第窮話 裏切りの結末は脚本通り (2018.12.11) AM:午前

 巌川零次の筋書きは烏丸麻貴の要望を汲み取ったものに近かった。東海金融照会と一枚噛んだ取引が発生しているのは、仕掛人も薄々気づいてはいた。烏丸が代理人として立てている人間が、巌川零次と関わりが深い川崎善利子、こと、巌川善利子と直接話をつけていることは調べがついている。ゆえに、話の流れを鑑みるに途中までは目的が同じ者として協力を仰いでくるところまでは想定できた。――が、まさか最後の標的・・・・・として定めていた・・・・・・・人間がすでに死んでいる・・・・・・・・・・・とは思わなかった。

 仕掛人は考え込んでいた。菜那が語ることが事実であれば、代わりに自分の名前が殺しの標的としてハメられることは想定できる。自身が望む計画は烏丸の望む思惑ではない。巌川零次の筋書きにおいて、邪魔になるのは自分であることはよくよく理解していた。仕掛人が横領した裏金の出どころは、捜査第二課の公望きんもちてつゆき警部が摘発してくれるように算段づけている。仕掛人にとって公望徹幸という男は、仕掛人が望む正義を掲げているタイプだった。自身が転属する前に置き土産として残した幾つかの資料から、某所轄でのうのうと署長の座に位地し、横領を重ねている男を摘発するのは造作もない。外野からこびへつらっていると言われようが、もともと尻尾を掴むために傅いたに過ぎない。同志というのであれば、自分より先に署長へ疑念を持っていた公望のほうが鼻は効くだろう。仕掛人は手向けに資料を残していったに過ぎなかった。自浄作用が働けば、この組織における膿を一掃できる引き金になると思っていた。唯一の救いが、もうすでに仕込みが終わった事柄だ。自身が殺されたからといって、計画が狂うということはない。


 昨晩、屋上で烏丸と直接、連絡を取っていた時に吹っ掛けた内容から容易に想像できる。当然、烏丸は涼んだ声で冗談めかして肯定する。あの男はそういう性質の人間であると仕掛人は遥か前から知っていた。住む世界が違うということを烏丸自身が線引きしている。加害者に被害者側の気持ちなどわからない。そして、被害者に加害者の気持ちなどわからない。表裏一体と言うなら、裏と表は交わることがない影と光の関係と等しい。あくまで烏丸は、まだ、仕掛人の存在は影を濃く写す要因だと思っているようだった。

「結局、肝心な問題は自分で解決しなくてはならないということですね」

 仕掛人は菜那に問いかける。菜那は仕掛人の顔をのぞき込んで「殺し屋さんは悪くないの。命令を聞いているだけだから」と弁解した。仕掛人は複雑な気持ちを愛想笑いで隠し「そうですね。一番の悪党はそれを命令している側でしょう」と自身を含めて言った。菜那は仕掛人の心中を察し、自分も悪党側であると思い込んでいる様子に、本物の悪党に裏切られても尚、自身も巨悪に区分する自虐を汲み取る。

「ヤマアラシさんは、やっぱり、生きていくのが大変そうね」

 ここまでお人よしな人間などいるのだろうか。菜那は心の中で呟いた。――面白い人、と仕掛人の様子を伺った。

「どこからが信用できる案件で、どこからが裏切り行為なんでしょう」

 彼女に訊ねたところで無意味である。しかし菜那は真摯に「ヤマアラシさんが信頼している人が正しくて、信用している人が裏切るんだよ。きっと」と答えた。しかし菜那の言葉に仕掛人は陰鬱とする。彼の望んだ答えと違い、しかし、仕掛人が一番心得ている答えだった。

「なら私は逆境に立っているに等しいでしょう」

 訊ねるまでもない言葉を重ね、仕掛人は深く息を吐いた。鈍色の空を見やり呟いた。

「…………それも赦せと言うのであれば、それこそ、本当の聖人君子といったとろころでしょうか」

 そんな仕掛人の様子を傍観する菜那は仕掛人の自問に余計な言葉をかけなかった。すでに心算が決まっている人間に何を言っても無駄だと知っている。菜那は一言「それじゃあ、私は失礼するね」と言い残した。その足取りは人の気持ちなど知らないかのように、軽い足取りでその場を去る。アスファルトに打ち付けるブーツの足音へ、仕掛人は「さて。困りましたね」と呟いた。


 現状、打破するにはいささか自身が不利であると確定した。ならばどうするべきか、自身の身の振り方を考える。はじめから思い描いた計画は、結果こそ同じであっても過程が変われば思うように作用しない。仕掛人は思う。自身をも捨てれば成立するだろうか。だったらこの命の重さなどいかがなものか。恨むなら何を恨むべきか、冷たい風が吹き付ける中。仕掛人は天を仰いだ。


 その鈍色は答えない。空から零れ落ちそうなのは、雪にもなれない雨だった。


(続)

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