第104話 魔女の追想

「すまない…………気づいた時には、影も形もなかったんだ」


 暁たちの元に戻ってきたメルは、申し訳なさそうに言った。

 カイルを見失ったメルは、しばらく周囲を飛び回って探したが、結局見つけることができなかった。

 沈んだ表情で悔やむメルに、暁は優しく笑みを返す。


「気にしないでくれ。そういった搦め手は魔女の専売特許だ。欺かれるのも無理ないさ」


「それで、これからどうする? このままではあの娘が危険だ」


「あたしが匂いを辿ってみようか?」


 カイルの行方を心配する姫乃に、神無が追跡の提案をする。

 しかし、暁は首を横に振った。


「その点は大丈夫。さっき源内先生に聞いたら、彼女の着ていた患者着には患者が逃亡した時に追跡するための発信器がつけられているらしい。今、行方を調べてもらってるからすぐにわかるよ」


 そう言って暁は、源内の方に視線を向ける。

 しかし、パソコンのディスプレイを見ていた源内は、眉間に皺を寄せて渋い顔をした。

 冴えない顔をしている源内に、全員が首を傾げる。


「あれ? どしたの先生?」


「あー…………その…………なんだ……期待されているところ大変申し訳ないんだが、どうやら発信器は役に立てないみたいだ」


「えっ!?」


「彼女の着ている患者着の反応が探知できない。恐らく、発信器に気づいていたんだろう。既に無力化された後みたいだ」


「そんな…………」


 源内は困ったように、自分の癖毛を指先で弄る。


「やはり、こう言った搦め手は魔女あっち上手うわてだな。悔しいことに」


 そう言うと、源内は厚めの下唇を噛んで悔しさを滲ませるのだった。



 ※



「ここまで…………来れば…………」


 カイルは河川に架かる高架線の下で地べたに座り込んでいた。

 暗くなった河川敷には、他に誰も人影はない。

 高架下の影に潜むようにカイルは小さく縮こまっていた。


(まさか…………もうアイツらが追ってきてるなんて…………)


 カイルはきつく目を閉じて顔を伏せる。

 その脳裏には深々と刻まれた恐怖の記憶がふつふつと蘇ってきていた。


 彼女、カイル・リデルは孤児であった。

 物心つく頃から彼女に家族はなく、彼女の住み処は薄暗く不衛生な街の路地裏だった。

 しかし、そんな中でも彼女はたくましく生きていた。

 それは彼女がデモニアであり、類いまれない才能を有していたからだ。

 彼女は魔女となる以前から、棄てられた廃材を駆使して、様々な『魔女工芸品ウィッチ・クラフト』を作り出していた(『魔女工芸品』を作っているという自覚はなかったが)。

 そんな彼女の才能が魔女集団である『キャロルの工房』の目に止まるのは時間の問題だった。

 ある日、『キャロルの工房』に所属する魔女たちにスカウトされ、迎え入れられたカイルだったが、彼女はその時初めて自分がデモニアであり、魔女であるということを知らされた。

 それと同時に、彼女は初めて人並みの生活と家族というものを手に入れた。

 似たような境遇の者が多かった『キャロルの工房』の魔女たちは、幼く才能溢れるカイルを本当の娘か妹のように可愛がった。

 カイルも初めて手にした親愛の温もりに戸惑いながらも、幸せを感じていた。

 そして、自分を愛してくれる仲間たちに大きな恩義を感じていた。

 カイルにその恩に報いるために、数々の『魔女工芸品』を生み出した。

 そのどれもが優れた品であり、『キャロルの工房』は魔女集団として有名になっていった。

 仲間たちはさらにカイルを褒め称えた。

 カイルも、自分を愛してくれる仲間に囲まれ幸せだった。

 そんな日々が、これからもずっと続いていくと思った。

 あの白いコートに身を包んだ男たちがやって来るまでは…………。


「つっ………………!」


 カイルは首を必死に横に振る。

 頭の中に蘇った耐え難い恐怖の記憶を打ち消すように。

 カイルは細く頼りない足に力を込めて立ち上がる。

 そうこうしているうちにも、奴らが追って来ているかもしれない。

 発信器を無力化してはいるが、あの魔王たちも自分を追ってくるかもしれない。

 出来れば、もう誰も巻き込みたくない。

 カイルはそう考えると、手にしたマレットを握り直す。

 『公爵夫人マウルタッシュ』と名付けたそのマレットは、魔力によって力場を発生させる『魔女工芸品』だ。

 その力で周囲の魔力から浮力を生み出し、空を駆けることも、魔力を集め球状にして打ち出すこともできる。

『公爵夫人』はカイルにとって魔女の箒でもあるし、杖でもあるのだ。

 しかし、最近は無理な使い方をしていたため、少しガタがきていた。

 まともに整備もしてやれない自分の作品に、カイルは心の中で詫びた。


(ごめんね『公爵夫人』。落ち着いたら、必ず綺麗にしてあげるから…………)


 そんないつになるか、本当にあるのかも分からない安寧の約束を心の中で呟いている時だった。

 カイルの背筋に、鋭い寒気が走る。

 まるで氷の刃に背中を斬りつけられたような寒気に、カイルは身に覚えがあった。

 さっき、無理矢理記憶の底に押し込めたはずの恐怖が再び鎌首をもたげる。

 カイルは恐怖で震える体を腕で抑えながら、後ろを振り向く。

 背後に立っていた白いコートの男は、凶器にも近い殺気を抑えることなく、カイルに浴びせかける。

 その殺気は、カイルの幼い体を容赦なく切り裂いた。

 カイルはどうにか動く唇を震わせ、か細い声を絞り出し、ポツリと呟いた。


「『星痕騎士団アスタリスク・ナイツ』…………!」


「長い鬼ごっこだったな…………いや、かくれんぼか? とにかく、ようやく見つけたぜ…………化け物スプーキー…………!」


 そう言うと、白コートの男―――――レナスは白い歯を剥き出し笑みを浮かべた。

 その様は獣が獲物を前にして、牙を剥き出す姿によく似ていた。

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