第152話 終わり良ければ…………?

「それでは……イヴちゃんの灰魔館入居を祝して…………乾杯!」


 暁は乾杯の音頭と共に、なみなみとジュースが注がれたコップを高く上げる。

 その言葉に、食堂に集った面々も合わせてコップを高く掲げた。

 クロウリーが暁に頼んだこと…………それはイヴをこの灰魔館に預けることだった。

 突然かつ何の脈絡もない申し出に、暁も最初は戸惑いを隠せなかった。

 しかし、クロウリーの「他者との繋がりの中でイヴの成長を促したい」との言葉を聞き、イヴにとってプラスになるならと、快く引き受けたのだった。


「乾杯って…………急なんだよいつも」


「そーそー。いきなりでビックリだよね」


「ちょっと慌てちゃうよね」


「の、割りにはお前ら嬉々として準備してたよな。やけに手際もいいし。俺の歓迎会の時もそうだったけど」


「「「うっ…………」」」


 急ごしらえとは思えないほど豪勢に飾られた装飾の数々を見て、メルは呆れたように呟く。

 灰魔館の古参メンバーは基本的にお祝い事好きだった。


「まぁまぁ。何にせよおめでたいことには変わりないだろ? 新しい仲間が増えるんだからさ」


「自分は居ても良かったんですかね……? 灰魔館ここの住人ではないんですけど……」


「それを言えば、ボクもそうですよ」


 今日、偶然その場に居合わせた澪夢と、源内に言われ留守番から駆けつけたカイルが居心地悪そうに顔を見合わせる。

 自分たちは場違いなのではないかと不安がる二人に、手をパタパタ振りながら暁は笑いかけた。


「いーのいーの! お祝い事ってのは大勢でやった方が楽しいからね!! というわけで! 余興トップバッターに手品しますっ!!」


「おおー」


 どこから取り出したのか、大きなシルクハットと派手な蝶ネクタイを身につけた暁が前に出ると、いまいち意味が分かっていないであろうイヴが歓声(?)を上げる。

 他の者も、仕方なくという感じで拍手だけを送っていた。

 それは端の方で一人煙草の煙をくゆらせていたクロウリーも同様だったが、紫煙を掻き分けて近づいてきた人影に、クロウリーの拍手をする手が止まる。


「相変わらず煙草が似合わないな」


「ほっとけ」


 持参したお気に入りの芋焼酎を片手に、源内がクロウリーの横に座る。

 クロウリーは何を言うでもなく、変わらず煙草を吹かしていた。


「一体なんのつもりだ? 自分の人造人間を預けるなんて」


「別に……イヴは自ら成長する人造人間だ。それは、身体的なものだけでなく心理的なものも含めてだ。我輩と二人きりで過ごすより、大勢の中で生活した方が成長効率がいいと思っただけさ。みたいに」


「へぇ、それは誰のことだろうな?」


「さぁね」


 含みのある言い回しをするクロウリーの前に、源内は氷の入ったコップを差し出す。

 クロウリーは源内から差し出されたコップをしばらく見つめると、黙ってそれを受け取った。

 源内はそれを見てニヤリと口角を吊り上げると、何も言わずにコップに焼酎を注いだ。

 そして、今度は自分のコップに焼酎を注ぎ、クロウリーの持つコップに軽く当てる。

 焼酎の注がれたコップの中で、氷が小気味のいい音を立てて揺れた。


「よく分からんな…………」


「何がだ?」


「お前は変わってしまったようで、何も変わっていないようにも見える。実に不可思議だ」


「何故、そう思う?」


 クロウリーは煙草を灰皿に押しつけると、視線を他方に向ける。

 源内がその視線の先を追うと、そこには楽しそうに笑うふらんの姿があった。


「お前は魔王の小僧に請われてあの娘を人造人間にしたんだってな。何故だ? あれだけ人造人間を造ることに否定的だったお前が…………あの小僧は一体どんな手段を使ったんだ?」


「暁に聞いたんだな…………。何、別に何か特別なことをしてもらったわけじゃない。ただ、アイツが本当に必死に頭を下げるからさ」


「本当にそれだけか?」


 クロウリーが詰め寄るように源内を見る。

 あまりに真剣な顔で問い詰めてくるクロウリーに、源内は思わず吹き出した。


「本当に何もないよ。ただ……必死な暁の目が似てたからさ」


「似てた?」


 クロウリーは眉をひそめ、首を傾げる。

 そんなクロウリーに、源内は含みのある笑みを浮かべた。


「先生たちを失って、悲嘆にくれる私を元気づけるのに必死になってたの目にさ」


「…………誰のことだろうな」


「さぁね」


 クロウリーは何かを誤魔化すように、注がれた焼酎を一気に飲み干す。

 コップの中に入れられていた大きめの氷は、いつの間にか溶けて小さくなっていた。

 焼酎を飲み干したクロウリーは、虚空を見つめしばらく考え込むと、おもむろに口を開いた。


「なぁ…………」


「ん?」


「実はイヴをあの小僧に預けるのにはもう一つ理由があるんだ」


「もう一つ?」


「いや…………正確にはそれもイヴの成長を促すという意味では同じなんだろうけど……その大きな『きっかけ』とでも言えばいいかな?」


「要領を得ないな。どういう意味だ?」


「それが……」


「「「あああああああああああ!!!」」」


「えっ!?」


 突然、部屋中に響き渡った悲鳴に源内は驚く。

 そして、慌てて悲鳴のする方を見ると、そこには前に立つ暁とイヴを囲んで、口を大きく開けて驚く少女たちがいた。

 彼女たちの中心にいる暁とイヴは、お互いに顔を突き合わせ固まっている。

 二人の間に、距離は殆どない。

 というか、くっついていた。

 唇と唇が。


「なっ…………ななななな」


「おおー…………」


 ふらんがワナワナと震えながら口をパクパクさせる。

 神無は物珍しそうに二人を交互に見やっていた。


「ああー! ああああー!!」


「ちょ…………落ち着けって……! お前らも止めろ!! 人前ではしたない!!」


 顔を真っ赤にして大声で叫ぶ澪夢に、それを宥めつつ二人を嗜めるメル。

 歓迎会はいつの間にか騒然とした雰囲気になっていた。

 暁は固まっていた。

 何故なら、急にイヴに唇を奪われたからだ。

 イヴがゆっくり唇を離すと、暁はようやく我に帰った。


「い…………イヴちゃん? 急に何を…………?」


 暁に問われたイヴは、相変わらず無表情のまま淡々と答えた。


「お前と『したい』と思ったからだ。出来れば、もっとたくさんしたい気持ちだ。ダメか?」


「いや…………あの……それは…………」


「「ダメ!! 絶対ダメ!!!」」


 暁が答える前に、ふらんと澪夢が二人を引き離す。

 イヴは尚も暁に寄り添おうとするが、ふらんと澪夢はそれを必死にくい止めていた。

 そんな騒がしい様子を見ていた源内が、納得したようにクロウリーを見た。


「ああー…………つまりは、ああいうこと?」


「我輩も治療をした時に聞いて驚いたよ。よくよく考えれば、異性に優しくされるというのが初めてだったからな。ま、『恋は女を育てる』って言うし、丁度いいだろ」


 あっけらかんと話すクロウリーだったが、その表情はどこか娘の成長を喜ぶ母親のように嬉しそうだった。

 嬉しそうなクロウリーとは逆に、女の子に囲まれ、珍しくしどろもどろになっている暁を見て、源内は「またこれから大変になるな」と、暁に対して同情を禁じ得なかった。



 《第十一章 完》

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