第57話 白き暴君
まさに『力任せ』という言葉が相応しかった。
拳に満身の力を込め、全体重をかけて殴りつける。
そこに研究し尽くされた動作や技術も、急所や弱点をつくなどの知識的思考も存在しない。
ただ、目の前のモノを思いきりぶん殴る。
その一点しかなかった。
しかし、そんな暁の不格好な攻撃は、メルの全身を覆う緋色の『アンチ・スケイル』を砂糖菓子のように砕いていた。
「ギャアオオアアァァァァァァ!!」
喉笛を晒しながら、メルは悲痛な叫び声を上げる。
聖剣の力を身に纏った暁の攻撃は、全て霊力を帯びている。
魔力に対して絶大な防御効果を発揮する『アンチ・スケイル』も、霊力までは吸収できない。
それでも強固な鎧に他ならない『アンチ・スケイル』を、暁の拳は容易に砕いてしまっていた。
メルは手を振り回して暁を払い落とそうとするが、逆にその手を掴まれてしまう。
暁はそのままメルの巨体をぬいぐるみのように振り回し、何度も地面に叩きつけた。
メルは苦し紛れに熱線を何度も放射する。
周囲の森や大地が焼き払われるが、暁はそんなことはお構い無しにメルを叩きつけ続け、最後は彼方へと投げ飛ばした。
水面を跳ねる小石の如く大地を跳ね、転がるメルの巨体。
再び結界の端にぶつかる頃には、明らかに弱り切った様子だった。
つんのめりながらも、メルは弱った体に鞭を打ち、翼を震わせ空へと舞い上がった。
暁は何の感慨を抱いた様子もなく、両腕を力なくぶら下げ、兜の隙間から天空に昇るメルを見つめていた。
空に張られた結界ギリギリまで昇ったメルは、遥か眼下にいる暁を見る。
メルは暁に向かって咆哮し、翼を大きく広げた。
すると、メルの全身の『アンチ・スケイル』が眩く発光を始める。
自身の魔力を体内で練り込んでいるのだ。
咆哮を終えたメルは、そのまま開かれた口を暁に向け、体内で激しく渦巻く魔力を熱線として一気に解き放つ。
練り込まれたことで純度の増した魔力は、空気を蒸発させるほどの熱を帯びた光線を生み出した。
触れるどころか近付いただけで消し炭になってしまいそうなブレスが、一切の慈悲もなく暁へと降り注ぐ。
そのブレスに対し、暁はだらりと下げた両腕を向ける。
その次の瞬間だった。
暁は何か特別な動作をすることもなく、まったくのノーモーションで、メルの吐いたブレスと同等、いやそれ以上の霊力波を撃ち放った。
「!!??」
メルの吐き出したブレスを飲み込み、霊力の奔流はメルを包み込む。
断末魔を上げることも許されず、凄まじい霊力に全身を焼かれ、メルは天空より引き摺り下ろされた。
※
「…………っ…………」
地上へと撃ち下ろされたメルは元の少女の姿に戻っていた。
竜の姿を経たことで着ていた衣服は全て破れ去り、傷だらけの裸体を晒し、意識を失っていた。
そんなメルを見下ろす白い影が一つ。
普段ならば喜んで小躍りをしているはずであろうが、今の暁は何の感情を感じさせない、無機質な視線を向けるだけだった。
しばらく傷ついたメルを眺めていた暁だったが、ゆっくりと傍に歩み寄ると、倒れたメルの頭上に片足を上げ、踏みつけようと振り下ろした。
しかし、暁の足は地面を砕きはしたが、メルの頭を踏み潰すには至らなかった。
暁の足が振り下ろされる刹那、メルの体はアルドラゴの胸に優しく抱きかかえられていた。
首だけを回して、暁はアルドラゴの方を見る。
暁がアルドラゴに気を取られていると、頭上から太い釘のようなモノが五本、暁の周りに突き刺さった。
「
新妻の喝声と共に、地面に刺さった釘から光の筋が伸びる。
光の筋は互いに結びつけ合い、大きな五芒星となって暁の周りを取り囲んだ。
暁が首を傾げる。
しかし、すぐに自分の動きが五芒星によって封じられていることに気が付いた。
「弱った女の子に手を上げるなんて……らしくないことをするじゃないか。なぁ、王様?」
金でできた
暁は新妻の言葉を聞いているのかどうか判然としない様子で変わらず首を傾げていた。
新妻は首だけを背後に回し、アルドラゴに叫ぶ。
「アルドラゴさん! ここはしばらく俺が食い止める! その隙に娘さんを安全なところへ……」
「残念だが、その余裕は無さそうだ」
「えっ……!?」
新妻が暁の方に視線を戻すと、そこには動きを封じていたはずの暁が目の前に立っていた。
新妻は思わず、懐から霊符を取り出し、暁に向かって投げつけた。
「!?」
流石に暁も驚いたのか、投げつけられた霊符を払い斬ると、背後へと飛び下がる。
同じく、背後へと下がった新妻は二つのことに戦慄していた。
一つは先ほど投げつけた霊符が簡単に振り払われたこと。
新妻が咄嗟に投げつけた霊符は、かなり強力な部類に入る霊符で、触れれば腕が吹き飛ばされてもおかしくない代物だった。
暁はそれを片手で、しかも無傷で斬り裂いてしまったのだ。
もう一つが、暁の霊符を払う衝撃で地面に刻みつけられた大きな亀裂だ。
腕を振っただけなのに、地面を深々と斬り裂くほどの衝撃。
もし、背後に避けてなければ、自分は胴体を真っ二つにされていたであろうことは想像に難くない。
「これが……『聖剣』の……『灰色の魔王』の本当の力…………」
新妻は唾を大きく飲み込む。
娘に上着を被せたアルドラゴは、新妻の横に立った。
「気を引き締めろ……ヤツが言った『殺すつもりで』というのは決して冗談などではない。本当に殺す気でいかなければ、こちらが殺られてしまう……!」
アルドラゴはそう言うと、拳を握り込む。
アルドラゴの魔力が、徐々に高まり始めていた。
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