第136話 ドッジボール?
『よし……暁、そっちの準備は出来たか?』
「あー…………一応出来ました」
インカムから聞こえる源内からの確認の言葉に、暁は気の抜けた返事を返す。
クロウリーが提案した『ドッジボール』がいよいよ行われようとしていた。
暁がいるのは先程までいた広場の周りに鬱蒼と繁る灰魔館裏の林なのだが、今はその周囲にムクロによる結界が半径二百メートルに張られている。
結界の張られた林の中には、暁とふらん、クロウリーとイヴの四人だけがいた。
クロウリーの提案した『ドッジボール』はこの半径二百メートルの結界内で行われる。
その結界の張られた林の中に、暁とふらんのペア、クロウリーとイヴのペアが離れて待機していた。
そして、『ドッジボール』に欠かせないボールはというと、林の中の各所に散らばって配置されている。
クロウリーの提案した『ドッジボール』は、林の中で互いに相手を探し出し、配置されたボールを使って相手を倒す、サバイバルゲームの要素を合わせたようなものだった。
「しかし、何で僕が出る羽目になるかね…………普通は先生が出るべきでしょ」
『私は持病の『慢性的
「まだはっきりと『面倒くさい』って言ってもらった方が納得しますよ」
「じゃ、三分後に開始の合図を出すから、それまで待機しててくれ」
暁のボヤキに返答を返さぬまま、開始の合図の確認だけ行うと一方的にインカムの通信が切れる。
暁は内心で「逃げたな……」と呟いた。
「さて、とりあえず開始までのんびりしとくか」
「ねぇ、暁ちゃん」
「んー?」
「何でわざわざ『王様ルール』なんて提案したの?」
ふらんは不思議そうに首を傾げた。
『王様ルール』とは、この『ドッジボール』のルールを聞いた際に暁がクロウリーに追加するように提案したルールだ。
この『王様ルール』とは、互いのペアのうち片方を『王様』として、その『王様』にボールに当てた瞬間に勝ちが決定するというルールである。
その『王様』役を、こちらは暁が。
あちらはクロウリーがするということで話が纏まった。
「わざわざ『王様』なんて決めなくても、私とイヴさんが一対一でやれば良かったんじゃ…………」
ふらんの意見は最もである。
そもそもこの『ドッジボール』自体が、ふらんとイヴのどちらの
ならば、一対一の方が都合がいいはずである。
そんなふらんの疑問に、暁は首を横に振った。
「『王様ルール』を提案したのは、僕がふらんに申し訳ないなと思ったからだよ。姫ちゃんにも言われたけど、こんなことになったのは、元はといえば僕と源内先生のせいなわけだし、ふらん一人に押しつけるのはあんまりだなって思ってさ」
「でも暁ちゃん、『王様』役は源内先生に押しつけようとしてたような…………?」
「さ、気を引き締めて! もうすぐ始まるよ!!」
「あ、誤魔化した」
暁はわざとらしく屈伸をしたり、腰を回したりした。
そんな大袈裟な準備体操をする暁を見て、ふらんは可笑しそうに笑った。
「ま、それは理由の半分として、本当はこの『ドッジボール』のルール自体に違和感を感じてね」
「違和感?」
「ああ。本来ドッジボールって決められた長方形の枠の中で行うものでしょ? それを何故わざわざ半径二百メートルのだだっ広い範囲で、結界まで張ってやるのか。しかも、遮蔽物の多い林の中でだよ? 変じゃないか?」
「言われてみれば…………」
「だからまず考えられることは二つ、『単純にこの条件がイヴちゃんにとって有利である』か『ドッジボールをするのにある意味悪条件の中でも、イヴちゃんには関係ないほどの性能を有していることを証明したい』かってこと。プライドの高そうなクロウリーさんのことだから、十中八九後者の比重が大きいのだろうけどね」
「はぁ…………」
「そう思って、確認のためにこの『王様ルール』を提案したんだ。クロウリーさんの反応が見たくてね。そうしたら、案の定クロウリーさんは一切反対をしなかった。自分が矢面に立つことになるにも関わらずだ。だから、僕も確信したんだ。相当イヴちゃんの性能に自信があるんだろう、何か秘策があるんだろうってね」
「それじゃあ…………」
「もうすぐ始まる……恐らく、攻撃はすぐにくるよ。開始の合図と同時にね」
暁がそう告げると、突然けたたましい鐘の音が林に鳴り響く。
『ドッジボール』の開始を告げる合図だ。
その鐘の音に混じって、暁とふらんの二人の耳に風を貫き、林の枝葉を弾く音が近づいてくるのが聞こえた。
「暁ちゃんこの音!?」
「ふらん! 伏せろ!!」
「えっ!?」
暁はふらんに飛びつき、地面に押し倒す。
その二人の上スレスレを、弾丸のような黄色のボールが通過し、近くの木の幹にぶつかった。
ボールは木の幹にぶつかった後もしばらく回転を続ける。
回転がおさまる頃には、ボールは幹に深々と突き刺さり、抜け落ちることはなかった。
暁は頬を引きつらせながら、ボールが通ってきたであろう弾道の痕を見る。
不自然に丸く削り取られ抉れた木々や蹴散らされた枝葉が、さっきのボールの破壊力を雄弁に語っていた。
「なるほど……これがあの自信の理由か。納得だね」
暁もある程度のことは予想していた。
狙いの正確な遠投、凄まじい破壊力のボール。
確かにそれらを予想はしていたが、実際に飛んできたボールはその予想を遥かに上回っていた。
自分の予想以上のことに、暁は背筋を流れる冷たい汗を感じながら、苦笑いを浮かべるしかなかった。
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