第82話 出迎え

「んん~…………着いたぁー!」


 古びた無人駅に降り立った神無は、大きく体を伸ばす。

 その後ろから、二人分の切符を車掌に渡した暁が続いて降りてくる。

 そんな二人の様子を、車掌は物珍しげに眺める。

 二人が降りたこの駅には滅多に人が降りることがない。

 そんな駅にこんな朝早くから若い男女が降りていったのだから、車掌も不思議に思っていた。

 そんな車掌の視線も気にすることなく、二人は駅を出て、異様なまでに綺麗に舗装された駅前に出る。

 駅前に出ると、すぐ目の前に一台の赤い車が停車していた。

 緑の溢れる周囲の風景とは不釣り合いな四人乗りのスポーツカーに、大柄な男が車体に背もたれるように立っていた。


「あ、むつにぃだ」


 神無はその男に向かって両手を大きく振る。

 男は鋭い三白眼でこちらを一瞥すると、素っ気なく視線を逸らした。

 男の相変わらずな様子に暁がため息をつくと、「ありゃ?」と言いながら首を傾げる神無を連れて、男に近づいた。


「お久しぶりです、むつさん」


「ああ」


「睦兄相変わらずだねぇ。元気してた?」


「ああ」


 二人から声をかけられても、眉一つ動かさず、一言「ああ」としか返さない。

 狼森家の長男である狼森おいのもり むつは昔から口数が少なく、無愛想な男だった。

 暁も最初に会った時は、その起伏の乏しい性格と強面な顔から何を考えているのかわからず、苦手としている節があった。

 今では苦手意識もなくなったのだが、相変わらず普段は何を考えているのかよくわからなかった。


「睦兄はほんと全然喋んないねぇ! にゃはははは」


「……………………」


 そんな睦に、神無は昔から異様になついていた。

 今もあれだけ素っ気ない対応をされたにも関わらず、親しげに睦の肩をバシバシ叩いている。

 睦の方も、素っ気なくではあるが、なんやかんやこうやって出迎えに来てくれているのだから、兄妹仲は悪くないのだろう。

 そんな風に久しぶりの兄妹の再会を見守っていると、突然車の窓が開く。

 その窓から顔を出したのは、蜜柑色の着物を着た小さな女の子だった。

 女の子は、掛けていたサングラスを取ると、睦の横腹をグーで叩いた。


「睦! 魔王様の御前だよ! きちんと挨拶しないかい!! 本っ当にこの子は…………それでも魔王の臣下ヴァーサルなのかねぇ!!」


「ああ」


「あ、お母さん」


「お久しぶりです。暦さん」


 暁は運転席に座る童女に深々と頭を下げる。

 全然そうは見えないが、この少女こそ神無と睦の母親にして狼森家現当主の狼森 こよみである。

 暦は暁と神無の方を見ると、その見た目通りのあどけない笑顔を見せる。


「おかえり神無。魔王様も神無のためにこんな遠いところにご足労、ありがとうございます」


 暦は親指で後部座席を指差す。

 すると、睦が素早く後部座席へのドアを開いた。


「ささ、積もる話は車の中で。とりあえず屋敷へと向かいましょう」


 暦に促され、暁と神無は少し狭めの後部座席に座る。

 二人がシートベルトを締めたことを確認すると、暦はギアを入れ、アクセルをゆっくりと踏み入れた。



 ※



「すいませんね。当主自ら出迎えしていただいて…………」


「あぁ~いいんです、いいんです。私も新車の運転がしたかっただけですから」


「やっぱりまた買い換えたんだね。ほんとお母さんは新しい物が好きだね」


 駅前同様綺麗に舗装された山道を赤いスポーツカーが軽快に登っていく。

 神無の母、暦の新しい物好きは有名だった。

 何せ、新型のスマートフォンを購入したいがために、わざわざこの周囲一帯にWi-Fiスポットを設置したくらいだ。

 そのため、こんな山奥にも関わらず、『狼森の里』では電波障害に困るということがなかった。

 今走っている道路も、暦が次々買う車を気持ち良く走らせたいがために無理を言って舗装させたものだった。

 そのどれもが、『四大家』の一角である狼森家だからこそできることだった。

 狼森家がなぜここまで力を持つ一族になったのか。

 それは、代々狼森家が優秀な『魔王の臣下ヴァーサル』を輩出してきた一族だからだ。

 『魔王の臣下』に選ばれる者は、心技体魔に優れた英傑でなくてはならない。

 それに選ばれるということは大変険しい道のりであり、それ以上に名誉なことである。

 狼森家は、そんな『魔王の臣下』をどの代でも多数輩出してきた名門中の名門だった。

 現に睦を始め、神無の他の兄姉たちも他地区の『魔王の臣下』として多くの者がその務めを果たしていた。


「睦さんは今日仕事は大丈夫だったんですか?」


「…………ああ」


「この子ったら、『いい』って言ったのにわざわざ休みをもらって昨日から帰って来てるのよ。全く心配性なんだから」


「えへへ…………ありがとう睦兄」


「…………」


 神無は助手席に座る睦の頭を、幼子にするかのように優しく撫でる。

 もちろん純粋なお礼の気持ちもあったのだろう。

 だが、それ以上に神無は睦に対して申し訳ないという気持ちの方が強かった。

 自分のことで心配をかけているという申し訳なさ。

 いずれ継ぐであろう当主の座に、常につきまとうことになるであろう『自分』という厄介な存在がいるということへの申し訳なさ。

 その両方が、無邪気に見える神無の笑顔から見てとれた。

 暁は自然と神無の肩を優しく撫でる。

 暁のその行為に、最初はキョトンとした神無だったが、すぐに照れ臭そうに笑みを浮かべる。

 そんな神無の笑顔を見て、暁は改めて彼女の背負う『呪い』の残酷さを感じていた。

 そう、先ほどまで述べたのは狼森家の陽、『光』の部分。

 『光』あるところには必ず陰、『闇』がある。

 その狼森家の『闇』を一身に背負った彼女との出会いを暁は思い出していた。

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