第3話 最後の希望

「!」


 全身の感覚が消えないことに違和感を覚えたカーツは、瞼をあげる。光の奔流は続いているが自分の体には何の異常もない。


「カーツ団長。諦めるのは早いですよ」


 若い女の声にカーツは声の主を見た。

 ユキヒサとカーツの間に1人の女性が割って入っていた。ユキヒサの放った閃光を女は右手に携えた盾で受け止めている。

 女の服装は白い簡素なものだった。質のよい布地ではあるが装飾は最小限に抑えられ、両肩当てのある胸甲をつけた姿は女戦士にも見える。

 黒髪を後頭部で結んだ女は、左手をそえて必死に閃光を受け止めている。こちらを向いたその顔にカーツは見覚えがあった。


「ブーマ神殿の巫女か」

「覚えていてくれましたか。2年前に王家名代で寄進物をお届けいただいた時にお会いした巫女のイェリアです」


 騎士団長就任後の初任務が北にある地母神ブーマを祭る神殿へ王家の寄進を届けることだった。そこで年長の巫女たちの中に同年代のイェリアがいたのを覚えてる。


「なぜキミがここに……」

「それは……」


 イェリアが口ごもる。ユキヒサは眉をしかめて不快げな顔で閃光をさらに送り込んでいる。


「ブーマ神殿の生き残りが往生際の悪い!」


 カーツはすべてを悟った。ユキヒサが鎧を作るために襲った神殿の1つがブーマ神殿だったのだ。イェリアの表情とユキヒサの言葉から神殿で起きたことの予想はつく。


「たいした盾だな」

「神殿に秘蔵されていた神鏡を盾に作り替えたものです。神々が残した遺物であらゆる攻撃を防ぐことができると聞いています」


 イェリアの言葉とは裏腹にその表情は苦悶に満ちている。防ぐことはできるもののその衝撃は相当なものであるようだ。カーツはその盾に手をかけ、一緒に攻撃を防ぐ。


「神々の遺物というなら性能テストをしてやろうじゃないか」


 そう言うとユキヒサの放っている閃光の色が白から赤く変わっていく。増大する魔力に神鏡が小刻みに震え、気を抜くと吹き飛ばされそうになるほどの衝撃がカーツとイェリアを襲った。


「ここからどうする!」

「私の腰にある水晶を真下にたたきつけてください!」


 必死に盾を支えながらイェリアが叫ぶ。腰に結ばれた水晶をつかみ、カーツのヒモを引きちぎって床にたたきつけた。

 水晶が床にぶつかって砕け散る。すると床に光の魔法陣が展開し、カーツとイェリアの体を包んでいく。


「転移魔法か!」


 さすがにユキヒサは理解が早かった。剣を鞘に納めると残った手で素早く魔法陣を空中に描くが、その間にもカーツとイェリアの全身を魔法陣が覆っていく。


「どこに転移するんだ?」

「わかりません!」

「なんだと?」


 イェリアの言葉に驚くカーツだが、次の瞬間に2人の体はその場から消滅した。遮るもののなくなった閃光魔法が宮殿の壁にすさまじい大穴をあけ、ユキヒサは術を解除する。



「どこへ行った?」


 描いた魔法陣で魔力の痕跡をたどるが反応はない。この魔法陣で追えないということは魔力に寄らない力しかない。


「あれも遺物ということか。神殿を探しつくしたはずだが、まだ隠していたのか女どもめ」


 ブーマ神殿でユキヒサは巫女たちのほとんどを処刑していた。宝物や神殿の秘密を語った者は命だけは助けていたが、彼女たちもすでに“改造”してしまって意識はない。

 己のミスに不愉快そうな顔を見せるが、ユキヒサはすぐに内心で自己弁護を完了させる。どんなときでも責任転嫁の言い訳を思いつくのは彼の長所であり欠点でもあった。


「いくら遺物があったところでオレが負けるわけがない。神々でさえオレに勝てるわけがない」


 言葉遣いが違うのは強者を取り繕う相手がいないためであった。本来の卑屈で陰険な素顔を見せながら、ユキヒサは玉座に腰を下ろした。

 神々は1万年ほど前に地上から姿を消しているのは調査済みである。文献を調べ尽くし、神の加護というのが遺物の力であることを知ったユキヒサは、軍勢を率いて各地の神殿を襲ったのだ。

 神がいない以上、ユキヒサとまともに戦える力を持った存在などほとんどいない。警戒すべき存在はリストアップし、すでに対策を講じている。


「問題ない。想定の範囲内だ……」


 自分に言い聞かせ、ユキヒサはひとまず安堵する。だが、神経質に貧乏ゆすりをしながら口元を何度も指先で叩く姿はさきほどの圧倒的強者とは思えなかった。



「わかりましたか?」


 火をおこしながらイェリアが戻ってきたカーツに聞く。カーツは焚火のそばに腰を下ろし、息をつく。


「デルカ河が見えたから、ノル・サグリアかボーレンあたりだな」

「ボーレンですか。ずいぶんと遠くに来ましたね」


 イェリアの言葉にカーツがうなずく。ノル・サグリアとボーレンは王都から南東に三日ほど馬で行くとたどり着く辺境である。北のブーマ神殿からだと相当な距離になる。

 水晶による転移で飛ばされたカーツとイェリアは、見知らぬ山の中にいた。真夜中だったのでとりあえず野宿を決めた2人は、カーツが周辺偵察、イェリアが焚火の準備と分担して行動した。


「オレはこっちの出身でな。ノル・サグリアの小さな村で生まれたんだ」

「そうなのですか。私はてっきり貴族出身だと……」


 イェリアの言葉にカーツは軽く笑う。


「農夫の息子でね。子供の頃は家の手伝いをしながら剣術修行したもんだ」

「それで剣聖になるのですからすごいですよ」


 尊敬の眼差しのイェリアをカーツは眺める。

 黒髪が艶やかで清楚な印象の少女である。年齢はカーツよりも下に見えるがほぼ同じ年であろう。太い眉と引き締まった顔立ちが生真面目な性格を物語っている。


「イェリア殿は?」

「私は神殿に拾われた孤児です。親の顔も知りません」


 珍しい話ではない。貧しい家が子供を捨てるのはカーツの村でもよくあった。神殿に捨てるのはまだいいほうで、森に放置して見殺しする親もいるという。


「ですから神殿の巫女長様たちは私の家族みたいなものだったんです。それをあの勇者は……」


 イェリアの眼に光るものが見えた。カーツは黙って枝を焚火にくべる。


「なぜあそこにいた」

「転移の水晶を1つ使ったんです。そうしたらあそこに転移して、カーツ様がいたんです」

「水晶はまだあるのか?」


 イェリアが首を左右に振った。


「3つあったのですが、私が神殿から脱出するときに巫女長様が1つ。残りは今回で使ってしまいました」

「そうか」


 枝が焚火ではぜた。次の枝を入れながら、カーツは考えをめぐらす。


「これからどうする?」

「わかりませんが、あの勇者を放っておくことはできないと思います。ただ、私だけではとても勝てません」


 イェリアの持つ神鏡は強力な防具だがあくまでも防具に過ぎない。自動防御を持つユキヒサに勝つ手段が皆無なのだ。

 カーツとイェリアが手を組んでも難しいだろう。多少の善戦はできるかもしれないが、ユキヒサに勝つには至らないというのがカーツの見解だった。

 さらにユキヒサには軍勢がある。先ほどは使わなかったが、軍勢を投入した時点で辿り着くことさえ不可能になるだろう。


「ブーマの巫女はキミしか生き残ってないのか? 戦力が足りない」


 イェリアがかぶりを振った。転移する前にカーツが率いていた騎士団は五百人ほど生き残っていた。精鋭ではあるが、それだけではとても勇者軍を突破できない。


「東のエルフやドワーフはどうでしょうか?」

「ムリだな。彼らは人間を嫌っている。ドラゴンに協力を頼むほうがまだ可能性があるだろうな」


 大森林のエルフと東方山脈のドワーフは人間社会に不干渉を貫いている。ある程度の交流はあるものの援助を求めるのは相当困難だろう。ドラゴンもまた不干渉ではあるが、人間を救った事例はいくつもある。常に身を潜めて生きており、出会う術がない。


「民たちに期待するのも難しいでしょう。勇者の軍に武器を持った民が対抗できるとは思えません」


 イェリアの表情がますます暗くなる。カーツは髪を何度かかくと、火をじっと見つめながら口を開いた。


「もしかしたら手を貸してくれるかもしれない人がいる。その人の力を借りれば……」

「誰ですか? 教えてくださいカーツ様」


 すがるようにイェリアが言う。カーツは火から視線を外さない。


「……」


 カーツの言葉を待ってイェリアが沈黙する。しばらく静寂の時が流れた後、カーツは絞り出すように言葉を吐き出した。


「勇者は……もう1人いるんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る