第115話 神を滅ぼす魔槍
メルの
開かれたメルの瞳に映ったのは
身に付けていた白いコートは息吹で焼かれてしまったのだろう。
上半身は黒いノースリーブのインナー姿になっていた。
あの強力な息吹攻撃を受けて、コートが焼けただけということにも驚いたが、それ以上にメルを驚かせたのはマルキダエルの腕に走る光る傷痕だった。
まるで茨が腕を這うかのように刻まれたその傷痕が、青白い光を放ちながら夜闇に浮かび上がっている。
(何だありゃあ!?)
マルキダエルの姿に驚いたためか、メルの反応が一瞬遅れる。
『パンッ!』という乾いた破裂音と共に、メルが気づいた時にはマルキダエルの姿が視界から消えていた。
「何っ!?」
メルはすぐに周囲を見回してマルキダエルを探す。
メルが自分の頭上に視線を移すと、そこにマルキダエルの姿があった。
空中で、飛んでいる自分より遥か上から自分を見下ろしている。
翼も持たないはずのマルキダエルがだ。
疑問を感じていると、再びメルの耳に乾いた破裂音が届く。
そこで、ようやくメルはその破裂音の正体に気づいた。
蹴っているのだ。
なんと、マルキダエルは何もない空中を蹴って移動しているのだ。
空を蹴る瞬間、その足先はあまりの速さで目視できないが、破裂音は確かにその足先から聞こえた。
空中を蹴って移動するなど、そんなことが可能なのか。
否、今はその可不可を考えている場合ではない。
今、目の前の
メルはすぐに腕に『アンチ・スケイル』を構築し、ガードの構えをとる。
魔力を含む攻撃には絶大な効果を発揮する『アンチ・スケイル』。
霊力を込められた攻撃に対してその真価を発揮できないが、それでも強固な鎧に変わりはない。
法儀礼済みの武具の効果は完全に防げないまでも、軽い火傷程度で済ませることはできる。
こと防御に関してはメルに分があった。
しかし、空を蹴り放たれたマルキダエルの拳はそれ以上だった。
「がはっっっ!!?」
マルキダエルの拳はメルの腕の竜鱗を砕くと、ガードをこじ開けてメルの腹部にめり込む。
メルの口から、臓物から絞り出したようなどす黒い血が吐き出され、夜空に飛び散った。
※
「ど……『ドラクレア』がっ!」
「折れちゃった!?」
戦いを見守っていた神無も、カイルを介抱していたふらんも驚愕する。
二人が知る中で、今まで『ドラクレア』が折られたことは一度もない。
その折れず、曲がらずの『ドラクレア』の刃が粉々に砕かれてしまったのだ。
しかも、それがデモニアによってではなく、人間の手によってである。
二人が驚くのも無理からぬ話であった。
そして、驚いたのは二人だけではない。
『ドラクレア』を手にしている暁自身も驚いていた。
魔剣を折られたこともそうだが、暁がもっと驚いていることは、『ドラクレア』を折った張本人である目の前の男の雰囲気が今までとあまりにもかけ離れたものになっていることだった。
先ほどまでの荒々しい嵐のような殺気は鳴りを潜め、静かで冷たい納められた日本刀のような殺気に変わっていた。
穏やかさの中に底の知れない危うさを湛えたその殺気に、目の前の人物が本当にさっきまで戦っていたレナスと同一人物なのかと錯覚まで覚えるほどだった。
彼を変えたのが、彼が『
暁は折られた魔剣の残骸を手に、背後に下がった。
レナスは背後に下がった暁を追うでもなく黙って見つめる。
氷の刃を突き付けられるようなその視線に暁も思わずたじろぐ。
とても人の身でできるような眼光ではなかった。
「下がっても無駄だ。既にお前の剣は折られた。現代医科学の最高技術兵器、『星痕』を発動させた俺には誰も敵わない」
「凄い自信だね。驕りが過ぎないかい?」
「『驕り』は
「じゃあ、これを見てもまだ同じことが言えるかい?」
暁は手にしていた『ドラクレア』の残骸に手をかざす。
すると、『ドラクレア』は紅い光を放ち始める。
砕かれ、地面に散らばった破片も同じように赤く輝き始める。
「ほう……」
レナスが思わず感嘆の声を上げる。
散らばった破片が輝きながら、暁の手元にある『ドラクレア』の残骸に集まっていく。
集まった光が収まる頃には、折られたはずの『ドラクレア』の刃が元通りになっていた。
「魔力の再構成……」
「『ドラクレア』が折られたことには驚いたけど、見ての通りだ。僕も『魔剣』もまだ折れちゃいない」
「『魔剣』……か」
暁は蘇った『ドラクレア』の切っ先を再びレナスに向ける。
切っ先を向けられたレナスは目を閉じると、コートのボタンを外し、地面に脱ぎ捨てる。
コートの下はマルキダエルと同じ黒いノースリーブのインナーを着ているのだが、彼の腕にも同様に『星痕』が刻まれていた。
しかも、黒いインナーの下からぼんやりと赤い光の筋が見えることから、マルキダエルと違い『星痕』が腕だけでなく体にも刻まれていることが分かる。
事実、『星痕』はレナスの全身に刻まれていた。
「折っても蘇るなら、何度でも折るだけだ。お前が幾万回『魔剣』を蘇らせようとも、幾億回折ってやる。お前もろともな」
「へぇ……それはそれは…」
暁の顎に汗が一筋流れる。
冷水のように冷たい汗が、己が緊張を高まらせているのを暁は感じていた。
それは、確信にも似たものだった。
レナスは、まだ何かを隠し持っている。
『星痕』以上の何かを。
「お前が『剣』ならば、俺は『槍』だ」
「ん?」
突然、レナスは体勢を低くし始める。
伸脚をするような姿勢で、地面に胸がつきそうな程体勢を低くしたレナスは、見据えるように暁を睨み付けた。
レナスの『星痕』がさらに輝きを増し始める。
「『
「ちっ!」
暁は『ドラクレア』で防御の姿勢をとる。
暁は本能的に察したのだ。
これから繰り出される技を避けることは不可能、そして恐らく防ぐことも。
それでも避けようとして無防備に受けるのではなく、少しでもダメージを減らせる可能性のある防御を、暁は本能的に選択した。
「これを見た仲間は、俺の蹴りを『神をも滅ぼせる
地面を這うような姿勢から、レナスは地面を強く蹴る。
その瞬間、レナスは音速を超え、名の通り一本の槍となった。
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