第151話 それでも…………
「僕は……彼女を…………
「どういう意味だ? あの
「……はい。ですが、彼女をデモニアとして蘇生することを望んだのは僕です。周囲の反対を押し切って」
「…………」
クロウリーは固く沈黙を貫く。
死の迫った少女の『命』を、本人に断りもなく別の異形の存在に置き換える。
命を救うためとはいえ、軽々しく行えることではない。
例え生き延びたとして、人間とは異なる存在へと生まれ変わった少女の未来を考えると、周囲の大人が反対したのも頷ける。
そんなデリケートな問題に、幼い子供が、世間一般では倫理観など判然としないと思われている年齢であろう十代にも満たない子供が、一人で大多数の大人に楯突く。
そのような背景があったことが、暁の今の表情から見え隠れする。
そして、子供がたった一人で大人と決められた倫理観に反抗することが如何に困難かは想像に難くない。
「父からも、母からも言われました。『人として生まれた者が、人ならざる存在になることがどれだけ大変で、辛いことか』と。両親の傍で後天的にデモニアに目覚めた人が苦しい境遇におかれているのを幾つも見てきたし、望まれない結末を迎えたものも知っている。
「それでも…………お前は諦め切れなかった、と」
暁は頷き、クロウリーの言葉を肯定する。
「でも、誰よりも反対したのは源内先生でした」
「八重が……?」
「はい。それは、もう」
苦笑いを浮かべる暁を見て、クロウリーは自分が大きな誤解をしていたことに気づく。
「『お前は無責任に一人の女の子の命を弄ぼうとしているんだぞ!』とか、『あの
源内は――――八重は何も変わっていなかった。
源内の出生をよく知るクロウリーからしたら、源内がそう激しく怒るのも頷ける。
源内自身がそうだからだ。
自分が作られた命だからこそ、その辛さと恐怖を知るからこそ、似た境遇に陥ろうとしているふらんを見過ごせなかったし、自らの思いだけで、生きることを強要しようとしている(少なくとも、その時の源内にはそう見えたのだろう)暁に怒りを覚えたのだ。
あの、二人の道が違えたあの時。
その時の哀しみを、源内は忘れても乗り越えてもいなかった。
ずっと抱え込んでいたのだ。
たった一人になっても。
何百年も、たった一人で。
しかし、それ故に疑問だった。
「しかし、現にあの娘は人造人間になっているな。どうやって説得した?」
クロウリーは首を捻る。
うん百年という長きに渡る間、源内の心に深く突き刺さる刺を、暁がどうやって取り除いたのか。
長い刻を共にした自分でも出来なかったことを、幼い一人の子供がどうやって成し遂げたのか。
嫉妬心や僻みでもなく、純粋な好奇心でクロウリーは尋ねていた。
クロウリーのその問いかけに対し、暁の答えは何の変哲もない、至って単純なものだった。
「そりゃあ、頭を床につけて頼み倒しましたよ。源内先生が頷いてくれるまでずっとね。そうしたら、根負けしたのか渋々了承してくれました。周りの大人たちへの説得も込みで」
「えっ…………?」
暁の返答に、クロウリーは意外そうな声を漏らす。
(あれだけ人造人間の開発に否定的だった八重が根負け……? そんな馬鹿な)
「とにかく、先生は僕の我が儘を通してくれました。今、ふらんがデモニアとして生きているのは、半分は僕の我が儘でもあるんです。それが、僕のもう一つの『罪』です」
「そう…………か」
どこか釈然としないものを感じつつも、クロウリーは頷くしかなかった。
自分も言ったように、現にふらんは人造人間になっている。
それが事実だ。
何がきっかけかは分からないが、幼い暁の行動に何かしら源内の心を揺さぶる何かがあったのだろう。
それは、最早源内のみの知るところだ。
しかし…………。
「そんな罪を背負ってしまったが故かもしれません。僕は、誰よりも、本人よりも
「………………」
少なくとも源内が自分を曲げ、認めるくらいに暁を信頼していることはよく分かった。
そして、それはこの僅かな時間で見た暁のふらんやイヴに対する態度からも納得出来る。
あの時の
これほど他者の『命』に真摯に向き合う姿を見せられれば、源内が暁を認めたことにも、暁が怒りを顕にしたことにも納得するしかない。
「これなら、任せられるな」
「え? 何がですか?」
「実はな、我輩がお前を呼び出したのは他でもない。ちょっと頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと…………ですか?」
暁は訝しがりながら、首を傾げる。
そんな暁に対し、クロウリーは意味深な笑みを浮かべるばかりだった。
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