第114話 星痕
「つっ!!?」
自分の前髪を掠めた大剣に、レナスは一瞬怯んだように眉をひそませる。
しかし、すぐに剣を体ごと一周させて襲いかかってくる第二の斬撃にそんな表情をする余裕すら無くしてしまう。
暁は体を縦に横に回転させ、まるで舞踊でも舞うかのように自分の身の丈以上の大きさの剣を自在に操っている。
一見すると無駄の多いかのようなそのトリッキーな剣舞にレナスは圧倒されていた。
尋常ならぬ攻撃速度に加えて、トリッキーであるが故に先が読み難く、対応し難いのだ。
レナスも、『ドラクレア』の放つ魔力からただの剣ではないと警戒はしていたが、真に厄介なのは剣ではなく、それを操る暁自身であることを理解し始めていた。
(押されている…………俺が……デモニアではなく人間に!?)
「はぁっ!!」
暁は『ドラクレア』を地面に突き立てると、それを棒高跳びの棒に見立て、反動をつけてレナスに蹴りを放つ。
当然、レナスはそれを腕でガードする。
レナスの体は大きく後ろに逸れながらも、腕には強い衝撃と共にじんわりと痺れが走る。
身体能力を極限まで高めた自分にこれだけの衝撃とダメージを与えるほどの蹴り。
つまり、暁の身体能力が長年血の滲むような訓練を積んできた自分に匹敵するということだ。
その事実に、レナスは唇を強く噛む。
耐え難い悔しさと同時に、強く納得する。
それはつまり、人間でありながらデモニアを御するだけの力を持たねばならないということ。
そのための努力、いや努力なんて生易しいものではない。
そのための苦行は並大抵のものではない。
同じくデモニアを圧倒するために鍛練してきた自分がそうだったからこそ、レナスはそれが強く理解できた。
暁の強さを、それこそ長い時間を共にした姫乃たちは理解しているだろう。
しかし、その理解の深さも、この数分拳を交えたレナスには遠く及ばない。
レナスが同じ人間だからこそ、同じ苦行を耐え抜いた者だからこそ、真に暁の強さを理解できたのだ。
「クソッ!!」
レナスは暁に向かって、蹴りを放とうと構える。
レナスが最も得意とする『
マルキダエルの『星蹴』が『流星』の如くならば、レナスの『星蹴』は瞬く星の『光』の如く。
文字通り光速の蹴りを放とうとするレナスに対し、暁はそれを先読みして地面を蹴って土を巻き上げる。
巻き上げられた土が目に入り、レナスの攻撃と共に視界を阻む。
「ぐぅっ…………!?」
「悪いが、汚い手でも使わせてもらうよ」
レナスの視界が閉ざされているうちに、暁は『ドラクレア』を形態変化させる。
片刃の二刀流『ドラクレア
体を回転させ、勢いをつけ放つ二刀の斬撃。
それに加え、腰のバネを使った回し蹴りの連続攻撃。
それらが波状にレナスに襲いかかる。
(速っ…………くっ…………!)
視界を回復させたレナスの目に飛び込んできたのは、嵐のような暁の連撃だった。
辛うじて一撃目、二撃目の斬撃を避けたレナスだったが、三撃目の蹴りが右太腿に当たった。
(しまっ…………!!)
そのまま体勢を崩したレナスの側頭部に、四撃目の踵蹴りがクリーンヒットする。
レナスの脳は激しく揺さぶられ、僅かな時間、意識を混濁させた。
その僅かな時間でも、暁には十分だった。
「もらった!」
暁は『ドラクレア』を再び大剣の姿に戻す。
そして、その大剣を大きく振りかざすと、意識を朦朧とさせるレナスに振り下ろした。
勿論、暁にレナスを殺す意思はない。
この攻撃も、再起不能にはすれど、急所は外して致命傷は避けるつもりだった。
この攻撃が
しかし、暁の振り下ろした剣は途中で阻まれてしまった。
レナスが伸ばした手に、簡単に受け止められてしまったのだ。
「なっ…………に……!?」
暁は驚愕し、目を見開く。
『ドラクレア』の刃は、触れるモノどんなモノでも切り裂くことができる、抜群の切れ味を誇る魔剣だ。
しかし、レナスはそんな魔剣の刃を素手で受け止めたのだ。
普通ならば、受け止めようとした手ごと肩まで切り裂いてもおかしくないはずなのに。
『ドラクレア』の紅刃は、受け止められ、動かすことができないほど強い力で握られていた。
「人間相手に
「その…………傷は…………!?」
暁はいつの間にかレナスの顔になかったはずの大きな傷が、顔面を分断するように斜めに走っていることに気づく。
しかも、その傷は夜の闇に負けないほど明るく、赤く発光していた。
「『
そう言うと、レナスは掴んだ『ドラクレア』の刃に強い力を加える。
ミシミシと軋む音を発していた刃に徐々に亀裂が走り始めた。
「なっ…………馬鹿な!?」
「お前を…………『人間』とは思わない」
レナスはさらに指先に力を込めて、『ドラクレア』を握りしめる。
すると、亀裂が広がっていた『ドラクレア』の刃は音を立てて折れ砕かれ、地面にパラパラと紅い破片を広げた。
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