第2話 かつての戦友

 飛行魔術によって空を舞ったカーツは、王都上空に鎮座する巨大物の上に着地した。


「なんてものを作ったんだアイツは……」


 地上からは見えなかったが物体の上部は宮殿になっている。王城とほぼ同じ規模の宮殿は、精緻な彫刻が細部にまで施された恐ろしく豪奢な建物であった。

 これだけの巨大な建物を空中に浮かばせるためには何が必要かを考えただけで頭が痛くなってくる。カーツは剣を抜いたまま周囲を警戒しつつ、宮殿内に足を踏み込んだ。


「さて……どれほどの敵がいるやら」


 王都中で暴れている化け物の数は数千はいる。その本拠地なので相当な抵抗を予想していたのだが、驚くほど静かであった。


「……そういうことか」


 広間を抜けても人影1つないことでカーツはあることに気づく。右手で剣を強く握り、左手に魔力を練り込む。奇襲を受けたときに対応できるように神経を研ぎ澄ました。



 巨大な扉を開き、玉座の間らしき場所に出たカーツはそこに待っていた人物を見上げた。


「ああ、やっときたね。来ると思ってたけどちょっと遅いな」

「すまないな。招待状が読みづらくてな」


 人物は黒髪の青年だった。取り立てて特徴のない顔立ちには不釣り合いな豪華な甲冑をまとっている。黄金の鎧には隙間なく彫刻がほどこさえ、それらが薄く輝いている。


「ユキヒサ、1年ぶりだな」

「そうだねぇ。そのくらいになるか」


 青年がほほ笑む。武器は持っていないが何をしてくるかわからないのはカーツ自身が知っている。剣を構えつつ、いつでも魔法を放てるように間合いを図る。

 ユキヒサと呼ばれた青年は何の警戒もしてないような様子で玉座に座ったままカーツを眺めている。


 ユキヒサはカーツの仕える聖王国の魔術院が呼び出した“勇者”であった。異世界の門を開いて呼び寄せられたユキヒサは聖王国を侵略していた魔族に対抗する切り札だった。

 カーツは彼とともに魔族軍と戦い、幾多の冒険を経験した。大魔王率いる魔族軍の圧倒的な戦力を相手に、ユキヒサはすさまじい戦闘力で王国軍を勝利に導いた。

 ユキヒサはこの世界の人間と比べ物にならない力を持っていた。特に魔法の才能は群を抜いており、魔術院最高位の魔導士さえ扱えない高度魔術を詠唱無しで扱えるほどであった。

 魔族との戦いが集結し、平和が訪れるとユキヒサは飄然とどこかへ姿を消した。勝利に沸く聖王国では、彼の行方を気にするものはほとんどいなかった。

 そして1年後、勇者だった男は大軍団と浮遊する城塞を率いて王都を襲撃したのだ。



「うぉおおおおお!」


 魔法を帯びた剣がユキヒサの胸に伸びる。手加減など一切ない。かつてともに戦った間柄だけに一撃で仕留めようという剣であった。


「素直だねキミは」


 ユキヒサの顔が意地悪くゆがんだ。剣先は中途で激しい衝撃を受けて目標を逸らされた。


「!」


 カーツの眼が見開かれる。絶対の自信をもった一撃が横合いからの攻撃で跳ね飛ばされたのだ。視線をずらすと黄金の剣が何本も空中を漂っている。


「ボクが作った魔法生物でね。剣魔と呼んでる」

「くっ!」


 剣魔の一振りがカーツを襲う。その動きの鋭さと太刀筋を見て、カーツはあることに気づく。


「まさか……貴様……貴様!」

「やっと気づいたようだね」


 両腕を組んだままユキヒサは笑う。その笑みを見て、カーツはさらに怒りの炎をたぎらせた。


「この剣魔どもの作り方は簡単だよ。剣に人間の魂を封じ込めているんだよ。キミの仲間だった王国7大騎士団のうち6騎士団の団長をね!」

「きさまぁぁぁぁぁ!」


 怒りに震えるカーツが床を蹴る。剣魔が一斉に飛ぶが、彼らの攻撃を凄まじい気迫と技量で弾き飛ばし、カーツは上段に振りかぶった剣を雷撃のように振り下ろした。


「昔言ったはずだよ。短気さがキミの弱点だってね!」


 渾身の力と怒りを込めた一撃をユキヒサは難なく弾き飛ばす。いつの間に抜いたのか片手には一際豪華な黄金の剣が握られており、それは七色に変化する光を放っている。


「そ、それは……」


 見覚えがあった。大魔王との戦いにおいて、王家に伝わる秘剣をユキヒサは与えられた。それは大魔王の配下である魔将軍の1人に破壊されたのだが、破片を集めて再構成したのがあの剣であった。


「王家の剣で王国を滅ぼす。アイロニーだねぇ」


 子供のように剣を振り回すユキヒサにカーツ全身の毛が逆立つ想いであった。あまり良い印象を持つことはなかったが、それでも王国を救う勇者として尊敬はしていた。

 しかし、コイツは悪だ。堕ちたのではない。最初からコイツは悪だったのだ。


「殺す……」


 カーツが静かにつぶやいて一歩踏み出す。怒りが沸点を超えて逆に冷静になっている。自分でも驚くほどの冷酷な殺意が全身に満ちていく。

 そんなカーツを見てユキヒサは軽く笑い、自信を消さない顔で言った。


「あまり強い言葉を使うなよカーツ。弱く見えるぞ」

「!」


 一瞬にしてカーツはユキヒサとの距離を詰める。剣魔が反応するヒマもなく剣を繰り出すが、それをユキヒサの持つ王家の剣が受け止める。

 それに動揺することなくカーツは2撃目3撃目を放った。ユキヒサはことごとくを受け止めるが、笑みの中に緊張が含まれていく。


「さすがに! やるね!」


 十数撃の攻撃をすべてはじいたユキヒサが距離を取る。カーツも態勢を整え、次の攻撃の隙を伺った。


(勝てる)


 ユキヒサの反応速度、筋力は常人離れしている。正規の剣術を学んでないとはいえ、その強さは並の騎士のはるか上を行く。

 しかし、カーツは王国最強の騎士である。今は剣魔と化した他の騎士団長との模擬戦でも一度も不覚をとったことがない。力と速さでは及ばなくとも、剣技をプラスすればわずかにカーツが上回る。

 幼い頃に自分に剣技を教えてくれた師匠に感謝しつつ、カーツはゆっくりを剣を水平に構えた。剣先に魔法を集中させつつ、ユキヒサの挙動を追う。

 ユキヒサの構えが変わる。今までは片手で剣を振り回していたが、両手で柄を握っている。ユキヒサの力なら恐るべき一撃になるだろう。くらえばカーツでも耐えられない。


(かまわん)


 相討ち覚悟の攻撃を覚悟したカーツはすべるように距離を詰める。ユキヒサはそれを眼で追いつつ、剣を下ろすタイミングを測る。


「これで!」


 胴を狙ってカーツは剣を突き出す。当然かわされるか受け止めるだろうが、それはフェイントに過ぎない。ユキヒサの反応に合わせて剣を翻し、相手の剣を受けてでも首筋を断つのがカーツの作戦だった。

 案の定、ユキヒサは王家の剣でカーツの剣をはじこうとする。その剣先をかわして愛剣を振り上げたカーツは、その刃をユキヒサの首筋へと叩きこもうとする。

 その動きを知ったユキヒサが剣を戻そうとするがカーツの体は止まらない。勢いをつけた剣は真っすぐに首筋へと吸い込まれていった。


「!」

「ざーんねん♪」


 カーツの剣は首筋に到達する前に動きを止めた。豪華なだけと思っていた黄金の鎧が液体のように変化し、カーツの剣刃を受け止めたのだ。


「こいつはボクが各地の神殿を襲って集めた神々の金属で作り上げた傑作でね。ボクの身に危険が迫れば自動的に防御してくれるんだ」


 ユキヒサは剣から片手を離してカーツの剣をつかむ。ほとんど力を込めたように見えなかったがカーツの愛剣はあっさりとヘシ折れた。


「でも、すごいよカーツ。そもそも自動防御が発動することなんてまずなかったからね」

「ほめてるつもりか」


 折れた剣を捨ててカーツは覚悟を決める。武器を調達することも考えたが周囲を見ても役に立ちそうなものがない。剣がない以上、勝つ手段がない。


(ここまでか……)


 無念だったが仕方ない。せめて一矢報いるため魔法を両手に込めるがムダなのはカーツもユキヒサも知っている。


「さて……退屈しのぎにはなったよ♪」


 王家の剣を撫でながらユキヒサは笑う。カーツはすべての魔力を両手に集中し、最期の時までの覚悟を決める。


「さよなら」


 右手の平に驚くべき魔力を込めてユキヒサがつぶやく。笑みは浮かべているがどこか寂しげな顔にカーツは一瞬虚を突かれた。

 閃光がカーツの全身を照らす。影さえ消えそうな光の奔流にカーツはゆっくりと眼を閉じて身をゆだねた。

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