第137話 仲違いの理由
「目標の残存を確認。目標との距離、角度を再計算する……ます」
「いいぞ。今度は五センチ外して足元を狙え」
「了解」
「ふっふっふ…………今頃ヤツら面食らっていることだろうな。どこにいるかも分からない我輩たちからのいきなりの攻撃に」
クロウリーは得意気に眼鏡を上げる。
眼鏡の奥で自信に満ち溢れた青色の瞳が輝いていた。
一球目、クロウリーはイヴにわざとボールを外させた。
しかも、狙ったのはふらんの頭上より五センチ高くと注文をつけてだ。
そして、イヴはそこを正確に射ぬいた。
狙おうと思えば、ふらんの頭どころか体、手、足、指先に至るまで正確に狙うことが出来る。
無論、それは『王様』である暁であっても同様だ。
クロウリーは勝とうと思えば、最初の一撃で勝つことが出来たのだ。
しかし、クロウリーはそうしなかった。
もし、最初の一撃で勝ってしまえば、源内に見せつけることが出来ないからだ。
イヴの、自分の作ったものの力を。
源内に対する対抗意識と、錬金術師・研究者としてのプライドが安易な勝利を拒んだのだ。
(見たか八重! これが我輩の『
クロウリーは、上空にあるドローンに視線を送る。
正確には、そのドローンに取りつけられたカメラからこちらを見ているであろう源内に向かってだ。
このドローンは中継を目的に源内が用意したものなのだが、源内の方もカメラを通してクロウリーから向けられる視線に気づいていた。
※
「すっげぇカメラを睨んでるな、この人」
「ねぇ」
カメラからの映像を見て、本部テントにいる全員がクロウリーの視線に異様さを感じていた。
怒りにも似た、ともすれば憎しみとも受け取れる強い感情の込められた視線に、ただ一人を除いた全員が疑問を抱いていた。
『何がクロウリーにここまでの感情を抱かせたのか』という疑問を。
当然、その答えを知っているであろう
「なんだいみんなして私を見て…………」
「いや、先生あの人と知り合いなんですよね? どういう関係なんですか?」
「なんかかなり恨まれてる感じだよね」
神無の言葉に、全員が頷く。
源内は何のこともない様子で、鼻先を掻いた。
「そうだねぇ…………一言で言っちゃえば、昔の研究仲間なんだけど…………」
「にしては相当恨まれてるみたいですけど…………」
「まぁ、ひどい喧嘩別れしちゃったからなぁ……」
「そもそも何者なんですか? クロウリーさんって」
「アイツは……エルザは錬金術師さ」
「錬金術師? あの石とかを黄金に変えるとかいう?」
「ま、端的に言えばね」
錬金術師と呼ばれる者たちは、化学の力を用いて卑金属を黄金へと、魂無き無機物を、魂の宿った有機物へと…………。
あらゆるものを別の存在へと変換、昇華する『錬金術』を専門とする者たちである。
『未知なる化学は魔法と同義である』を実践する者たちであり、優れた錬金術師は『魔術師』とも呼ばれ恐れ敬われたという。
「アイツの先代…………初代『アレイスター・クロウリー』はそれは優れた錬金術師だった。それこそ『神に等しい存在』と呼ばれるほどね。そして、エルザ自身もその才能を確実に受け継いでいる。あのイヴとかいう人造人間を見れば分かるようにな」
「なるほど…………しかし、なんでそんなすごい人と先生に繋がりが?」
「繋がりがあったのは初代『平賀源内』の頃からだ。初代クロウリーが世界中を旅していた時に日本で出会い、意気投合したらしい」
「初代の頃…………ということは三百年も前からの付き合いってことですか?」
姫乃の言葉に、源内は頷き肯定した。
現在の『平賀源内』は三代目にあたる。
彼女は、初代『平賀源内』とその弟子である二代目『平賀源内』の手によって生み出された。
その人造人間の錬成理論を二人に伝えたのが、初代『アレイスター・クロウリー』である。
三代目『平賀源内』にとって、初代『アレイスター・クロウリー』はもう一人の生みの親と言えた。
そんな初代『アレイスター・クロウリー』の娘こそ、二代目を名乗る『エルザ・クロウリー』だった。
「『人造人間』として……異端の存在としてこの世に生を受けた私にとって、エルザは唯一の友であり、姉妹のような存在だった。私は人造人間として寿命が人間よりも遥かに長い。それ故、初代、二代目が私を残して次々この世を去っていった。そんな中で、エルザだけが…………ずっと傍にいてくれたんだ。僅かに残ったエリクシアを使ってまで」
「エリクシア?」
「初代『アレイスター・クロウリー』が生み出した不老の霊薬だ。既に調合材料もなくなり、レシピも失われてしまったがな」
「そんな貴重なものを使ってまで…………」
「それ以上に、彼女は半永久の時間という絶望の中に身を投じてまで、私の傍にいてくれることを選択した。そのことがどれだけ私の救いとなったか…………」
懐かしむような、穏やかな口調で源内はクロウリーとのことを語り続ける。
そして、その言葉の端々から、どれほどクロウリーに恩義を感じているか、それが他の四人にはよく分かった。
だが、それが分かったが故に、やはり腑に落ちない点がある。
それは、先程から明確に向けられるクロウリーの源内に対する敵意だ。
それほど親密な仲だったにも関わらず、ここまで憎しみを抱くほどの喧嘩別れということは、それだけ大きな理由があるに違いない。
そのため、全員が源内にその理由を尋ねることを躊躇してしまっていた。
神無を除いては。
「じゃあ、そんなに仲が良かったのになんでケンカしちゃったの?」
「こっ…………こら神無! そんなこと聞いちゃ…………!!」
「えぇー? なんでぇー?」
「構わないよ。ただの研究思想の違いだからさ」
「研究思想の違い?」
源内は難しそうな顔をしてパイプ椅子に深く背もたれる。
眉間には、今もその時のことに納得していないのであろうことを証明する皺が深く刻まれていた。
「いやね、先代のように今度は私たちで新しい『人造人間』を作ろうってことになってさ。私はツルペタ幼女体型がいいって言ったのに、アイツはバインバインの長身ナイスバディーがいいって言うんだ。まったく信じられないよね」
「「「「………………はい?」」」」
源内以外、全員がポカーンとした顔をする。
みんな、自分が聞き間違えたのかと首を傾げた。
全員の呆けた様子に、源内はキョトンとした顔をする。
「あれ? どうしたのみんな? そんなに固まって」
「いや…………先生……まさか…………喧嘩別れした理由って…………それだけ?」
「『それだけ』なんてとんでもない! 重要かつ大きな理由だよ!!? ツルペタ幼女体型こそ、神聖かつ洗練された高貴な姿!! それを蔑ろにして体のあちこちが出っ張った姿にするなんて許されざるわ!!」
源内が身を乗り出し、拳を強く握る。
そんな源内の姿を見て、全員の体からヘナヘナと力が抜け、地面にへたりこんでしまった。
そんなみんなの様子を見て、源内は不思議そうに何度も首を傾げるのだった。
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