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 ゴードンの母親は息子と同じように長身で、金髪で、体臭が独特で、息子のことを嫌ってはいるが干渉はしない。アビィの母親は占星術師だ。実物を見たことがないから本当かどうかは知らないが、実物を見たところでどうしてそれが占星術師だとわかる?

「うちのママ、木星のかけらで作ったイヤリング持ってんの」

 アビィと仲良くなった頃、彼女はそんなふうに言っていた。デイヴィッドは返事を飲み込んだ。木星はガスだ。(実物を見たことがないのにどうしてそれがガスだとわかる?)

 二人の母親を形容する表現はこのあといくらでも続く。ゴードンの母親はだいたいの場合専業主婦だが、たまにボランティア活動の資金集めでチャリティバザーを主催する。アビィの母親は占星術師だが、管理栄養士の資格も持っている。ゴードンの母親は煙草を吸っている。アビィの母親はたまにアビィに暴力をふるう。そんなに深刻なものじゃない。

 デイヴィッドのママは小柄で色白だった。音楽が好きだった。オーロラ生まれで、オーロラ大学を出ることには出たが、小難しい資格も、立派な学位も持っていなかった。結婚するまではレストランのウェイトレスだった。常に、というわけではなかったが、きれい好きだった。パパを愛していた。デイヴィッドのママだった。デイヴィッドはママの息子である。今でも。

 デイヴィッドはママが三九歳で死んだことを不自然だと思っている。デイヴィッドも小さいころはママと結婚するものだと思っていたから、ママの誕生日が来るたびに(それはデイヴィッドの誕生日と数日しか変わらなかった。冬の子供たちはほとんど同じ時期、その地域が冬に入るころに生まれるからだ)ママも一つ年を重ねるのをお祝いしながら、焦燥感を覚えていた。デイヴィッドの誕生日は二か月後だ。今年の誕生日、デイヴィッドは一六歳になるだろう。ママが四〇歳になることはない。

 ママが死んだあと、デイヴィッドが初めて泣いたのは自分が四〇歳の誕生日を迎える日を想像した時だ。それは悲しみよりも恐怖だった。鶏の足跡だった。


 ゴードンはデイヴィッドのことをデイヴィと呼ぶが、デイヴィッドがなにかヘマをやらかすとしばらくは呼び方が「ゴキブリサンドウィッチ」に変わる。その発端となった出来事はだいぶ前のことだが、デイヴィッドは細かいところまで覚えている。デイヴィッドがゴードンのラップトップを使ってゴードンの課題をやっていたとき、キーボードの上を一匹のゴキブリが這った。ゴードンはゴキブリだったと主張していたが、デイヴィッドから言わせればあれはゴミムシのなかまだ。そこは大した論点ではない。大事なのはそれにビビったデイヴィッドが勢いよくラップトップのふたを閉じたことである。

 異変に気付いたゴードンはちょっとだけ呆然として、それから爆笑しながらデイヴィッドの胸を思い切り殴った。きちんと弁償もさせた。そして、それからことあるごとにデイヴィッドはゴキブリサンドウィッチと呼ばれている。

 いままさにゴードンはデイヴィッドのことをゴキブリサンドウィッチと呼んでいる。デイヴィッドが道を間違えたからだ。

 オーロラからウィスコンシンのリブ山州立公園まで四時間弱のドライブだった。案の定道半ばでゴードンは飽きて不機嫌そうにハンドルを人差し指でつつきまわし始めたが、三回目の休憩でアビィは助手席を降りて後部座席に移った。

 リブ山はどうしようもなくちっぽけな山だ。麓から眺めるだけでわかった。ロープウェイがほとんど山の中腹まで延びている。ゴードンが傍目にもがっかりしているのが分かった。デイヴィッドもある程度同感だ。どうせ苦しいならもっと苦しい方がいい。

 複数あるトレイルコースのうち、ゴードンは一番長く、傾斜の緩やかなものを選んだ。途中に湖や奇妙な形をした岩(真ん中に大きな割れ目があって、そこに挟まって写真を撮ることができる)がある。それでも行きに二時間くらいのコースだ。帰りはリフトを使えばおそらく三十分もかからないだろう。どれだけゆっくりお昼ご飯を食べても、車に乗ってる時間のほうが長いじゃん。今日はアビィが全員分のお弁当を作って持ってきたらしい。アビィ、これまで料理なんかしたことあったか? デイヴィッドもアビィも一五歳だが、デイヴィッドの中ではアビィは九歳のときから変化していない。

 コースは曲がりくねっているとはいえ、ほとんど一本道で、ゴードンは早々に片手に持っていた地図をリュックサックにしまった。デイヴィッドはなおも地図と実際の景色を何度か見比べていたが、一度コース選択に疑問を抱いて戻ることを提案した。ゴードンは不服を示すためにわざとのしのしとデイヴィッドについてきたが、結果としては地図に夢中になっていたゴキブリサンドウィッチが無意識のうちに橋を渡っていたことにきづいていなかっただけだった。

「サンドウィッチ、渡ったはずの橋を覚えてないってヤバいだろ。もうちょっと周りみたほうがいいんじゃないか?」

 周りを見てないのはどっちだよ、デイヴィッドは思う。あの橋を渡っていたかどうかなんてゴードンの意識にすら登っていなかったはずだ。道を誤っても気づかないくらいバカなだけじゃないか。

 カエデとカシワが支配的な風景に、一定の間隔をおいてツガとマツが繰り返し現れる。目を凝らすほどでもない退屈な景色だ。アメリカのどこでだって見られるだろう。沢は十フィートくらいの幅で、橋もそれに応じた簡素な造りで、木道の延長にしか見えない。ぼんやりしてたら気づかないだろう。

「こんな小さい橋を地図に書き込む方が間違ってるんだよ」

「地図に書いてあるのは橋じゃなくて川よ。川を書いたから橋を書かなきゃいけなくなっただけ」

 アビィはたまに母親の影響でうさんくさい言い回しをすることがある。ゴードンはアビィのそういうところを知性だと思って憧れている。のだとデイヴィッドは思っている。ゴードンがアビィを好きになった理由だったりするんだろうか。不思議ちゃんfloaterならほかにいくらでもいただろ、ヴィッキーなんかサイエントロジーやってんじゃん。半分冷やかしだけど。デイヴィッドは人を好きになるということがどういうことなのかわかっていない。それがどういう結晶の形を取るのかも。ひょっとしたら、三十五種類のうちに入っていないのかもしれない。

「どうして川が重要なんだ?」

 ゴードンがアビィに訊く。

「落ちると危ないからよ」

 この答えにゴードンはがっかりしたようだった。

 三人は会話もなく山を登りつづける。デイヴィッドはゴードンとアビィが普段どんな会話をしているのかにひそかな興味を持っていた。ゴードンは一人で数ヤード先を歩いているから、デイヴィッドが横で常にアビィの足元に気を払っている。もっとも、アビィよりデイヴィッドの方がよっぽどおぼつかない足取りだった。こんなものなのかな、デイヴィッドはそう思う。パパとママはどんな会話をしていたっけ。記憶を呼び起こす力はとても弱い。覚えているのはパパと喧嘩したあとのママの怒気を隠す様子もない声色とか、感謝祭の日に正体をなくすほど酔っぱらったママが「らのしいわねぇ」としみじみと言ったこととか、そんなことばかりだ。なんていうか、親って子供に素のままの感情を見せたがらないもんだし。

 日はちょうど南中している。にも関わらず気温は一向に上がらない。アビィがジャンパーをリュックから出す。デイヴィッドはまだ寒さを感じない。ゴードンがまくった袖を下ろさないのは単なる強がりだ。リブ山に明確な山頂は存在しない。地図を見ていたデイヴィッドだけは予測していたが、木々の連なりが切れてサッカーのフィールド一枚分くらいの空間が広がっていて、その隅の方にゴードンよりちょっとでかい岩がある。プレートがにょきっと生えていて、「最高点:標高一九四〇フィート」とだけ書いてある。

 ゴードンがすぐそばにある耐張鉄塔を指さす。「これ足せば二〇〇〇フィートいくぜ」塔はまっすぐupright立っていて、ゴードンはわざとらしく岩にもたれかかっていた。

「お前、Towerの話するためにぼく呼んだのか?」

 アビィがブルーシートを敷いてお昼ご飯の準備をしている。デイヴィッドの貧困な想像力は、それこそサンドウィッチかなにかを期待していたが、タッパーに詰まっていたのは茶色かったり赤かったりする中華料理だ。

「だったらなんの話がしたいんだ? 俺がリアーナ聞いてんのバカにしたりするか?」

 ゴードンがキンセラ兄弟の参加したバンドの曲ばっかり聞いてるデイヴィッドのことを心底バカにしていることは知っている。

「ゴーディ」

 へえ、アビィはゴードンのことゴーディって呼んでるのか。ゴードンは下唇を突き出す。

「言わせてもらえば、ぼくはお前と(二人称複数と勘違いされないか心配だった)そんなに親しくはない。放課後にボードゲームやったり読み終わったコミックを貸すのと一緒に山に登るのは違う」

「お前、なんかするときは常に相手との親しさを電卓で計算してんのか?」

「皮肉言ってるつもりか? 誰だってそうだろ」

 デイヴィッドは頭を掻きむしりたくなる。ゴードンは実際に頭を掻きむしった。

「あのさ、お前、俺たちが付き合ってんのは知ってんだろ?」

 ゴードンが両手の手のひらを上に向けて言う。デイヴィッドの頭の中がすっと冷たく、軽くなる。やっぱりな。俺とあいつにはもう関わるなってことだろ?

「ああ」

「いつからかも知ってんだろ」

「ぼくのママが死んだ次の日からだ」「そう、お前のママが亡くなったことを俺たちが知る一日前だ」

 なにが「亡くなる」だよ。スペリングの授業で習ったのか? 手近な石でゴードンを殴り殺したいと思う。「死んだ」と言わないとなにが変わるんだ? なにをしたことになるんだ? ゴードンの母親を殺してやろうかと思う。間違いなくゴードンよりは殺しやすい。

「わかった、二度とお前とアビィの前に姿は見せないし、そもそも今だってぼくからお前たちに連絡なんてほとんどしてないが(デイヴィッドは言いながら驚いたが、これは事実だった。とはいえ、誘う側が常に固定されている関係はよくある)、お前たちの性欲がぼくのママの死を考慮に入れることは因果的に不可能だったこともわかった。これで満足か? 帰りのリフトはぼくが払ってやろうか? お前とアビィで並んで座ればいい。ぼくはその次の次に来たリフトに乗るから」

 まくし立てて、ちょっとドラマの登場人物っぽいしゃべり方をしすぎたかな、と後悔する。デイヴィッドは感情が高ぶるとその感情を適切に表現できている人の演技をすることがある。そうでもしないと感情を表現できないからじゃない。からだ。きっとママもそうだったのだと今ならわかる。

「落ち着け。違う。座れ。食え」

 ゴードンはブルーシートの上でなく、苔の生えた岩に座っている。デイヴィッドは不承不承ブルーシートに座った。アビィが食器を手渡してくれる。指先が触れたのをゴードンに見られたと思う。

「真逆よ、デイヴィッド」

 両手にフォークとスプーンを持った状態でウェットティッシュを受け取れるはずがない。デイヴィッドの胸ポケットにアビィはそれを差し込む。

「えー……つまり?」

 ゴードンがなれなれしくデイヴィッドの肩に腕を回す。

「仲良くしようや、相棒」

「普通に言えないの、ゴーディ」

「恥ずかしいじゃんかよ」ゴードンはデイヴィッドのもみあげにふっと息を吹きかけると体を離した。

「俺が言うのも変だけど、遠慮するなってことだ。お前のほうがアブとの付き合い長いのは確かだし」

 あまりにも意味がわからなくてデイヴィッドはアビィのほうに助けを求めるように視線を向けた。

「いろいろあったし、運が悪かった部分もあったけど、それで疎遠になっちゃうのって悲しいと思わない?」

「だからって、それ直接言うか?」

「いまのはゴードンが考えたセリフよ」

 こいつら、二人そろって大バカだ、デイヴィッドは傷つくというより心底見下してしまう。ゴードンとは元から仲良くなんてないし、デイヴィッドがアビィを頻繁に遊びに誘えなくなったのはゴードンに遠慮したからではなく、アビィがもはや九歳ではなく十六歳だからだ。大アルカナの十六番は塔だ。二人が四〇リットルもガソリンを使ってデイヴィッドを山に連れてきたのは友だちを気遣っているからではない。ベッドの中でデイヴィッドのママの顔を思い出すからだ。

「ぼくはママの死を引きずってbe bound byなんかいないし、アビィに惚れてるbe spell-bound byわけでもない。だからピザみたいにお前とアビィをシェアするわけがないし、そもそもぼくとしてはお前たちと疎遠になったところで痛くもかゆくもない」

 一息で言い切って、肩で呼吸する。標高一九四〇フィートで酸素は薄くならない。

「気は済んだか?」

 そうだった。ゴードンとパパは同じ人種だ。自分と関係を持つことは誰にとってもメリットであると心の底から信じられる、というかそれが人生の前提になっているタイプだ。デイヴィッドは難しい子で、ひねくれた態度で反抗しているだけだと本気で思っている目だ。

 デイヴィッドはなにも言わずにきびすを返す。誰もまともにアビィの昼食には手を付けていなかった。


 石ころを蹴り飛ばして、それが山で一番やってはいけないことだとされていることに気づいて青ざめたが、今やりたかったことはまさに「一番やってはいけないこと」だったのではないかと気づいた。だから石を下に落としたのではなくて、あの石は自殺したのだと考えることにする。一番やってはいけないことなら、ゴードンとアビィがやったことがそれだろ。だがデイヴィッドは二人にムカつきたくない。ムカついてやることすら嫌だ。もっと違うことを考えたい。ゴードンとアビィ以外のことで。ママ以外のことで。

 逃げ場を失った思考がなぜかパパが金魚を殺した日のことを思い出す。デイヴィッドとママがテキサスの伯母さんに会いに行くために二週間くらい家を空けたとき、デイヴィッドは飼っていた金魚の世話をパパに頼んだ。パパは任せとけと胸を叩いた。家に帰ってきたとき、金魚は腹を水面に浮かべて死んでいた。元の大きさの五倍くらいになって、かろうじて原形をとどめてはいるが、白い糸が絡み合って魚の形を保っているだけで、かき混ぜれば水に溶けそうだった。その残骸が金魚だったとは信じられずに、水が濁ってきたから別の水槽に金魚を移したのかとすら思った。カラムナリス病だ。仕事から帰ってきたパパは金魚の世話を頼まれていたことすら覚えていなかった。パパを怒る気にはならなかった。元から溺愛していた金魚じゃないし。学校からプリントを持って帰ってくるのを忘れたり、スイミングスクールを休みたいのに電話がかけられずにママにかけてもらったりするたびにデイヴィッドはパパと自分を比較して〝きちんと〟できないことをひそかに恥じていた。パパは公的な手続きをめんどくさがらないし、日曜日にテレビを見ているときにママが買い物に行きたいと言い出しても、なにも言わないで車のエンジンをかける。将来自分も結婚したらこうなるのかな、漠然とそう思っていたが、パパも不完全な一人の人間なんだとわかった。それに、デイヴィッドって名前で金魚飼ってるのもなんか狙いすぎててダサいし。崇拝よりも理解したふりのほうが断然簡単だ。

 登りとは違うルートを地図もなしに歩いていたら、お腹が減ってきて、鞄の中にはチョコバーくらいしか入っていないことを思い出した。溶けていた。食べずにポケットに入れて、手近なベンチに座りこんだ。これで下山して、どうやってオーロラまで帰るんだ。駐車場でゴードンがわざわざ待っていてくれるだろうか? どんな顔してクライスラーに乗り込むのか想像がつかない。家に帰るのとプライドはどっちが大事だろうか。パパに電話しようか。友達に見捨てられたこととその理由を父親に説明するくらいなら、ヒッチハイクにでも挑戦した方が気が楽かもしれない。

 異常に気づいたのはそのときだった。肌寒いのだ。《冬の子供たち》が簡単に寒さを覚えるはずがない。汗が引いたからかもしれない。あるいは雨でも降るのだろうか。デイヴィッドが寒さを自覚したのは実に数年ぶりだ。

 上着を鞄から出して袖を通していると、アビィが降りてきた。

「やっぱり? 寒いよね」

 あまりにダサくて、ふだんなら絶対に着ないであろうピンク色のパーカーがとても暖かそうに見えた。

「……リフト使わなかったのかよ」

「わたしが行こうって言ってもあいつ『ここでデイヴィッドを待つ。戻ってくるはずだ』とか言って聞かないんだもん」

 戻るなんてこと、思いつきもしなかった。

「意味わかんないだろそれ」

「わたしも意味わかんなかったから置いてきた」

 アビィは真顔で舌を出した。その口ぶりはデイヴィッドに過度に同情的ではなかったが、ゴードンに肩入れする様子も一切なかった。

「行きましょ、あのバカが大人になるの待ってたら日が暮れちゃう」

「下山して、どうやってオーロラまで帰るの?」

「はぁ? どうとでもなるでしょ。そんな下らないこと考えてたわけ?」

 アビィはデイヴィッドの手首をぐいっとつかむ。無理やりベンチから立たされる。

「あいつはね」

 ぼくの前でもゴーディって呼べよ、そう思った。アビィは鹿のように枯れ枝をまたぎ越す。

「問題を見つけると解決したがるのよ。母親譲りね。気持ち悪くてしょうがないの」

「ぼくは」問題を抱えてなんかいない、そう言おうとして、それはさすがに強弁に聞こえるだろうなと思って飲み込んだ。

「言いたいことはわかるわ。ゴードンはあなたが問題を抱えていると思ってるわけじゃないの。あなたがかれにとって問題なのよ」

 なんだそれ、失礼すぎないか。

「正直に言いなさいよ、うじうじしてるのが楽しいんだって」

「べつに楽しいわけじゃない」

「でもそれが自分らしいと思っている」

 アビィの遠慮のない物言いはたしかに不遜だ。わざとデイヴィッドのことを見下すように話している。そうした方がデイヴィッドにとっては楽だと思っている。事実だが、そう思っていることが不遜だと思った。でも、不遜な女の子の方がましだ。この不遜さはぼくのためだけに残してあるんだとうぬぼれられるから。

「母親に殴られるのってどんな感じ?」

 アビィが握っていた手首をぱっと離した。これでアビィが怒ってもかまわないと思った。縁を切られても。一度聞いてみたかったんだ。

「やめてほしいけど、やめたらたぶん気持ち悪い」

「うん」

「それに、殴られることより首を絞められることの方が多いよ」

 そう言うとアビィは一度離した手をふたたびデイヴィッドの手首に這わせた。冷たい指先がきゅっと圧力をかける。

「いつ首を絞められるの?」

「そうね、あんたに電話したあととか」

「ママに死んでほしいって思う?」

「たまにね」

 二人の足取りはまるで葬式のように軽い。

「なんでゴードンなんかにしたの?」

 デイヴィッドとしては話の自然な流れで聞いたつもりだった。誰にも説明できないようなやり方で、かれにとっては自然だったのだ。デイヴィッドの名誉のために言っておくと、かれはアビィがそれを精神的な自傷だと思っていることを期待したわけではない。

 ただ、アビィには伝わらなかった。アビィは不愉快そうに(あるいは悲しそうに)眉を顰めると、ぼそりと言った。

「先に告白してきたからよ」

 デイヴィッドのほしい答えではなかった。全く。

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