第138話 遠距離戦

「ふらんこっちだ!」


「うっ……うん!!」


 暁とふらんはとにかく林の中を走り続ける。

 どこにいるか分からないクロウリーとイヴの二人からの攻撃は続いていた。


「……来た!」


 狙いすましたかのように暁とふらんの間を弾丸のようなボールが通過し、地面を跳ねる。

 地面にはボールが跳ねた痕が深く刻まれていた。

 このようなどこから飛んでくるか分からないボール攻撃が、先程から何度も二人を襲っていた。

 今、二人に出来ることはクロウリーとイヴの二人を探しつつ、狙いを絞らせないために動き回ることだけである。

 完全に防戦一方の様相を呈していた。


「ふらん!」


「南西の方向! 弾速から距離は…………三百四十六.二メートル!」


 暁は、すぐにふらんの計算した方向を見る。

 しかし、その先は生い茂った木々や草葉によって遮られ、判然としない視界が広がるばかりで、二人の姿は影も形もなかった。


(姿を隠しつつ、移動する僕らを追って来てる…………この不明瞭な視界の中、離れたところから確実に…………あっちは完全に僕らの位置を把握してるな)


 暁は地面に刻まれたボールの痕を見る。

 抉られた地面の深さから、相手を仕留めるのに申し分のない威力であることがよく分かる。

 しかし、相手の狙いに暁は違和感を感じていた。

 最初のボールも、さっきのボールも、かのような弾道だった。

 クロウリーがイヴの性能を源内に見せつけるためにわざとギリギリの狙いで外しているのだが、暁もそのことに薄々勘づき始めていた。


(まったく……つくづくプライドが高い人だ)


「暁ちゃん」


「ん?」


 暁が考えを巡らせていると、ふらんが暁の服の裾を引っ張る。

 落ち着かない様子で、周囲を見回し、いつ飛んでくるか分からないボールを警戒しているようだった。


「早く移動しないと……またいつボールが飛んでくるか…………」


「一分三十二秒」


「へ?」


「ボールが飛んでくる間隔だよ。今まで飛んできたボールは全部で六球。その全てがきっかり一分三十二秒ごとの間隔で飛んできてる。だから、あっちが僕らに狙いをつけるのにそれだけの時間が確実にかかってるってわけだ」


「暁ちゃん……逃げながら数えてたの?」


「うん。だからしばらくは大丈夫」


(そして……今はむしろ動かない方が得策かも…………)


 相手が今は当てるつもりがないのならば、無理に動く必要はない。

 今、最も大事なのは、相手がどうやって自分たちの位置を正確に把握しているのかを暴くこと。

 暁が真っ先に考えたのは、クロウリーから提供された装備だった。

 この変則サバイバルドッジボールをするにあたって、使われているボールには特殊な仕掛けが施されている。

 それは、四人が身につけた首輪から発生している微力な電磁波に反応して弾かれるという仕掛けだ。

 電磁波は皮膚からコンマ一ミリ以下の厚さで張られている。

 そのため、ボールが当たった際に多少の衝撃はあるが、大幅にボールからの衝撃を緩和してくれる。

『危険がないように』と提案した暁の意図を汲んでの仕掛けだ。

 その代わり、ボールが当たった場合、電磁波によって体の筋肉を麻痺させ、動けなくなってしまう。

 離れた場所で当たっても、言い逃れ出来ないようにするためだ。

 しかし、腕に着けた手袋だけはその電磁波を遮断することができる。

 そのため、投げることとキャッチすることだけは問題なく行うことが出来るのだ(投げるのはともかく、弾丸のような速さのボールをキャッチ出来るかは別だが)。

 一応このドッジボールを成立させるために必要な装備なのだが、その装備の出所は他でもない。

 このドッジボールを提案したクロウリーからである。

 暁は、身につけた首輪を指先でなぞる。


(この首輪、もしくは手袋に発信器…………ないしはそれに準ずるものがつけられていて、そこから位置情報を割り出してる…………か)


 暁はそう考えたが、すぐにその考えを頭の中で自ら否定する。

 自ら提供した装備に仕掛けを施す…………プライドが高く、並外れた才能を持つクロウリーがしたとしては、あまりにで単純でリスクの高いやり方だ。


(あの人は自分の才能と、その才能が作り出したモノイヴに絶対の自信を持ってる。あとからセコセコと手を回すなんて考え難い)


「時間だ。ふらん、僕から離れないで、そして…………絶対に動かないで」


「え…………う、うん」


 ふらんはピッタリと暁の傍に寄る。

 それからすぐのことだった。

 ふらんの頬ギリギリを再びボールが通過していく。

 木々に跳ね返りながら、彼方へと飛んでいく。

 その弾道を見て、暁は自分の予想が間違っていないことを確信した。


(まだ、あちらは僕たちに当てるつもりはない。恐らくは、僕たちが何かモーションを起こしたら、当てにくるに違いない…………引き金トリガーに指のかかった銃を突きつけられてる気分だ…………)


 下手に動けば、一瞬で勝負がつく。

 相手の驕りに生かされている状況に、暁は歯痒さを覚えた。

 時間は十分にあるわけではない。

 しかし、早急に何か手を打たなくては、敗北は時間の問題だった。


(高性能の赤外線スコープを使って…………いや、こんな木がたくさんある場所じゃいくら高性能でも意味ない…………くそっ……! 透視機能か……? だったらお手上げだぞ…………)


 暁が必死に考えを巡らせている最中、ふらんは自分の頬を通り過ぎたボールを見て、ポツリと呟く。

 それは、どこからともなく飛んできたボールに対し、本当に驚いため、こぼれた呟きだった。


「すごい…………まるでどこかから私たちを見てるみたい」


「ああ、一体どうやって見てるのか…………」


 ふらんの呟きに答えていた暁は、何かにはたと気づく。

 突然黙り込んだ暁の顔を、ふらんは不思議そうに覗き込んだ。


「暁ちゃん……?」


「ありがとう、ふらん。そうか…………二人は見てたんだ。実際に」


「え?」


「ふらん。今から僕が言うことには一切反応しないで、知らんぷりして聞いてくれ。絶対に」


「そ、それってどういうこと…………?」


 戸惑うふらんに、暁は表情を変えず、視線を変えず、ふらんにしか聞こえないほどの小声と、最小限の口の動きで答えた。


「『反撃する』ってことさ」

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