第206話 力の証明
緋彩の掌から凄まじい勢いで伸びた
植物の中には、根を張り芽を育む過程で固いコンクリートや地盤を穿つ力を持つものもある。
しかし、それは長い年月をかけて徐々に行われることであり、ここまでの速さはやはり異常である。
「しかし、よりによって『植物』を操るのか…………」
「『火』と『植物』…………ゲームなんかでも相性は悪いですよね」
「これゲームじゃねぇけどな。でも、実際相性は良くねぇだろ」
「確かに…………でも、そんなこと彼も承知してるはずですよ」
暁が呟くと同時に、蔓が完全に緋彩の手から離れ、地面の中に潜っていく。
そして、ゆっくりと右手を頭上に上げると、軽く開かれていた掌を強く握りしめた。
「なっ…………!?」
新妻が驚き、思わず言葉を発する。
緋彩の取った行動、それは先ほどの暁の言葉に反するものだったからだ。
緋彩の合図に合わせて、
蔓は地面を掘り進む間に大理石の柱と見紛うかの如く太く育ち、圧倒的な威圧感を発している。
しかし、それでも相手は草木など容易く焼き散らす『火』である。
相対する光景からは、蔓が炎上し灰となって落ちる姿しか想像できない。
そんな二人の懸念も余所に、緋彩は地面から生やした巨蔓で燃え盛る人形を押し潰した。
しかし、案の定すぐに蔓の下から大量の炎が吹き出し、見る見るうちに蔓を覆い始めた。
「おいっ! まずいぞ!! このままじゃ蔓が燃えて余計被害が拡大する!!」
新妻は立ち上がり、防火壁を飛び越えようと身を乗り出そうとするが、すぐにその動きは止まる。
自分を制止する暁の手と顔を新妻は交互に見やった。
「なんだよ!」
「まだ手を出さないでください。
「馬鹿っ! どう見てもヤバい状況だろうが!」
新妻が前方を指差す。
巨大な蔓は巨大な炎へと変わり、街中を更なる業火に包まんとしている。
誰の目から見ても、目の前の光景は芳しくない状況になっていた。
「そもそもポンプ車からの高圧噴射も一瞬で蒸発させるような相手だぞ! 草っ葉で敵うわけがなかったんだよ!」
「なら…………彼が、目の前の光景を見て慌てていないのは何故です? 僕たち以上に慌てるべき彼が」
「むっ…………」
暁の言葉に、新妻は緋彩の方を見る。
目の前で自分の操る蔓が燃え盛っているというのに、柔らかく笑みすら浮かべて涼しい顔をしている。
あまつさえ、こちらの視線に気づいて、笑みを深くし手を振ってくる始末である。
あまりの余裕綽々ぶりに、新妻も引き吊った笑みを返す。
「それに…………あの燃え方……何か不自然だ」
「不自然?」
「一見派手に燃えているように見えるけど、燃えカスがほとんど出て来ていない。ほら、焼け落ちたりしてる部分がないでしょ?」
「言われてみれば……確かに…………」
暁の言う通り、確かに派手に炎を上げているが、巨大蔓が燃え落ちる気配はない。
その様子を見て、緋彩は暁に向かって得意げな笑みを浮かべた。
「その通りですよ陛下。焼けているのは表面のだけ。中の芯まで火は達していない」
「なるほど……だから魔力で蔓をあんなに太く成長させたのか」
「どういうことだよ?」
一人納得する暁に、新妻が詰め寄る。
暁は頷いて、新妻に答えた。
「あの蔓の太さ。あれは質量で相手を押さえつけるためだけじゃない。蔓を太くして、表面に『炭化層』を作るためだったんです」
「たんかそう?」
「読んで字の如く、表面が一旦燃えて炭になってできる層のことです。炭化層は熱に強く、燃えにくい…………だから、ああやって押さえつけることができているというわけです」
「はぁ…………でもよ……それだけであの炎からただの蔓が燃えないなんて信じられんな」
「そりゃあ、『普通』の植物だったらあんな風にはいきませんよ。あの蔓が魔力を混ぜ込んだ血液で育った植物だからです。それも、よっぽど純度の高い魔力じゃない限り…………ね」
暁は、発火人の燃やした街路樹の残骸を横目で見る。
未だに炎を揺らめかせながら、幹の芯まで真っ黒な炭となってしまっているそれを見て、緋彩の魔力が如何に純度が高く強力かを思い知らされた。
魔力を帯びた植物といえど、デモニアの魔力が込められた炎に焼かれればひとたまりもない。
恐ろしく純度の高い魔力を備えた緋彩だからこそできる芸当だろう。
「さて…………よっと」
緋彩は右手首を軽く捻り、腕を高く上げる。
すると、燃え盛っていた蔓が、まるで天に昇る龍のように、表面の炎を払い飛ばしながら高く空へと伸びていく。
その頂には、蔓に体を拘束された全裸の男が人形のようにぶら下がっていた。
「あれは…………冴島か!?」
「軽く締め上げたので気を失ってはいますが、怪我はありませんよ。あとは、おまかせします」
そう言いながら、のんびりとした足取りで緋彩がこちらに歩み寄ってくる。
そして暁の前に立つと、最初と変わらぬ余裕な笑みを向けた。
「どうですか? これで、俺の実力の証明になりましたか?」
緋彩は、暁が何と答えるのか分かりきっている。
だが、あえて緋彩は自分から暁に尋ねた。
暁の逃げ場を無くすために。
「…………いや、十分です。
暁の答えを聞いて、緋彩は満足気な顔をする。
反面、暁は複雑な表情を浮かべるのだった。
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