第柒話 重ねた罪は願う夜 (2018.12.09) PM:夜間

2018.12.09 PM:夜間


 どんよりとした空模様は初瀬の心と比例しているかのようだった。曇り晴れては曇る空。憂鬱色の灰色をした雲を時折眺め、溜息をつく。工程を一つ一つ確認してから作業に取り掛かった。ひと気のない倉庫で、死体の一部を解体するのをひとり進める。首から上を鉈で切り落とした時に岬の虚ろな眼球と目があった。白く濁り始めたソレを見て初瀬は呟く。

「岸田を殺した仇、今更討ち取った事になるのか」

 初瀬が頼る古いツテは、東間組の仇敵である南條組の残党だった。過去に巌川から殺せと命じられていたのは構成員のみ。南條組の下請けアンダーとはいまだに繋がりを残しているのも事実。当然、東間組に肩入れした者には慈悲など無い。死体処理なら、当時を思い、喜んで受ける者もいる。あるい死屍累々な抗争から、命拾いした恩義を持って、初瀬の要望へ対応にあたる業者もいる。もっとも、それよりはるかな数、反抗する者は吊し上げて、しかし実力が及ばず、死んでいった者の方が多い。今生き残っている連中は、自分の命が一番可愛い道理であった。南條組を捨て、裏切ったのは野良猫と呼ばれた二人だけではないという事。周囲からは恐れられるぐらいがちょうどいい、割り切った関係をズルズルと続けているのは初瀬も布留川も同じ。その程度の認識で続いているだけの事だった。

 死体の処理を終わらせた初瀬は深いため息をつく。重りをつけた死体を、砂混ぜた業務用クーラーボックスに詰め込んで、空気穴を複数あけておく工作を施す。腐敗ガスの浮力で浮かない事をだけを願いながら、投げ捨てる。バラした死体の胴体に拳銃を持たせ、東京湾に沈めた。バチャンと水面を叩き、沈んでいくのを見届ける。外部へ委託するのは頭部と両手。残った肉塊は身元特定を断定付ける頭髪や歯型、指紋が多い部位である。初瀬は南條組の下請けで、殺しの仕事をしていた頃からの知り合いへ、連絡を取った。そのまま言い値の交渉で。ジャイアントミルワームを大量に飼っている死体処理業者掃除屋の飼育箱へと、件の塊を送る約束を取り付けた。

 一連の作業が終わると、日曜日の深夜。手元のドライバーをも放り投げる。用済みになったため、偽のナンバープレートを入れ替えた。移動のためだけに、車検が切れて廃車になった軽自動車を手に入れていたのだ。借りた車は元々あったところへ返し、自身の痕跡をすべて消す。車を手配した人間は信用における業者の一人。金を積んでいる限りは裏切らない情報問屋じきじきからの紹介だった。

 すべてが終わり、後は巌川から届く追加データを待つのみだった。帰路に着くが寄り道をしてコンビニへ。軽食を買って携帯電話のトピックニュースを眺める。ここで初瀬は初めて、知っていた筋書が、本当に事件化したことを認識した。

 警察官、連続発砲事件。死亡者三名、意識不明の重体一名。――実名報道された被害者の名前に心当たりはない。騒ぎ立てるニュースの文字列を横目に、眉をひそめる。意識不明の重体者。このニュースの背景を知っているからこそ、ここで生き残りが出る事は不味いのではなかろうか。脳裏によぎった懸念が杞憂で終わればいいと初瀬は心から願う。ニュースではすでに容疑者のめぼしがついているような内容で報道されているが、テレビ局の用意したパネルに並ぶ画像写真を見ると見当はずれもいいところだった。きっとテレビ報道されている、コメンテーターやキャスターの見解が真相にたどり着くことは無いのだと楽観する。その点だけは安心できていた。

 ナイスタイミングとはいいがたいところで、携帯電話のメッセージ機能が鳴り響く。相手は東海金融照会、駅裏通り支店の北里龍からだった。はじめに届いたのは大手掲示板へと繋がるアドレス。初瀬はいくつかのサイトを経由し手順を踏んで、三本目のワインに付帯してあったパスワードを入力する。これが後から送る追加データだと容易に推測できていた。バラバラに記載してあった文字列のひとつひとつは遂行員だった時につかっていた、懐かしい指示コード。書いてある内容を理解した時、初瀬はつい、携帯電話をそのまま通話アプリのアイコンへ指を滑らせた。名前の欄は「布留川霧流」へとだった。――頻繁に連絡を取る事は好ましくない。わかってはいたが連絡せざるを得なかった。

 三コール程度で布留川と通話が繋がった。開口一番、初瀬は「悪い、霧流」と謝罪した。何も知らない布留川は「アクシデント?」と心配を含んで訊ねる。通話での記録を残したくない初瀬は「そうじゃない。ただ会いたいだけだ」と内容を伏せて伝える。察した布留川も「じゃあ明日、屋上で待ってる」と告げた。初瀬の足取りを危惧して、布留川は気を回した。初瀬もそれには同じ考えを持っていた。メールでもいいような内容を口頭で告げ、その通話は切れた。

 夜道を歩く初瀬は思う。――きっと、霧流は契約を破棄すること望むだろう。

 脅されている手前、初瀬は完遂することを望んでいた。そのためには怒り狂うであろう布留川を説得する内容を考えなくてはならない。しかし、この依頼を断る手立ては、今の初瀬には持ち合わせていない。置かれた立場を維持するためには払わなくてはいけない犠牲を理解していた。代価として罪を重ねるぐらい、初瀬には一ミリも罪悪感は湧かなかった。だがしかし、布留川霧流はどうだろう。誰よりも布留川を理解している初瀬は、ひとり頭を悩ませて、思考を廻らせる夜。暗澹たる夜に巣食う不安の種が、自分の考えすぎである事を切に願う。初瀬の気持ちを理解する者はいなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る