第133話 好きな人は本当に好き

 灰魔館の裏手にある林を少し抜けた場所。

 そこには、かつて灰魔館の別館が存在していた。

 しかし、その別館も使用用途のなさや老朽化のため取り壊され、今では広い空き地が残るだけとなっている。

 その広い空き地に、運動会で使われるようなテントが一つとその下に集う四つの人影があった。

 それぞれが、手を腰に当て胸を張り仁王立つ暁、同じく腕を組んで並び立つ源内、何か落ち着かない様子で顔を赤くしているクロウリー、その主からチラチラとした横目での視線を無表情で受け止めるイヴ、そして、ただ一人、その場にうずくまって震えるふらんである。

 特段、何か変わったことはない。

 強いて言えば、ふらんとイヴの格好が先程とは別のものになっているということだけだろうか。


「うぅ~あぅぅ…………」


 呻きながらうずくまるふらんの顔は、今にも火が吹き出そうなほど真っ赤になっていた。

 今ふらんが着ているのは、伸縮性と通気性に優れたクルーネックの白い半袖シャツと、臀部でんぶにピッタリフィットした紺色のショーツ型スポーツパンツ。

 大変動きやすそうで、どこかノスタルジックな印象を抱かせる格好である。

 しかし、それ以上にどこか一部の男性に邪な衝動を抱かせるような格好である。

 遠回しな言い方をしたが、要するに体操服とブルマ姿である。

 ふらんは紅潮した顔だけを上げ、潤んだ目で暁の方を見た。

 明らかに助けを求めるその視線に、暁は膝をついてうずくまるふらんと目線の高さを合わせた。


「どうしたんだいふらん? 何をそんなに震えているんだい?」


「あぅぅ……暁ちゃん…………」


 とても清々しく、爽やかな笑みを浮かべる暁。

 その笑顔は、男が何か偉大な功績を成し遂げた時にするものだった。


「だって…………だって…………こんな格好ぉ…………恥ずかし過ぎるよぉ…………」


 今にも消え入りそうな、震える声でふらんは呟く。

 涙声のふらんに、暁はわざとらしく驚いた風なリアクションをする。


「どうして? こんなに似合ってるのに?」


「似合ってないょぅ………それに…………」


 ふらんは横目で隣にいるイヴに視線を向ける。

 イヴもふらん同様、体操服にブルマ姿だった。

 ただ、ふらんがサイズがピッタリであまりにも格好にはまっているのに対し、イヴの方はそのスタイルの良さもあってか全くサイズが合っていなかった。

 しかし、それが逆に体の起伏を強調し、より扇情的な雰囲気を醸し出していた。


「ああ…………我輩の……イヴが…………最高傑作が…………あんな破廉恥な…………なんてはしたない格好を…………」


「じゃあ、止めればいいだろう」


「あぁあっ!!」


「何だよ」


 両手で目を覆いながらも、指の間からバッチリイヴの体操服姿を覗き見て悶えるクロウリーを、源内は思春期の男子中学生を見るような目で見ていた。

 それはさておき、そんなイヴの姿がふらんの羞恥心に劣等感を上乗せする結果となっていた。

 元々自分の幼児体型を気にしていたふらんだが、イヴの方を見た後自分の体を見てさらに丸く縮こまった。

 因みに、今ふらんは光学迷彩で姿を隠すことは出来ない。

 源内が光学迷彩機能を無効化しているからだ。

 勿論、暁の差し金である。


「何も恥ずかしがることはない。ふらんだってイヴちゃんに負けてはいないさ」


「でもでもぉ…………!」


「確かに、イヴちゃんの方が背も高いし、スタイルもいいかもしれない。けれど、それにふらんが負けてると僕は思わないな。ふらんにはふらんの……ふらんにしかない良さがあるんだから」


「暁ちゃん…………」


「綺麗な琥珀色の瞳に、小さくて可愛らしい白い手…………そして、誰よりも、誰よりも優しくて温かい…………前にも言ったけど、ふらんは十分魅力的な女の子なんだよ」


「………………」


「だから、胸を張ってくれ。君は僕にとって魅力的で可愛い自慢の幼なじみで、臣下ヴァーサルなんだから」


 暁は立ち上がると、ふらんに向かって手を差し出す。

 ふらんは潤んだ瞳でその手を見つめた。


「さ、立って。ふらんが活躍するところを僕に見せてよ。そして、僕にはこんな素敵な臣下がいるんだってあの二人クロウリーとイヴに見せてやってくれ」


 ふらんは少し戸惑いながらも、何か決心して暁の手を取り立ち上がる。

 頬には未だに赤みが引いていないが、羞恥心にも勝る感情に後押しされ、ふらんは立ち上がったのだ。


(暁ちゃんが私に期待してくれてる…………励ましてくれてる…………! 恥ずかしがってる場合じゃないっ…………私が今頑張らないと……!!)


 今ふらんを奮い起たせているのが、臣下としての忠誠心や使命感ではなく、それ以上に強い、幼い時から秘めている純粋な感情であることに暁は気づいていない。

 しかし、それでも目つきの変わったふらんを見て、暁は安心したかのように微笑んだ。

 そんな安心している暁の傍に、背後から源内がコソコソと近づいてきて、ソッと耳打ちする。


「なんとか丸め込めたな」


「うん…………これで、心置きなく…………ですね」


「何が『心置きなく』なんだ?」


「何って決まってるじゃないか。美少女二人のブルマ姿をしっかりたっぷりねっとり視姦して…………」


「ほうほう…………それは楽しそうだな」


「当たり前だろ? 先生だってふらんのブルマ姿が見れるって聞いてノリノリで…………」


「あっ…………暁…………うっ…………後ろ…………」


「え? どうしたの先生? 早く隠しカメラの準備を…………」


 暁が背後にいるであろう源内の方に視線を向けようと振り返る。

 しかし、背後にいたのは源内だけではなかった。

 顔面蒼白で口をパクパクさせる源内の横に、恐ろしいほどの殺気を放つ人物が腕を組んで立っていた。


「ついでに聞いておこうか…………その隠しカメラとやらは何に使うものなんだ……?」


「………………」


 光のない、冷たい瞳で自分を見つめる……いや、睨む姫乃の姿を見た瞬間、暁は無言できびすを返し逃亡を図ろうとする。

 しかし、それよりも速く、姫乃の手が暁の肩を掴んだ。


「ちょっと…………話をしようか? なぁ暁?」


 掴まれた暁の肩が、万力に締めつけられるかのようにミシミシと鈍い音を発する。

 暁の背筋に冷たい汗が流れた。

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