第134話 鈍感
「なるほど…だいたい事情はわかった」
姫乃はこめかみに指を当てながら、呆れたように溜息をつく。
その傍で,暁と源内の二人は大人しく地べたに正座していた。
源内はしょんぼりとした顔をしてただ座っているだけだが,暁の方は両頬を真っ赤に腫らし,膝の上に石を抱いた痛々しい姿で座っていた。
「またいかがわしいことを考えてからに……先生も先生です。こんなことにふらんを巻き込んで……」
「てへ☆」
「いくら先生でも殴りますよ?」
「なんで僕だけ有無を言わず殴られたんですかねぇ?」
「日頃の行いだ」
姫乃は再び大きな溜息をつくと、様子を窺っていたクロウリーとイヴの方に視線を向ける。
先程まで鬼のような形相で暁に折檻していたためか、何故か異様に警戒されていた。
「えーっと…クロウリーさんでしたっけ? 貴女と源内先生の間に何があったのかは知りませんが、その因縁にふらんを巻き込むのはやめてください。確かに、今のふらんは源内先生の研究成果そのものです。けれど、それと同時に一つの自立した命です。どうか、そのことを慮ってください……お願いします」
「むぅ……」
姫乃は深く、クロウリーに頭を下げる。
姫乃の心からの嘆願。
他者のためにここまで真剣な、そして切実なお願いをする人物をクロウリーは他に知らない。
それだけ、姫乃がふらんのことを大切に想っているという証明に他ならなかった。
長年の付き合いの中で、ふらんが争いを好まないことを姫乃はよく知っている。
だからこそ、時には荒事にも介入しなくてはならない
結局はふらんの意思の固さに負けて折れはしたが、今でも姫乃はふらんのことを妹を心配する姉のように気をかけていた。
クロウリーにも姫乃の想いは、その表情や言葉の端々から十二分に伝わっている。
だからこそ、クロウリーの方もおいそれと姫乃の願いを蔑ろに出来ずにいた。
かと言って、自分の方にも譲れない事情がある。
加えて、プライドの高いクロウリーが自ら引き下がることは極めて難しいことだった。
姫乃とクロウリーの膠着した無言状態が暫し続いたが、そんな状況に助け船を出したのは、他ならぬふらんだった。
「ありがとう姫ちゃん。だけど、私なら大丈夫」
「ふらん…………」
「姫ちゃんが私のことを心配してくれてるのはわかる。でも、私が自分で引き受けるって決めたから…………」
「でも…………元はと言えばこのアホが余計なことを言ったから…………」
「痛い痛い痛い! 頬の肉が取れる! 取れちゃう!!」
暁の頬をつねりながら、姫乃はふらんに心配そうな表情をする。
未だに体操服とブルマ姿が恥ずかしいのか、ふらんの紅潮した顔は相変わらずであった。
しかし、先程に比べると表情に言い知れぬ気合いのようなものが感じられる。
ふらんの意外な表情に姫乃も驚いていた。
「確かに暁ちゃんが言い出したことだけど、それは暁ちゃんが私に期待してくれてるからだよ。なら、私はその期待に応えたい。だって、私は暁ちゃんの…………暁ちゃんの
「………………」
ふらんの羞恥とは別の気持ちに起因する頬の赤みから、姫乃はふらんの秘めた想いを敏感に感じ取っていた。
それは長い付き合い故か、薄々勘づきはしていたことだが。
姫乃は、頬を労るようにさする暁に視線を向ける。
この馬鹿は普段は勘がいいくせに、
(ったく…………人の気も知らないで…………)
姫乃は心の中で密かに愚痴をこぼす。
それはふらんのことを思っての愚痴なのか、それとも…………。
姫乃は諦めたかのように息をつく。
丁度、ふらんが臣下になると言い出した時と同じような溜息だった。
「わかった……お前がそういうならもう止めない。ただし、無理はするなよ。嫌だと思ったらすぐに言うんだ」
「うん。ごめんね姫ちゃん。そして…………ありがとう」
「はぁ…………」
「安心してよ姫ちゃん。危険なことがないよう、僕がしっかり見てるから……ね?」
「お前が言うなお前が」
姫乃に睨まれ、暁は源内の背後に隠れる。
もう何度目かの溜息をついて、姫乃は暁に尋ねた。
「そのくじの内容……本当に危険はないんだな?」
姫乃は種目の書かれたくじの入れてある箱を訝しげに見る。
暁は何度も首を縦に振った。
「大丈夫大丈夫! 僕も確認したけど、作ったくじの中に危険なものはなかった! 至って安全だよ!!」
「そうか……なら良いんだが…………」
「それじゃあ、気を取り直して第一種目からいってみよう! 最初の種目はぁ…………これだっ!」
暁は箱の中からくじを一つ抜き取り、空高く掲げる。
照りつける太陽の光に晒されたくじには、大きく太い、力強い字でこう書かれていた。
『水着審査』
姫乃の跳び蹴りが、暁の顔面に炸裂した。
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