第70話 卑劣漢

 灼熱の閃光が男に降り注ごうとした瞬間、男は咄嗟に巨人の左腕で自分を覆い隠す。

 男に降り注ぐはずだった熱線は、代わりに巨人の左腕を飲み込んだ。

 熱線は巨人の左腕を溶解し、赤色の燃える液体へと変貌させる。

 液体はボトボトと粘っこい音を立てて、地面にこぼれ落ちた。


「くっそぅ! てめぇ!!」


 男はゴポゴポと音を立てて沸騰するマグマを見て、歯軋りをする。

 溶かされてしまった土は流石に吸収できない。

 男は再び土の柱を伸ばして、周囲の地面を掘り返し、土を補充する。

 溶かされた左腕を再生させると、メルの方を睨みつけた。

 自分を睨みつけてくる男を、メルも睨み返す。

 男も憤慨しているが、メルの怒りもまだ収まってはいない。

 巨人の腕を溶かした熱光線のようにたぎり続けていた。


「巨人の手で庇ったようだが、今度は逃がさねぇ! 例え防ごうとも、防御ごとドロドロに溶かしてやるっ!」


 メルは再び魔力を高め、火球を作り出す。

 その姿を見て、男は舌打ちをした。

 おそらく今度はさっき以上に破壊力の増した熱線が襲いかかってくる。

 そうなれば、今度は防ぎ切れない。

 男は、メルに息吹ブレスを撃たせまいと、再び土の柱をメルにけしかける。

 しかし、メルは魔力を溜めながらもそれらを器用に避けてしまう。


「くそっ! くそくそくそっ!!」


(このままじゃヤバい! 何か…………何か手は…………)


 男は必死に考えを巡らせる。

 周囲を見回し、何か打開する手立てがないかを模索する。

 そして、男は見つけ出した。

 一発逆転の打開策を。

 男はニヤリと下卑た笑みを浮かべる。

 メルの失敗は、姿だった。

 それはつまり、自分の所属とその同類を男に知らせることに他ならない。

 だから、男も逃げ惑う人混みの中から、メルと同じ制服を着た者たちを見つけ出すことができたのだ。

 男は土の柱を数本、逃げ惑う人々に向かって伸ばす。

 そして、その中からを捕まえると、盾にするかのように、メルの前に差し出した。


「なっ…………!!」


 メルは魔力を溜めるのを止める。

 魔力を溜めるのを途中で止めたことで、形成されていた火球は四散してしまった。

 魔力を溜めるのを止めるほど動揺するメルを見て、男は確信した。

 七生学園の生徒コイツらは人質に成り得ると。


「へへっ…………形勢逆転だな」


「てめぇ…………!」


「おっと、下手に動くなよ。ありきたりな言葉かもしれないが、動けばコイツらの命はないぜ」


 男に捕らえられた生徒たちが苦しそうに呻き声を上げる。

 男によって体を締めつけられているのだ。

 捕まったのは全部で七人。

 その中には、メルが知っている顔もあった。

 渡り廊下でメルの陰口を囁いていた少女たちのメンバーだ。

 今度は、メルの方が歯軋りをする。

 正直にいえば、捕まった生徒たちに仲間意識も所属感も感じない。

 あちらも自分のことを恐れて忌避した連中だ。

 助けてやる義理もない。

 だが、それを見捨てることもメルにはできなかった。

 理屈ではない。

 メルの性分がそれを許さなかった。

 メルは強く歯を噛みながらも、ゆっくりと地面に降り立ち、翼を畳む。

 これは、『何も手出しをしない』ということを示していた。

 メルのその振る舞いを見て、男はさらに笑みを深くした。


「お利口だな。話が分かるようで結構なことだ」


「…………俺はもう何も手出しはしない。お前も見逃す。だから……そいつらを離してくれ、頼む」


「ほぅ…………」


 男は大人しくなったメルの姿をニヤニヤと眺める。

 そして、メルに向かって土の柱を伸ばし、上から押し潰す。

 メルは顔だけ出した状態で地面に倒れ伏し、大量の土に押さえつけられた。


「そんなにコイツらを助けたいか?」


 男の問いかけに、メルは押さえつけられたまま頷く。

 男は顎をさすって考え込むと、何か思い付いたように指を鳴らした。


「そこまで言うなら助けてやるが、俺の仕事を邪魔した罰は与えないとな。人質この中から何人かぶっ殺して、それからお前も殺す。それで他のヤツは許してやるよ」


「なっ…………何だと!!」


 男がそう言うか否や、人質の生徒のうち四人が突然苦しみ出す。

 体を強く絞めつけられ、内臓を圧迫されているのだ。


「止めろ! 殺すなら……手を出すのは俺だけにしろ!!」


「勝手にしゃべんじゃねぇよこのあまぁっ!! お前は俺の完璧な仕事の邪魔をしたんだ!! 仲間が苦しむ姿を見て後悔しろ!! 自分が死ぬ時にさらに後悔しろ!! 後悔にまみれまみれて死んでいけ!! それがお前に下される『罰』だっ!!!」


「てめぇっ…………!!」


「おっと、歯向かおうとするなよ。歯向かえば地獄への道連れが増えるだけだぜ!!」


 メルの目の端から涙が一筋こぼれる。

 悔しさに体がズタズタに引き裂かれたような気持ちだ。

 しかし、自分ではどうしようもない状況に、メルはただ拳で土を握りしめることしかできなかった。


「さぁ~て…………まずは誰からぶっ殺してやるかな……っと。まずはレディファーストってことでこの女からだ!」


 男が選んだのはあろうことか、メルのクラスメイトの少女だった。

 メルは思わず立ち上がろうとするが、視界に他の人質の姿が入り、躊躇してしまう。

 そうこうしているうちに、メルは自分にのしかかる土の山にさらに押さえつけられ、再び地面に顔をついた。

 男はメルのその様子に満足気な笑みを浮かべると、クラスメイトの一人をさらに強く絞めつけ、ひねり潰そうとする。

 その次の瞬間だった。


「…………は?」


 男は思わず呆けた声を出す。

 目の前に広がる光景に、大きく目が開かれる。

 なんと、人質を捕らえていた土の柱全てが、根元から切り裂かれているではないか。

 切り裂かれたことで男の意思から離れた土が、文字通りただの土に戻り、人質が解放される。

 解放された人質に、どこからともなく伸びてきた赤い糸が巻きつき、地面に落下するのを未然に防いだ。

 何が起きたかわからない男はただ呆けることしかできなかった。

 そして、それはメルも同様だった。


「匂いを辿ってきてみれば、やけに騒がしいことになってるね?」


「お前…………なんで……」


 メルは倒れた姿勢のまま、横に現れた人物に目を見張る。

 肩に赤い刃の大剣を抱え現れたその人物を見て、人質を助けたのが誰なのかようやくわかった。


「逢真…………!」


 名前を呼ばれ、暁はメルに向かって笑顔を向ける。

 暁の笑顔は、この剣呑とした場にそぐわぬほど屈託のないものだった。

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