第69話 土塊の巨人

「痛つっ…………」


 頭をさすりながら、メルはゆっくりと起き上がる。

 頭を強く打ったためか、フラフラする視界で自分が落ちた場所を確認する。

 バランスを崩すままに落下した場所は、どうやら建設途中のビル現場のようだ。

 まだそこまで建設が進んでいないようで、置かれた資材にはブルーシートが被せてあり、あちらこちらに盛り土がされている。

 幸い人はいなかったようで、無人の建機だけが寂しく佇んでいた。


「ったく…………一体何なんだ?」


 メルは悪態をつきながらスカートについた土埃を払う。

 急に犯人が変な動きをしたせいでこんなところに落下してしまった。

 しかし、しがみつくのにいっぱいいっぱいだった男が、なぜ無理をしてまであんな動きをしたのか。

 そもそも、男の姿が見えない。

 逃げてしまったのか?

 メルが様々な疑問を抱いていると、突然視界が暗くなる。

 メルが背後を向くと、目の前に茶色の濁流がメルを飲み込もうと迫っていた。


「くそっ!」


 メルは翼を再び広げて、飛び上がる。

 空から地上を見下ろしたメルは、驚愕する。

 メルが見たのは、巨人だった。

 茶色の、土でできた巨人が工事現場をその巨体で埋め尽くしているのだ。

 メルが驚きながら、巨人の周りを旋回していると、巨人の顔の部分の土が盛り上がる。

 土の中から顔を出したのは、姿が見えなくなっていた犯人の男だった。


「さぁ…………土も大量に補充できた。ここからは第二ラウンドだぜぇ…………」


「お前……このために俺を工事現場ここに落としたのか」


「そうだ。こんな街中じゃあ、大量の土を手に入れるのにも一苦労でな…………だが、これだけ土があればっ!」


 男ら巨人の腕を振り上げると、近くの道路を車ごと叩く。

 車が爆発し、道路のアスファルトが砕け、その下の地面が露出する。

 男は露出した地面を抉りとると、そのまま巨人に土を吸収させた。


「なっ…………!」


「土を補充するのも簡単だ」


 そう言って、男は笑い声を上げる。

 しかし、メルの耳には男の笑い声とは別の声も聞こえていた。

 それは、巨人が腕を振り下ろした後の場所から聞こえる声。

 数多の悲鳴と呻き声。

 その場所に視線を向けると、抉られた道路にもうもうと立ち上る黒い煙。

 その煙の隙間から血を流し倒れる人、倒れた人を抱き起こそうとする人、ただただ逃げ惑う人などが見える。

 メルは唇を強く噛む。

 あまりに強く噛み過ぎて、血が一筋唇から流れた。


「てめぇっ…………!!」


 メルは右手の五指を立てると、巨人を向かって一直線に飛んでいく。

 そして、右手を振り上げ、巨人の横腹を抉り取った。


「『竜爪撃ドラゴン・ネイル』!!」


 魔力が込められた爪撃によって巨人の横腹に巨大な穴が開く。

 抉り取られた土は辺り一面に四散した。

 しかし、穴はすぐに塞がり、四散した土も再び巨人の体に取り込まれた。


「くそっ…………!」


「無駄無駄! この圧倒的な土量の前には、蚊に刺されたようなもんだ!」


 男は、両手を大きく広げる。

 すると、巨人も同じポーズをとり、体中から土の柱が突き出てきた。

 突き出た柱は、そのままどんどん伸びていき、一斉にメルに向かっていく。

 メルは次々と突き出されてくる土の柱の間を巧みにすり抜け、巨人の懐に入り込んだ。


「『竜牙撃ドラゴン・タスク』!!」


 五指を立てた両手を横に組み合わせ、竜の顎に見立てて放つ握撃。

 両手から溢れた魔力が、巨大な竜の頭部となって、直径十メートル以上はある巨人の胴体に食らいつき、両断した。


「やるな……だがっ!」


「!!」


 怯んだ様子もなく、男は巨人の手を操り、メルに向かって振り下ろす。

 土でできた手のひらがメルの視界を覆い隠す刹那、両断した胴体が互いに土の柱を伸ばして、接合しようとしているのが目に入った。


(物理攻撃じゃ意味がねぇ…………だったら!)


 メルは巨人の指の間をすり抜け、振り下ろされた手のひらを避けると、巨人の頭よりも高く、空へと上がった。


(ただの炎の息吹ブレスじゃダメだ…………土を溶かすくらい…………魔力を高めて…………!)


「あぁ?」


 男は頭上にいるメルを見る。

 一瞬、太陽の光が反射し、男は目を細めた。

 しかし、男はふとあることに気がついた。

 今はもう夕方近い時刻だ。

 この時間にこんな高い位置に太陽があるのはおかしい、と。

 男は手で光を遮りながら、光の方に目を凝らす。

 光の正体を見た瞬間、男の細めていた目が大きく開かれた。

 男が見たのは、メルの魔力によって限界まで熱量を高められた火球だった。

 太陽と見間違えるほどの光と熱量。

 もし、あれだけのものを食らったら…………。


「な…………何だと…………!?」


「くらいやがれ…………!!」


 メルは目の前の火球にさらに魔力を乗せて一気に解き放つ。

 擬似太陽となった火球は膨大な熱を帯びた閃光となって、巨人に降り注いだ。

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