第150話 夜風の中で
イヴの治療を終え、クロウリーが部屋を出ると、廊下には暁たちが待ち構えていた。
退室してからも、ずっと待っていたのだろう。
自業自得とはいえ、自らの信用のなさに呆れてしまう。
「クロウリーさん…………」
「…………今はスリープモードに入って自己修復に専念している。後四時間ほどで目を覚ますだろうが、しばらくここで安静にさせてもらう」
「それは構いませんが…………」
「それと…………」
クロウリーは自分に歩み寄って来た暁の顔を見る。
自分が言うのも何だが、見れば見るほどまだまだ幼さの残る顔立ちをしている。
こんなあまりに若く、青臭さの残る魔王に自分は気圧されたのかと思うと、クロウリーは今でも不思議で仕方なかった。
ともかく、それは置いておいて…………と、クロウリーは一人心の中で呟き、気を取り直す。
そして、首を傾げる暁に対し、一つ咳払いをすると、改めて向き直った。
「少し話がある。ちょっと付き合ってもらおうか?」
「え……僕…………ですか?」
一瞬、驚いたように目を丸くした暁だったが、すぐに横目で源内と視線を合わせる。
暁と視線の合った源内が無言で頷くと、それを確認した暁もクロウリーに無言で頷き返した。
※
「さっきは…………申し訳ありませんでした」
二人が日の沈んだ中庭に出てすぐに、暁がクロウリーに向かって深く頭を下げる。
急に謝辞を述べる暁に、クロウリーは目をぱちくりさせた。
「なっ…………なんだ急に?」
「僕は……冷静さを失って貴女に失礼なことを言いました………自分のことは棚に上げて…………本当にすいませんでした」
「ああー………………」
クロウリーは困ったように頬を掻く。
よくよく考えれば、ゴタゴタのあった者同士が二人っきりになるというのはこの上なく気まずいものだ。
その上、暁の側からしたら怒鳴りつけた相手から直々に呼び出されたのである。
その場合、好戦的に構えるか、今の暁のように非礼を詫びるかのどちらかしかない。
(二人っきりは軽率だったか…………)
勿論、クロウリーも文句を言うためや謝罪を求めるために呼び出したわけではない。
寧ろ、こちらが謝罪と礼の一つでも述べなくてはと思っていたのだが…………。
そんな隙もなく即座の謝罪に、謝られたクロウリーの方が困ってしまった。
「止めてくれ。我輩は別にそんなつもりで呼び出したわけじゃない」
「しかし…………無礼を働いたのは事実です」
「さっきのことに関して我輩は何とも思っちゃいない。寧ろ感謝している。おかげで大切なことに気づくことが出来たからな」
「そんな…………」
「それに、我輩は『魔王』に頭を下げさせるほど愚か者ではないよ」
「…………」
「加えて、お前が怒った理由もだいたい察しがつく。イヴのためも勿論あったのだろうが…………それより大きい理由は……あの
「…………はい」
神妙な顔で頷く暁を見て、クロウリーは自分の予想に確信を得る。
暁がふらんに抱いている感情は、王が臣下に対して向けるそれとは一線を画していることは、クロウリーにも容易に想像がついた。
しかも、この一見温和そうな少年が感情を顕にするほど大切に思っている存在である。
二人の関係が浅からぬことは明白だった。
「ふらんは……彼女は大切な僕の幼なじみです。そして、僕は彼女に対して『罪』を背負っている。とても……とても重い『罪』を」
「『罪』…………?」
「彼女は元々普通の人間でした。ですが、小さい頃家族共々惨殺され、一度人として『死』を迎えています」
「なるほど……あの娘は
「彼女とその家族が狙われたのは……彼女が僕と……魔王の息子と関係を持っていたからです。それが、反デモニア過激派連中に知られ、粛清の対象になってしまった」
「つまり、あの娘はお前と関わらなければ死を迎えることはなかったと…………?」
「そうです。直接的ではないにしろ、僕は彼女を死に追いやる遠因となってしまった」
「それが…………お前の『罪』か…………」
暁の話を聞いていて、クロウリーは「そんなことはないだろう」と言いそうになったが、その言葉を喉元で止めて飲み込んだ。
話を聞く限り、暁には何の非もない。
しかも、当時は暁自身も今より幼い子供だっただろう。
そんな子供がただ一人の女の子と仲良くしただけでそれが何の『罪』になろうか。
しかし、現実は暁との出会いがふらんにとって大きな悲劇の引き金となった。
暁がふらんと関わりを持たなければ、彼女がそんな悲劇に見舞われることもなかっただろう。
それは事実だ。
そのことを暁は一番理解している。
それは、悲劇の起こった幼い頃から…………。
だからこそ、クロウリーには言えなかった。
軽々しい擁護は暁に対して何の意味もないこと、寧ろ傷口を抉る行為に他ならないと察したからだ。
「そして……それだけじゃないんです。僕の、彼女に対する『罪』は…………」
「何だと?」
クロウリーは眉をひそめる。
遠くで夏虫の鳴き声が響く中、自らが抱えるものの重さを顕しているかのような重い口を、暁は開いた。
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