第116話 魔剣×魔槍

 『梵式ぼんしき霊孔れいこう拡張手術』というものがある。

 そもそも、霊力とは生きとし生けるもの全てが持つ生命エネルギーそのものである。

 世間でよく言われる『気』や『オーラ』といった類いのものであり、命あるものならば皆が多かれ少なかれ身の内に内包している。

 それが『魔核』によって変質したのが魔力であり、それを源とする存在が『デモニア』であるのだが、生き物の中には魔力に変質せずとも、強大な霊力を持つ者も存在する。

 その者たちは身体能力や知的能力に秀でていたり、生物的な勘が良かったりと優れた能力を持っていた。

 しかし、デモニアと違って、その者たちは如何に優れていようとも、それが人の範疇を超えることはない。

 それも、全身を巡る霊力の通り道である『霊孔』が狭いからである。

 だから、いくら強大な霊力を持っていようとも、全身を巡る霊力の絶対量が人間という生物の枠を超えることがないのだ。

 だが、デモニアは違う。

 『魔核』によって霊力が魔力に変質したように、その通り道である『孔』も魔力が通るための『魔孔』に変質していた。

 そのため、『孔』の広さもデモニアによって千差万別であり、その広さによって各デモニア固有の能力を持つに至っている。

 その点に於いては、デモニアは他の生物より優れていると言えるだろう。

 しかし、そんなデモニアと対峙するために、人間はある方法を編み出した。

 それが、先に述べた『梵式・霊孔拡張手術』である。

 これは強大な霊力を持つ人間の『孔』を人為的に拡張し、霊力の循環を促進するための手術である。

 これを受けた人間は、人智を超えた力を得、デモニアにも対抗しうる『超人』となることが出来るのだ。

 だが、それだけ大きな力を得るためには、代償もまた大きかった。

 それこそ地獄のような痛みの伴う手術を麻酔もなく、何十時間と耐え抜かなくてはいけなかった。

 また、手術を終えた後もその悪夢のような地獄の痛みは一ヶ月絶えることなく続く。

 中にはその痛みに堪えきれず、手術中にショック死する者、術後の痛みのために自殺する者も多くいた。

 そんな苦しみを乗り越え、超人的な力を手にした者たちが『星痕騎士団』であり、その名の由来である星のように光る手術痕『星痕』を持つに至った。

 そんな星痕騎士団でも、腕や足など部分的に手術を行うのみに留まる者がほとんどである。

 それだけでも手術には激痛が伴う上に、それだけの手術でも十分デモニアに匹敵する力を得ることが出来るからだ。

 しかし、ただ一人、その地獄のような手術を三回行い、三回地獄のような痛みに堪え、全身に『星痕』を刻んだ者がいた。

 それが、レナス・プリンシパリティーズである。

 彼が最初に手術を受けたのは、彼がまだ九歳の時であった。



 ※



「!?」


 体勢を低くしたレナスの姿が、忽然と姿を消す。

 そして、暁がそのことを認識した次の瞬間には、握りしめた『ドラクレア』に激しい衝撃が伝わった。


「がっっはっ!!」


 防御に使った『ドラクレア』の刃が再び砕け、さっき以上に粉々になる。

 暁の体は重力を失ったかのように直線的な軌道を描きながら吹き飛ばされる。

 勢い余って河川にまで吹っ飛ばされた暁の体は、水切りをする石のように水面を跳ねながら、河川敷の対岸まで転がった。

 やはり、暁の選択は間違っていなかった。

 もし、暁が防御ではなく回避を選んでいれば、目にも映らないレナスの『神滅魔槍ロンギヌス』に体を貫かれていただろう。

 今、粉々に砕け散ったのが盾となった『ドラクレア』ではなく、自分自身だっただろう。

 もし、防御することで『神滅魔槍』の威力を殺していなければ、肋骨を折るだけでは済まなかっただろう。

 痛む体を押さえながら、暁は顔を上げる。

 しかし、レナスの動きはそれよりも速かった。

 五百メートル以上はある川幅を一足で飛び越え、暁の前に降り立つと、その首めがけて横薙ぎの蹴りを放つ。


「ぐぅっ!!」


 肋骨に走る痛みに堪え、暁は何とかその蹴りを避ける。

 暁の首元を横切った蹴りは鋭い音を立てて空を切った。

 暁はそのまま立ち上がると、後ろに大きく跳んでレナスとの距離を離した。

 首を撫でると指先に僅かに血がつく。

 避けはしたが、完全に避けきれたわけではなかった。


(危なかった…………危うく頭を落とされるところだった)


 内心安堵していた暁だったが、ふと我に帰り、目の前にいるレナスを見る。

 不思議なことに何故かレナスからの追撃がない。

 突っ立ったまま、黙って暁を見つめていた。


「…………攻撃してこないのかい?」


「ああ、


「えっ…………」


 暁が言葉をこぼした瞬間だった。

 ボタボタと足元に何かが大量にこぼれ落ちる感覚。

 暁が自分の足元に視線を落とすと、そこにはおびただしい量の血で小さな池が出来上がっていた。

 そして、その源泉が自分の胸元に開けられた大きな穴であることに、暁は同時に気づいた。


「なっ…………あ…………」


「俺の『神滅魔槍』は例え防がれようとも、必ず敵を貫く必殺の槍だ。苦しまないように首を切って介錯してやろうと思ったが…………もうその必要もないな」


「ぐっ…………ぁ………………」


(最初から…………選択肢はなかったのか……防御も…………回避も…………意味を為さない…………)


 胸からこぼれ落ちていく温もりに、暁は自分自身の命も一緒にこぼれていくような感覚を味わう。

 自らの血で作り出した池に、暁は前屈みで崩れ落ちた。

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