第145話 終着
「もう止めるんだ! それ以上は君の体が持たない! 端から見ている僕でも分かるんだ! 人造人間である君なら自分のダメージくらい把握出来ているはずだろう!!」
「…………っ……」
何度倒れても、何度も立ち上がろうとするイヴに向かって、暁は叫ぶ。
人工皮膚で被われた腹部には、内出血による腫れや裂傷などの外傷は見られない。
しかし、ダメージが足にまできているということは、外見に顕れていないというだけで、体内部ではかなり大きなダメージを負っていることが分かる。
イヴの呼吸が徐々に荒くなっているのも、痛みが増してきている証拠だろう。
それはつまり、痛覚遮断を行っていないということだ。
何らかの事情があって使用出来ないのか、または元々機能として備わっていないのかは分からないが、今イヴが耐え難い痛みに苛まれていることだけは確かだった。
「イヴさんもう止めましょう! お願いですクロウリーさんも止めてください!!」
「五月蝿いと言っている! 我輩のイヴはお前とは違う! 例え如何なるダメージを負っていようと、我輩の命令は確実に遂行する!! この程度のこと…………そうだろうイヴ!?」
「…………」
ふらんの悲痛な呼び掛けにも、クロウリーの問いかけにもイヴは言葉を返さない。
イヴはただ、無言で下された命令を遂行しようとするだけだった。
しかし、やはり体の方は限界が近いのか、途中まで起こされた体は、突然糸が切れた人形のように地面に倒れる。
前のめりに倒れたためか、顔面から地面に落ちた衝撃で身に付けていたゴーグルが外れ、前方に転がる。
それでもイヴは、地面を舐めるように顔を上げると、今度は這った姿勢で前にと進み出す。
その進む先には、ボールが一つ転がっていた。
「イヴちゃん…………」
「いやっ…………!」
苦々しい表情を浮かべる暁の傍らで、ふらんは思わず目を背ける。
立ち上がることが不可能であると判断したイヴは、土で体を汚しながら地面を這うことを選択した。
あまりに愚直であり、無様ともいえる姿を晒すイヴを、二人は見ていられなかった。
そして、『見ていられない』という感情を抱いたのはクロウリーも同様だった。
しかし、彼女の場合、その感情の権現は二人とは異なるものだった。
彼女が見ていたのは、自分の命令に愚かなまでに忠実な自らの最高傑作ではなく、ドローンのカメラから見ているであろう一人の女の陽炎だった。
「何をふざけているんだっ!! 我輩の……我輩の最高傑作である『
「なっ……!?」
あまりに無情で、自分勝手な物言いをするクロウリーに、暁は言葉を失う。
怒鳴り散らすクロウリーの表情には、最早理知は感じられない。
このままヒートアップすれば、取り返しのつかないことになることは明白だった。
しかし、クロウリーは止まらない。
ますます感情を昂らせた彼女は、さらに声を張り上げた。
「いい加減にしろっ! もし、それ以上無様な姿を晒すなら、貴様など…………」
「もういいっ!!」
クロウリーの言葉を遮り、暁の声が林に響き渡る。
その先の言葉をふらんとイヴに聞かせてはいけない、クロウリーに言わせてはいけないと、あらん限りの声を出した。
その声に、クロウリーは当然、イヴも、ふらんさえも驚いた顔をする。
クロウリーとイヴの二人は暁のあまりの大声に驚いただけだが、ふらんだけは違った。
彼女だけは、別の意味で驚いていた。
普段は温厚で、どこか飄々としている暁が、こんなにも声を荒げることは非常に珍しかったからだ。
しかも、明らかに怒気を孕んだ声色に、ふらんは思わず暁の傍から少し離れる。
暁の方はというと、身に付けていた手袋を外し、地面に投げ捨てると、そのまま倒れるイヴの元に駆け寄る。
そして、土まみれになったイヴを抱き起こすと、肩に腕を乗せさせ、膝裏に手を回し背負い上げた。
「暁ちゃん!?」
「貴様っ…………!」
「…………何を…………!?」
三人が共に驚いた顔をして暁を見る。
暁は眉間に皺を寄せ、憮然とした、そしてどこか悲しそうな表情でクロウリーを見た。
「もう、終わりです。この試合はここまでにさせてもらいます」
「何だと!? 何を勝手なことを…………!!」
「最初に約束したはずですよ。この試合の条件として『危険がないように』と。今、彼女の怪我は危険なレベルに達しています。よって、この試合はここまでだと言っているんです」
「ふざけるな!!」
納得のいかないクロウリーは叫びながら、その小さな手で暁の襟を掴む。
しかし、暁は少しも表情を崩さず、変わらず憮然とした顔でクロウリーを見つめた。
「そんなことで…………我輩は納得しないぞ!!」
「別に…………貴女が納得しなくても構いません。納得しようがしまいが、終わりは終わりです」
暁はそういうと、自分の首に巻かれた首輪に指をかける。
ボールが当たったことに反応して全身を痺れさせる仕掛けが施された機器なのだが、暁はその首輪に指先から満身の力を込める。
首輪はミシミシと音を立て、外殻の強化プラスチックから中身の機械ごと砕け散り、地面に残骸を落とした。
「な…………!?」
クロウリーも、まさか人間が素手で強化プラスチックを砕くとは思いもせず、言葉を失う。
暁はクロウリーの襟を掴む力が緩まったことを確認すると、そのままその手を払った。
「冷静になってください……。偉大なる『アレイスター・クロウリー』とあろう者が
「っ…………!」
「
そう、クロウリーに告げ終えた暁はイヴを背負って屋敷の方に歩き出す。
クロウリーは何も言い返せなかった。
暁の言葉に対してもそうだが、それ以上に暁の自分に向ける表情を見たためだ。
荒い語気とは裏腹に、暁の表情に怒りや侮蔑の色はなく、ただただ悲しげなものだった。
その哀痛に満ちた表情に、クロウリーは言葉を詰まらせるしかなかった。
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