第陸話 (前) 青い目の黒猫 (2018.12.08)
2018.12.08 PM:夜間
月光途切れた雲は棚引く。まるでカーテンでも引いたかのような薄暗さ。裏路地へとはビル風が吹き付ける。布留川霧流は〝標的〟の背を視界に捉えていた。輝く電飾を飾った街路樹が気早く十二月の路を照らし、都会の喧騒は放射冷却じみた温度で冷えていた。
布留川は自分の手に握りしめた刃渡り十二センチのダガーナイフのグリップを強く握った。実質、七年ぶりの殺しの仕事に戸惑わなかったと言えば嘘になる。――反して、この感覚は、七年間、忘れた事はなかった。一度壊れた常識は、もう二度と、その手を止める要因にはならなかった。踏み越えたボーダーラインのその先を、布留川は後悔や懺悔をする事はあっても、殺さないで見逃すという行動をとったことがなかった。それは布留川が抱えていたものが、大切な〝家族〟だと思っている初瀬総野の命や、自分の命がかかっていることにほかならない。壊れかけた常識と理性のなかで、唯一、守るべきものを間違えずに選択してきたつもりである。今更、辞める事は許されず、また、辞める事によって初瀬や自分の命が脅かされるのであれば、辞めるわけにはいかなった。
安物の雨合羽のフードを深くかぶる。返り血防止に着ている雨合羽は冬の寒さを簡単に突き通す。巌川零次から指示された殺しの標的の背を追いながら、犯行計画を確認する。池亀 拓を自殺に見せかけて殺害し、首謀者である岬清志郎へ遺書じみたメールを送るというもの。これで池亀の死体がバレたとしても、自殺に見せかけることができる。仮に、他殺だとバレたとしても、疑われるのは岬となる。出所してすぐに連絡を取っていたのは、情報問屋の調べによると高岬組の残党である女、数名と首謀者である岬だけだった。岬に関しては、初瀬がその死体を巧妙に処分すれば足がつかないと踏んでいる。無論、この計画がうまくいくかは賭けだった。すでに池亀や岬が警察官に復讐した後であれば、警察側は血眼になって池亀を探すだろう。それは池亀を始末した布留川にとって不利だった。なぜ巌川は岬に復讐相手である警察官の名簿を渡してしまったのか。ストレートに復讐させたくなければ偽の情報を掴ませといて、その隙に始末させればいいものの。布留川が自分がなにか厄介ごとの渦中に放り込まれた気しかしなかった。貰ったワインは計三本。懐かしい指示コードで印された文字列は、池亀と岬の始末。それから聞いた事もない名前の標的。三本目の名前に関する事柄は、情報問屋から買う事を視野に入れている。――今は、目の前の〝仕事〟に集中しよう。そう、心に据えて、布留川は暗い裏路地へと池亀を追うため、踏み込んでいった。
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