第105話 守る理由

 夜の街道をかき分け、神無を先頭に五人は走っていた。

 神無は源内のラボに残されたわずかな魔力の『残り香』を元に、カイルの行方を追いかける。

 そして、それを頼りに、暁たちが後ろへと続いた。


「神無! まだ着かないのか!?」


 暁が焦れながら神無に叫ぶ。

 神無は鼻を立て走りながら言葉を返す。


「まだ! でもかなり匂いが近くなってるよ!!」


「急いでくれ! もし、『星痕騎士団』が先に彼女を見つけたら…………」


 そんな会話を交わしながら、五人は車道という激流の川にかけられた歩道橋を駆け上がる。

 そして、五人が歩道橋を上りきると、そこで全員の足が止まった。

 幅広に作られた歩道橋の中央に、行く手を遮るように立つ影が目に入ったからだ。

 影は眼鏡の下の目を細め、五人に笑いかけた。


「こんばんは、皆さん」


「…………マルキダエル」


「はい。覚えてくれたんですね、名前」


 マルキダエルは人差し指で眼鏡を上げると、そのまま人差し指で長く垂れた金の前髪を払う。

 その気障ったらしい振る舞いに、暁はまるで小馬鹿にされたような気持ちになった。

 暁は白い歯を剥き唸る神無を下がらせ、前に出る。

 橋下にテールランプの川が流れる中、その真上で暁とマルキダエルは再び顔を向き合わせた。


「奇遇ですね。皆さん揃ってこんなところで何をされてるんですか?」


「…………その質問、そのまま貴方に返そう。ここで何をしている? いや…………?」


「そうですね…………それは貴方の答え次第で変わります」


「……………………」


 マルキダエルの返答を聞いて、暁はすぐ察した。

 自分たちがカイルを匿っていたことを彼らが知っていたということを。

 自分たちがカイルを見失っていることを。

 そして、彼らは既にその行方を知っているということを。


「…………付き人はどうした?」


「ははっ。貴方も可笑しな人だ。彼がただの付き人ではないことは分かっていたでしょう? だから、私たちも貴方のを詮索しなかったのに」


「お互い様だった訳か。なら聞き直そう。もう一人のはどうした?」


「質問の多い方だ。もう止めましょう、今更そんな腹の探り合いは。ここはもっとシンプルにいきましょう? シンプルに」


「そうだな…………こちらも少し焦れていたところだ。じゃあ、シンプルにいこう」


 暁は頭を掻く。

 そして一息つくと、改めてマルキダエルを正面に見据えた。


「そこをどけ」


「断ります。貴方たちをここから先に行かせません。私たちは、カイル・リデルをします」


「やはりな…………彼女カイルの首に残っていた痣…………アレはかなり酷い傷だった。まるで、ね」


「この世を混乱に陥れる魔の者を野放しにはできない…………当然でしょう?」


「なら、僕らの答えは…………これだ」


 暁の言葉に、後ろにいた四人の少女は臨戦態勢をとる。

 姫乃の頭髪は毛先から銀色に変わり、瞳が紅色に染まる。

 神無の頭から毛を逆立てた耳が生え、唸り声が一際大きくなる。

 ふらんは両手を開き、いつでも『グラディアル・ギア』を起動できる状態を作る。

 メルは背中の翼を広げ、王者のように腕を組んで仁王立ちした。

 『徹底交戦』――――――――暁たちの反応は言葉以上にそのことを如実に表していた。

 その様子を見たマルキダエルは不思議そうに首を傾げた。


「貴方たちも不思議な人たちだ」


「何がだよ」


 マルキダエルの言葉に、メルが食って掛かる。

 その眼光は、言葉だけではなく、メル自身も今にも食って掛かりそうなほど鋭かった。

 しかし、マルキダエルはそんなメルの殺気を気にすることなく、腕を組んで唸る。


「いや、カイル・リデルと貴方たちの関係は恐らくそんなに深くないはずだ。なのに、何故そこまで彼女をかばう? そこに何の得があるのかとね…………不思議不可解奇々怪々ですよ」


 そう言いながら、心底不思議そうにマルキダエルは首を捻る。

 確かにマルキダエルの言う通り、暁たちはカイルのことを何も知らない。

 まともに会話すら交えていない。

 しかし……………………。


「教えやろう」


「ん?」


 姫乃が完全に染まった紅色の瞳でマルキダエルを睨む。

 姫乃の言葉に神無、ふらんが続いた。


「ここは『王都・第七区』だよっ」


「そして、私たちは『魔王』と『魔王の臣下』です」


「ま、俺は『弟子魔王シューラー』だけどな」


 二人に続いて、メルが付け加える。

 最後、四人の言葉を締めるように暁が前に出た。

 その手には、いつの間にか真紅の刃を持つ『ドラクレア』が力強く握られていた。


「彼女が『デモニア』で、僕たちはデモニアを『守る者』だ…………それ以上の理由は僕たちには必要ない」


 そう言うと、暁は『ドラクレア』の赤い切っ先をマルキダエルに向けた。

 暁たちの答えを聞いたマルキダエルの口元に表情はなく、街灯に照らされ眼鏡のレンズが光を反射し、目の表情も隠してしまっていた。

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