第56話 聖剣
暁の言葉に反応し、漆黒の光が明滅し、やがて完全に消滅する。
光の下より姿を現したのは、一本の細身の短剣だった。
一見、十字架を象った銀細工にも見えるその短剣の切っ先を、暁はメルへと向ける。
しかし、次の瞬間、暁はメルへと向けていた短剣の切っ先を自分の方へ向けると、微塵の躊躇もなく自らの胸に突き立てた。
「がっ…………がはっ……あぁっ…………!!」
口角から血が一筋流れる。
短剣の刺さった胸を押さえながら、暁は膝をついて苦しみだした。
目の前で勝手に苦しみだした暁を見て、メルは不思議そうに何度もまばたきをする。
そんなメルの瞳と、血を吐きながら顔を上げた暁の瞳が交差した。
「!!?」
暁の瞳を見たメルの四つの瞳全てが大きく開かれる。
自我を失いかけていたメルの脳裏に、一つの指令が閃光のように駆け巡る。
「目の前のモノを攻撃しろ。ヤツは危険だ」と。
メルはその指令に従い、巨岩すら容易く噛み砕きそうな口を開き、魔力を溜める。
溜め込まれた魔力が高熱を帯び、赤熱すると、苦しむ暁に目掛けて、一気に放出された。
放出された熱閃光は、文字通り光の速度で目標に降り注ぎ、周囲を溶かす。
溶かされた地面が溶岩となって膨張し、破裂し、凄まじい爆発を巻き起こした。
メルの放ったブレスによって、焼き尽くされた荒野が、灼熱の溶岩が流れる危険地帯へと変貌してしまった。
赤熱した大地に君臨し、空へと咆哮するメル。
しかし、障害となる危険を排除したことへの油断か、燃える溶岩を振り払い、飛んでくる白い影の存在に気づかなかった。
「グガアァアアァァァァァッ!!?」
四十メートル以上あるメルの巨体が宙に浮き、燃え盛る荒野を越えて、残った木々を薙ぎ倒しながら飛んでいく。
飛んでいったメルの体は結界の端まで到達し、ようやく止まった。
メルの体を受け止めた結界は、僅かにヒビが入ったが、すぐにそのヒビを修復し、崩壊するのを防いだ。
メルは自分の元居た方角に向かって吼える。
その吼える先にいる者は他でもない暁なのだが、その姿はあまりに別のモノだった。
甲冑と呼べばいいだろうか。
白い西洋風の鎧を身に纏った姿の暁がそこには居た。
まるで生気を感じさせない無機質な白さの鎧は、純白に輝きながらも、あちこちに傷や破損があり、新品のようでもあり、年季の入ったものでもあるような不思議な印象を抱かせる。
各関節部に巻かれた黒い布が、その異様さに拍車をかけていた。
「アアアァァァッ!!」
メルは威嚇するように、翼を広げる。
そんなメルと対峙する暁は、微動だにせず、鎧の隙間から微かな呼吸音が聞こえるだけだった。
※
『魔王審査』が始まる数時間前。
応接室では事の子細を初めて聞かされた新妻が首を傾げていた。
「『
暁は新妻の質問に対し、肯定の頷きを返す。
「『聖剣』は人間の生命エネルギーである『霊力』を具現化する技さ。魔力を具現化する『魔剣』とは元とする力が違う。元々は護国を司る『
「何でそんな秘術をお前が知ってるんだよ」
「簡単な話さ。僕の母がその一族の末裔だったからだよ。僕の中には『麻葉』の血が流れてる。だから僕にも母から受け継いだ『聖剣』が使えるってわけだ」
「……親父が魔王で、母親が秘術を持つ一族の末裔か……とんだサラブレッドだな」
新妻は呆れたように頭を掻く。
そして、新たに浮かんだ疑問をすぐさま暁に投げ掛けた。
「で、その『聖剣』を使うことと、俺が呼ばれたことのどこが関係するんだ?」
「それは……危険だからさ」
暁は真剣な面持ちで、新妻と対面に座るアルドラゴを見る。
暁のらしくない表情に、新妻もただ事ではないことを察した。
「僕の聖剣『ヴァイス・ネロ』は、術者の力を極限以上に高めてくれる代わりに、術者の自我を完全に奪ってしまう。放っておけば、肉体が滅びるまで破壊の限りを尽くすだろうね」
「なんだそりゃ!? なんで『聖剣』なのにそんな危険な代物なんだよ!?」
「それは生まれ持っての力だからね。僕だって危険な『聖剣』を使わないようにするために、『聖剣』の技術を応用した『魔剣』を編み出したんだ」
「もしかして……俺が呼ばれたのって……」
「二人には、暴走した僕を止める役を担って欲しい。僕が破壊の限りを尽くす前に」
新妻は頭の中で「やっぱり……」と呟く。
露骨に嫌な表情をする新妻に、暁は笑顔を向ける。
「大丈夫大丈夫。最強の『竜帝』と陰陽五大家『新妻』の三十一代目当主のコンビならきっとなんとかなるよ。最悪殺すつもりで構わないからさ」
「にゃはは」と暁は呑気に笑う。
しかし、新妻の胸中には嫌な予感がしてならなかった。
何せ、何事にも用意周到な暁が自分とアルドラゴの二人にこの役目をお願いしているのだから。
つまり、この役目が最強の『竜帝』を以てしても手に余るということに他ならない。
(やっぱり帰ればよかった……)
心底後悔しながら、新妻は笑う暁を恨めしそうに見つめた。
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