第71話 対峙する魔王

「逢真っ…………!」


 暁はメルに笑顔を返すと、手にした『ドラクレア』を振るう。

 すると、メルに覆い被さっていた土が剣圧で吹き飛ばされた。

 メルはフラフラと立ち上がる。

 そんなメルを見ていた暁が首を傾げた。


「あれ……? メルちゃん泣いてた?」


「なっ…………! ばっ…………!!」


 メルは慌てて両手で顔を拭う。

 そして顔つきを整えて、暁の方に向き直す。


「泣いてねぇっ! 目に土が入っただけだっ!!」


「ふ~ん…………」


「お前! 信じてないだろ!!」


「それはいいんだけど…………鼻、汚れてるよ」


「はっ…………? あっ…………!」


 暁は自分の鼻先を指差すジェスチャーをする。

 メルは慌てて制服の袖で鼻先を拭った。

 あまりに強く拭ったためか、鼻先を少し赤くしながら、メルは暁の顔をジッと見る。

 メルの視線に気づいた暁は再び首を傾げた。


「…………探してくれてたのか?」


「うん。みんなといっしょにね」


 そう言いながら暁が指差す方を見ると、救出した生徒を避難させている姫乃、神無、ふらんの三人がいた。

 三人もメルの視線に気づいたのか、笑みを返す。

 神無に至っては、両手を大きく振っていた。


「さて、現状から察するに、メルちゃんを泣かせたのはアイツか」


「泣いてねぇってんだろ!!」


 怒鳴るメルは置いておいて、暁は男と向き合う。

 男の方は突然割り込んできた闖入ちんにゅう者に向かって、あからさまに不快感を露にした。


「何だお前? その女の仲間か?」


「そんなところ。で、一応確認するけど街をこんなにめちゃくちゃにしたのは君?」


 暁の問いかけを、男は鼻で笑う。

 男は答える代わりに、暁に向かって巨人の拳を乱暴に振り下ろした。

 目の前に迫る土色の拳を、暁は淡々と眺める。

 そして、一つため息をつくと、『ドラクレア』を片手で横薙ぎに振る。

 すると、巨人の拳は暁に届く前に横真っ二つに裂け、右腕の上半分を削り飛ばした。


「何っ…………!?」


「これは『イエス』ととらえていいのかな?」


 涼しげな顔で事も無げに話す暁に、男は戦慄する。

 不可思議な剣は持っているが、この男からは魔力の気配が感じられない。

 つまり、デモニアでもないただの人間が巨人の腕を切り裂いたということになる。

 そこまで考えて、男はあることを思い出した。

 昔、第七区に仕事場を移す話を情報屋の男にした時に聞いた噂話だ。

 ここ第七区は不可思議な力を操る人間の魔王に治められているという噂だった。

 男もその噂を聞いた時は、何とも眉唾物の話だとしか思わなかったが、目の前にいる男はそれに合致する。

 男は、恐る恐る言葉を零した。


「お前……まさか、『灰色の魔王』か!?」


「お、ご明察。そうです、僕が『灰色の魔王』です」


 そういうと、暁は手の甲にある紋章を見せる。

 魔王しか持ちえない紋章が目に入り、男は言葉を失う。


(魔王だと……!? こんなガキが!? くそっ……俺は完璧に仕事をこなしていただけなのに……王族に目をつけられるなんて……)


 男もまさか魔王を敵に回すとは思っていなかったため、ひたすら焦るばかりだった。

 どうすればいいのか、男は再び思考を巡らせた。


(いっそのこと逃げるか……? 今なら土に紛れて逃げられるかもしれない。くそっくそっくそっ!! 何で俺がこんなガキを恐れて逃げなきゃならないんだ……ん? ガキ……?)


 男はもう一度暁を見る。

 まだ細く、未発達の体。

 あどけなさの残る顔つき。

 確かに、目の前にいるガキは紋章の示す通り魔王なのかもしれないが、それ以前にまだ子供なのだ。

 ならば、まだこちらに勝機はある。

 男はそう考えると、さらに大量の土を吸収し始める。

 土の巨人はさっき暁に切り裂かれた腕を再生させると、さらに背中から四本の腕を生やす。

 さながら、その姿は怒り猛る阿修羅像だった。

 腕を再生させるばかりか、さらに姿を変貌させた土の巨人に、暁はのんきに驚嘆の声を上げる。


「驚いた。周囲の土を吸収して姿を変えるのか」


「ああ、だからいくら切り裂いてもすぐに再生しちまう。物理攻撃は効果がない。だから、俺は土ごと溶かしてやろうとしたんだ」


「だけど、あれだけ大量の土を溶かしたら、それこそ大惨事だ。だから……別の方法をとる」


「別の方法?」


「ちょっと耳貸して」


 暁は、メルの口元でこそこそと囁く。

 それを聞いたメルは、訝しげに暁を見た。


「それって……上手くいくのか?」


「大丈夫大丈夫。絶対上手くいくって」


 暁はメルの肩をバシバシ叩く。

 楽観的に見える暁とは対照的に、メルはまだ作戦に対して半信半疑といった様子だった。

 そんな二人の元に、人質を避難させ終えた姫乃たちが戻ってくる。


「暁ちゃん、みんなの避難終わったよ!」


「ついでに『降安』にも連絡を入れてきた。もうしばらくしたら駆け付けるはずだ」


「そっか。なら、『降安』が到着する前にここを片付けますか。それじゃあ、みんな話した作戦通りによろしく」


 暁は『ドラクレア』を肩に担ぎ直す。

 そして、その切っ先を目の前の巨大な土の巨人に向け、高らかに作戦の開始を宣言した。


「『勇ましいちびの仕立て屋作戦』……決行だっ」

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