第55話 融魔竜身

「母様! おはようございます!!」


 二つに結わえた金糸の髪を揺らしながら、少女は母と呼ぶ女性の膝にぶつかるように抱きついた。

 自らの膝に抱きつく愛娘を見て、女性は慈愛に満ちた笑みを浮かべる。


「おはようございます。今日も元気ですね」


「はい!」


 少女は母の足元で何度も跳ねる。

 跳ねる度に少女の髪は、様々な角度から朝の光を浴びて、髪そのものが輝きを発しているように見えた。

 女性はその様子を幸せそうに見つめていたが、突然表情を歪め、胸を押さえながらその場にうずくまる。


「痛っ…………!」


「母様…………?」


 突然苦しみ出した母を、娘は心配そうに見つめる。

 女性は、娘に背中をさすってもらいながら、しばらく痛みに堪え続けた。

 まもなく、胸の痛みが治まったのか、女性は深呼吸をしながら立ち上がる。

 立ち上がった女性を、少女は変わらず心配そうな表情で見ていた。


「心配をかけましたね……もう大丈夫です」


「……ほんとぅ?」


 少女の表情は晴れない。

 女性は、娘に心配をかけまいと、笑顔で大袈裟に両腕を上げてポーズをとって見せる。

 すると、少女の顔はパアッと晴れ、女性と同じポーズをとった。


「貴方は私と違って強い子ね。きっとお父様にも負けないわ」


「本当!?」


 女性はゆっくりと頷く。

 少女は嬉しそうに、頬に両手を当てて笑った。



 ※



『本当に強いわ。メル…………』


「あああァああアあぁぁぁアァァアァああぁぁぁぁぁアァあぁアァァァあ!!!!」


「!?」


 突然雄叫びを上げたメルに、四人は身構える。

 メルは喉から血を吐きそうなほどの叫び声を上げると、四人を睨み付けた。


「俺は強い! お前たちよりも親父よりも……いや!! 世界中の誰よりも!! 俺は強いんだ!! 強くなくちゃいけないんだああぁぁぁ!!!」


「なんだ!? どうしたんだ一体!?」


「これは…………まさか!」


 メルは全身を震わせ、低く唸る。

 体は徐々に紅玉の『アンチ・スケイル』に覆われ、みるみるうちに巨大化していった。

 その体が四十メートルを超えた頃には、金髪の可憐な少女の面影など微塵もない、見るからに狂暴な一匹の巨竜が黒い翼を広げ、地鳴りのような咆哮を上げていた。


「なにこれなにこれ! 怪獣!?」


「神無ちゃん……何で嬉しそうなの……」


「暁……あれは?」


 特撮好きの神無だけがはしゃぐ中、突如として変貌したメルに姫乃とふらんの二人は驚きを隠せない。

 しかし、暁だけは神妙な面持ちで目の前の一匹の竜を見ていた。


「あれは……『融魔竜身ドラゴナイズ』だ」


「ドラゴ……ナイズ?」


「内にある魔力と体組織を融合させ、体を変質させる能力さ。丁度、神無の獣人化と似たようなものだ。だけど竜人ドラゴニュートのそれは次元が違う」


「どういう意味だ?」


 姫乃の問いかけに、暁は静かに頷く。


「体組織と融合させる魔力の量が尋常じゃないのさ。普通なら体組織そのものをボロボロにして破壊してしまってもおかしくないほどの魔力と融合できる。だから、彼女の能力は今までと比べ物にならないほど上がっているはずだ。現に完全に動きを封じていた姫ちゃんの拘束も、簡単に振りほどいているでしょ?」


「そんな…………!」


(そして……おそらく今まで吸収した魔力も上乗せされてさらに強化されてる……)


 暁は耳の通信機に触れ、連絡をとり始める。

 相手は、すぐに応答した。


『はい、ムクロでございます。こちらからも確認できておりますので、既に結界の出力を上げております』


「そうか。なら、そのままアルドラゴさんと新妻さんにも連絡をとって。『予定通り実行する』って」


『かしこまりました』


 暁は通信機を切ると、それを耳から外す。

 そして、外した通信機を姫乃に手渡した。


「それじゃ、姫ちゃんたちも話した通りここからすぐ離れて。結界の近くまで行ったら、その通信機でムクロに出口を開いてもらってよ。そして……が来たらよろしくね」


「暁……本当にやるのか?」


 姫乃は不安そうに暁を見つめる。

 普段はのほほんとしている神無も同様に不安を隠せずにいた。

 ふらんに至っては、既に泣き出しそうな目をしている。

 そんな三人の顔を見て、暁は満面の笑みを浮かべた。


「大丈夫。前にも言ったけど、三人を臣下に選んだのは、僕が必要としているからだ。だから……頼んだよ」


「なんで暁ちゃん……何でそこまでして……」


「しょうがないよふらんちん。暁ちゃんにもきっと何か考えがあるんだよ。それに、暁ちゃんが『大丈夫』って言ってるんだし」


 神無の諦めたような「だよね?」という言葉に、暁は苦笑いを浮かべる。

 姫乃も神無の言葉に納得し、三人は事前の取り決め通り、急いでその場を離れ始めた。

 三人の小さくなっていく背中を見送ると、暁はずっとこちらを睨み付ける四つの緋色の眼と向き合った。


「待たせたね。そんな姿になっても律儀に取り決めを守るなんて……本当は優しいんだね」


「オレガ……ツヨイ……オマエ……ヨリ……」


 メルは人一人より大きな牙を剥き出しにする。

 最早僅かな自我しか感じられない言動に、暁はため息をこぼした。


「今の君はだ。君は僕と同じ過ちを犯している。だから…………」


 暁は、ソッと自分の胸に手を置く。

 すると、暁の手から黒く、歪な光が水泡のように溢れ出した。


「魔王への道・明日のためにEX。これは……今からを踏まえてお教えしよう」


 暁は溢れ出た漆黒の光を握りしめる。

 そして、その拳をメルに差し向けた。


「いくぞ……聖剣『ヴァイス・ネロ』!」

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