後のワラ束を置くと額の汗をぬぐった。ヒゲ面の農夫が水の入った木椀を差し出したので、礼を言ってから一気に飲み干す。
「井戸から汲んできたばかりだからな。うまいだろ」
「ええ、助かります」
アユムが笑うと農夫が木椀を木桶に突っ込む。すくった水を差し出し、アユムはそれをまた飲んだ。
「これで家畜たちのエサは十分だ。手伝ってくれて助かるよアユム先生」
「いえいえ」
アユムが頭をかくのをみて、ほかの農夫たちも笑った。
「先生が作ってくれた農具は耕すのが楽だし、全然壊れないんだよ。ほんと先生がいてくれて助かるよ」
「そうそう、先生が作ってくれた種は実をたっぷりつけるしね。いつまでも村にいてください」
農夫たちが口々に礼を述べるのを気恥ずかしそうに聞きながら、アユムは用意されていた食事に手を付けた。穀物を練って焼いたものと蒸した野菜がいくつか。質素ではあるが味は悪くない。
アユムがこの村に居着いたのは3年ほど前になる。最初は得体のしれない男を警戒していた村人たちだったが、さまざまな手伝いをかってでるアユムに心を開いていった。
村人たちを驚かせたのはアユムの知識と魔法の才能であった。単純な農業しか知らなった彼らにアユムは農業技術を教え、魔法で強化した農具を提供したのだ。土壌や品種の改良によって農業生産力は飛躍的に拡大し、村は少しずつ発展をしていった。
「しかし、先生のような学者様がこんな村にいるなんて不思議よね」
中年の太った女が疑問を口にする。すると、農夫の中でもっとも年長の男が言葉を継いだ。
「そうだな。先生なら王都のエラい学問所で立派にやっていけるだろうに」
「いや、そんなことは……」
アユムはヒマを見つけては子供たちに学問を教えている。読み書きだけでなく計算まで教わった子供たちに親たちは驚き、アユムを先生と呼ぶようになっていた。
「ほんとにいつまでもいてくださいよ先生」
「バカ言うんじゃねえよ。先生のような人物がこんな村にいつまでもいるかよ。今に王宮からお迎えがくるに決まってる」
中年女の言葉に農夫の1人が反論する。アユムはますます恐縮して頭をかきつづけるだけだった。
「せんせ~!」
子供たちの一団が走ってくるのが見えた。空を見上げて太陽の位置を確認するが、授業には少し早いはずである。アユムや農夫たちは首をかしげる。
「先生に会いたいって人が来てるの! すごくカッコいい人だよ!」
「すっごくきれいな人も!」
子供たちが両手を引っ張る。アユムは子供たちが指さす方向を見て眉を顰める。
村へ続くなだらかな坂をのぼってくるカーツとイェリアが見えた。
※
「先生、お久しぶりです」
アユムの家に案内されたカーツが胸元で両手を組んで挨拶する。アユムは窓からのぞく村人たちの顔を見て、しずかに木戸を閉じた。
「何年ぶりかなカーツくん。王宮に召し抱えられて以来か」
「七年ぶりです。あの時は先生の言うことを聞かずにすいませんでした」
テーブルに木椀を2つ置き、アユムが腰を下ろす。水の入った木椀に手を付けず、カーツとイェリアはアユムを見つめる。
「事情はよくわかった。まさか王都がそんなことになってるとはね」
「陛下の行方も知れず、ご家族の安否もわかりません。私もイェリア殿もどうすればいいか……」
「異世界から召喚された勇者ね……なんてことをしてくれたんだか」
アユムは背もたれに体重を預け、大きく息をついた。イェリアはその様子を見て、不安げな視線をカーツに向ける。
「このアユム先生はオレの剣と魔法の師匠だ。農夫の息子だったオレを剣聖になるまで鍛えてくれた大恩人なんだ」
「剣聖にするつもりも騎士にするつもりもなかったんだがね」
どこかトボけた顔でアユムが言う。年齢は30歳ほど。穏やかそうな顔立ちはとてもカーツを鍛え上げたように見えない。
「先生に修業を受けたオレは、自分の力が試したくて黙って騎士団の試験を受けた。そこで剣聖位をもらい、騎士団長にまで出世したわけだ」
「では、アユム様はカーツ様よりも?」
「さてね」
興味のない様子でアユムが頬杖をつく。弟子であるカーツは申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
「先生の言いつけを守らなかったことは謝罪します。ですが、王国は壊滅の危機に瀕しているんです。どうか力を貸してください!」
カーツの真剣な顔を見ないようにアユムは顔をずらす。
「カーツ、ボクのことは話したよね」
「ええ、わかってます。先生は前世の記憶を持って生まれたと話していました」
アユムは前世の記憶を持って生まれた人間だった。前世では印刷会社に勤めるサラリーマンで、趣味は小説を読むこととゲームといった平凡な人生を送っていた。
ある日、営業中に車にひかれそうになったネコを救ったアユムは、この世界で目覚めた。赤ん坊に生まれ変わった彼は、物心ついた頃には常識外れの力を持っていることを自覚した。
魔法と剣を組み合わせた魔法剣を編み出した彼は、王家に見いだされてユキヒサやカーツと同じく魔王軍との戦いに身を投じたのである。
「あれで王家のために働くのに懲りたんだよ。だから今回も勘弁してほしい」
「でも、勇者ユキヒサの軍勢はこの村を襲うかもしれないんですよ!」
イェリアの言葉にもアユムは動じない。頬杖をして、あさっての方を向きながら独り言のようにつぶやいた。
「もしも、ソイツが世界征服を狙ったとして、こんな辺境まで攻め込もうとするかね」
「それは……」
何か言い返そうとするがイェリアには反論の材料がない。
「神殿を狙って王都か……何を企んでるのやら」
その表情を見てカーツの眼がキラリと光った。テーブルの上にあった木椀の水を一気に飲み干すと勝負に出る。
「先生、ユキヒサが何を企んでいるか知りたくないですか?」
「そうきたか」
アユムが笑う。実のところ、唯一の弟子であるカーツの力になってやりたいというのが本音であった。だが、王家の手駒として戦った過去がアユムに先ほどのような態度を取らせたのだ。
「王家に意趣返しをするなら真っ先に王都を狙うはずだ。だが、わざわざ神殿を狙った」
「そこに意味があるというのですか?」
イェリアの言葉にアユムはうなずく。眼を閉じて指先に魔力を集中させ、アユムはテーブルの上に魔法陣を描いた。
「これが王国の地図だ」
「すごい……」
青白い光によって王国の地形図がテーブルの上に出現する。王都のあたりが赤い点で示されている。
「襲われた神殿はわかる?」
「えっと、ブーマ神殿のほかに軍神ククセラ、豊穣の神ラボ……」
イェリアに言われた神殿の場所に赤い点が灯っていく。アユムは顎に手を当てて考えこみ、神殿と王都の間に線を引いては消していく。
「位置じゃないかもな。そうなると、ソイツが神殿で何を手に入れたかだ」
「神々の金属を手に入れたと言ってましたが」
神々の金属というのは各神殿に伝わる金属の聖遺物を指す。神の持ち物であった金属の強度と魔力は地上のあらゆる金属を凌駕すると言われている。
「それを集めてどうするつもりだ。これだけの神殿を襲わなくても鎧を作るくらいの量は集まるはずだ」
「軍勢すべてに装備させる気では?」
カーツが恐ろしいことを口にする。無敵の鎧を装備した軍勢ができあがれば、もはや世界はユキヒサの手に落ちたも同然である。
「そこまでの量はないかと……」
イェリアが否定する。アユムは黙って顎を撫でていたが、意を決したように立ち上がる。
「先生?」
「情報が少なすぎる。まともな仮説も立てられやしない」
そう言いながらアユムは戸棚からマントを取り出す。物入から硬貨を出すと革袋に詰め込んで腰にくくりつけた。
「手を貸してくれるんですか!?」
「いや、ユキヒサの目的を調べるだけだ。もし、キミたちが戦うなら装備くらいは用意してやってもいいが、ボクは戦わない」
「!」
カーツとイェリアがお互いを見やる。事実上、アユムが味方になったのは確かだった。共に戦ってくれなくともユキヒサに比肩する存在の力を借りられるのは大きい。
「留守は村の人たちに頼もう。刈り入れまでには戻るつもりだからさっさと出発するぞ」
「え、どこに?」
イェリアが首をかしげる。アユムはマントを羽織りながらめんどうくさそうに首を向けた。
「神々の金属がどういう力を持っているか聞きに行くんだよ。神様に」
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