勇者×勇者 他人の世界を終わらせるチートたち
浪漫贋作
第1話 勇者襲撃
燃え崩れる建物を避けながら、女が走り続けていた。
年齢は20代半ば。10歳くらいの娘を抱えながら女は後ろを何度も見やりながら逃げている。
女が見る方角からは奇声をあげながら前傾姿勢で走る化け物が接近してくる。のっぺりとした顔に醜悪な牙を生やした生物は、片手に槍を持っているにも関わらず驚くべき速さで距離を詰めてくる。
「お母さん!」
「見ないで! しっかりつかまってなさい!」
娘の叫びを聞いた女は、その頭を自分の肩に押し付ける。娘は恐怖を押し殺すためにギュッと目を閉じて、母の肩に顔をうずめた。
夫はすでに命を落とした。近所の住人の生死もまったくわからない。ただ、女は娘を逃がすために走り続けている。
「誰か! 誰か!」
彼女たち市民を守ってくれるはずの兵士たちは姿が見えない。王城は赤々と燃え上がり、高い建物が次々と崩れ落ちている。
街中の炎が上空にある巨大な飛行物体を照らす。巨大な円盤の四方に角が生えたような物体は、ゆっくりと移動しながら、化け物の仲間を次々と降らせていた。
王都が襲撃されたのは日暮れのことであった。夕暮れの雲間から飛来した物体は、目もくらむような閃光で王城の半分を吹き飛ばし、城壁を一瞬でがれきに変えた。
そこからは一方的な展開であった。地上に降り立った化け物の群れは兵士たちを瞬く間に蹂躙し、彼女たち市民へも牙をむいた。
※
地獄のようだった市街地を抜け、母娘は崩れかけた商館へたどりつく。
「ハァ……ハァ……」
振り返ると化け物の姿は見えなくなっている。各所で炎がくすぶっているが徐々に収まりつつあるようだった。女は娘を下ろすとその場に崩れ落ちた。
「母さん!」
「だい……じょうぶ……」
荒く息をつきながら気丈に微笑んでみせるが、娘はいまにも泣き出しそうである。女はその頬を優しくなでて溜まった涙をぬぐってやろうとした。
「ケケェェェェ!」
「キャアアアア!」
頭上から複数の影が飛び降りてくる。影の数は4つ。それは先ほど逃げのびたはずの化け物とまったく同じ容姿をしていた。
武器を持った4体の化け物は母娘の四方を囲む。武器ももってない彼女には勝ち目などない。絶望と疲労に包まれた彼女は娘を抱き寄せて力いっぱい抱きしめる。
「母さん……」
「ごめん……ごめんねぇ……」
死を覚悟して彼女は娘を抱きしめた。母親の気持ちを察したのか、娘もまた両手で彼女を思いきり抱きしめ返す。
「ケケェェェェ!」
言葉さえ話せない化け物たちが槍を構えて襲い掛かる。死の恐怖のあまり、母娘は同時に目を閉じた。
※
「ケケェェェェ!」
叫び声とともに母親の体に生暖かい液体が降りかかる。目を開くと彼女の視界は黒い影によってさえぎられていた。
「すまない、遅れた」
「えっ?」
若い男の声だった。男は右手にもった剣を使って化け物を一撃で切り捨て、左手で炎を生み出すと、もう1匹を消し炭に変える。
「ケケェェエェ!」
瞬く間に3匹も仲間を失った化け物だが、ひるむ様子もなく槍を突き出してくる。男はそれを左腕で挟み込むと、右手の剣でその首をはねた。
「大丈夫か?」
振り返った男は、母親の顔についた血をぬぐう。そして、娘の頭をなでるとほほ笑んでみせる。
年齢は母親よりいくつか若い。ゆるく波打った金色の髪の端正な顔立ちに見覚えがあった。
「カーツ騎士団長さま!」
「ケガはないようだな」
カーツは王都を守る七大騎士団の1つ“蒼光”の団長であり、史上最年少で騎士団長に就任した生ける伝説である。わずか14歳で魔法剣術の最高位“剣聖”に上り詰めたほどの天才で、王国最強と称えられていた。
「カーツさま……カーツさま……」
緊張の糸が切れた母親が泣きながらカーツの手を取る。カーツはひざをついて娘と母親の肩をつかんで安心させようとする。
「コル、エラハ。市民の保護を頼む」
「はっ!」
遅れた現れた騎士たちが母娘を助け上げる。大柄なヒゲ男が娘を抱き上げ、髪の薄い中年男が母親の手を取った。
「団長は?」
「オレは……上に用がある」
頭上に浮かぶ飛行物体を見上げてカーツが苦々しげに言う。その表情に歴戦の騎士であるコルとエハラは背筋を寒くした。
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