第47話 竜帝の娘

 ――――アルドラゴ・レクスレッド。

 名門レクスレッド家の現当主にして、第一区を治める十三の魔王の一人。

 彼はデモニアの中でも『最強』の呼び声高い、ドラゴンのデモニアだ。

 そして、その中でも頂点に君臨するとされている、いわば『最強の中の最強』の存在。

 そんな彼を人々は『赤銅色の魔王』という称号以外に別の名で呼んでいる。

『竜帝』と―――――。



 ※



「君が……『竜帝』の娘……!?」


「そうだ。ただのデモニアとは違う。『最強』のデモニアの血を引く者だ」


 メルは尊大な態度で、小さな胸を張る。

 只者ではないとは思っていたが、予想以上の答えに、流石の暁も驚きを隠せなかった。

 そして、驚きと同時にある疑問が暁の中で首をもたげた。


「それで何故『竜帝』の娘がこんなことを?」


 暁は自分の背後にいる姫乃と神無を見る。

 二人共ボロボロで、神無に至ってはまだ気絶から回復していない。

 魔王のご息女が、他区の魔王に襲撃をかけ、その臣下を負傷させたのだ。

 冗談では済まされないし、ただ事でもない。

 間違えれば、王都を転覆させかねない大事件である。


「フンッ……詳しくは言えないが俺はある目的のために此処に来た。その目的達成のため……逢真! お前を殺す!!」


 黒翼を広げ、メルは暁に向かって急降下をしてくる。

 恐ろしく速い動きだ。

 しかし、暁も次の攻撃がくることは予想していた。


「ふらん!!」


 暁の叫び声が校庭に響くや否や、屋上にいるふらんから光線の第二射が発射された。

 新型の機工義肢に換装したことで追加された新兵器、『魔光砲まこうほう』である。

 魔力を圧縮し、加速器で亜光速にまで加速させて、手のひらから発射する。

 光速で発射された魔力の威力は先ほど見せた通りで、当たればただでは済まない。

 しかし、当たったはずのメルはほとんど無傷でピンピンしていた。

 その理由を『魔光砲』の第二射を片手で受け止めるメルを見て、ようやく理解した。

 吸収しているのだ。

 『魔光砲』の魔力が余すことなく、メルの体に染み渡っていっていた。

 まるで、水を吸い込むスポンジのようである。

 遂には発射された『魔光砲』を完全に吸収し切って、メルは不敵な笑みを浮かべた。


「今度は上手く吸収してやったぜ。焼けたのは手袋だけだ」


「それは……『アンチ・スケイル』か?」


 暁の言葉に頷き、メルはボロボロの手袋を裂いて、素肌を晒す。

 手袋の下には、ルビーのような鱗が日の光を浴びて、美しい輝きを放っていた。


「そうだ。あらゆる魔力を完全に吸収する鱗鎧『アンチ・スケイル』。俺の全身はその鱗で覆われている。俺には魔力での攻撃は一切通用しない!」


 そう言うと、メルは自分の鱗を撫でる。

 すると、鱗は消え、元の白く透き通った肌に戻っていた。


「アルドラゴと同じ『アンチ・スケイル』……本当に君は『竜帝』の娘みたいだな」


「だから……そう言ってんだ……」


「!?」


 突然、メルは足元にある小石を拾い上げ、強く握り締める。

 強く握られた拳が徐々に真紅の光を帯び始めた。

 そして、メルは大きく振りかぶる。

 暁はメルが何をし始めたのか最初は分からなかったが、大きく振りかぶるメルを見て、その真意がようやく分かった。

 暁は慌てて、通信機の向こうにいるふらんに向かって叫ぶ。


「ふらん! その場から離れろ!!」


「ろっ!!!」


 暁の真横を、赤い閃光が一瞬通り過ぎる。

 メルによって投げ放たれた小石は、強力な魔力を帯びて光速で飛んでいく。

 その行き先はふらんのいる狙撃ポイントだった。



 ※



『ふらん! その場から離れろ!!』


「えっ?」


 通信機から聞こえる暁の声に、ふらんは驚く。

 珍しく慌てた声色に、何事かと暁たちがいる校庭の方を注視する。


「……え?」


 ふらんはキョトンとしていた。

 自分は校庭を、下を見ようとしたはずだ。

 それなのに、何故か自分は倒れ、空を仰ぎ見ている。

 ふらんは起き上がろうと、体に力を入れるが上手くいかない。

 特に、下半身には全く力が入らない。

 どうしたのかと首だけを上げて自分の体を見る。

 ふらんは目を見開いた。

 力が入らないわけだ。

 自分のお腹から下が屋上の手摺てすりの近くに力なく倒れている。

 そして、今自分が上半身だけの状態で転がされていることにようやく気がついた。


「いっ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ふらんの悲痛な叫びが屋上に響き渡った。



 ※



『いっ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


「ふらん!? 大丈夫か!? ふらん!!」


「確かお前のもう一人の臣下は人造人間だったな。だったら安心しろ。コアには傷つかないように狙ったからな」


「っ…………!!」


 暁はメルを睨み付ける。

 暁の表情を見て、メルの表情を一変した。

 先ほどまではまるで違う、見ただけで相手を屈服させるような鋭い眼光。

 あまりの威圧感に、流石のメルも息を飲む。


「なんだ……ちゃんともできるじゃねぇか。流石は人間のくせに魔王になっただけのことはある」


「これ以上僕の大切な臣下を傷つけるようなら……もう容赦はしない」


「安心しろ。あくまで俺の目的はお前だけだ。これ以上手は出さない……がっ!!」


 メルは再び翼を大きく広げ、空へと飛び立つ。

 眼下に暁の姿を収めると、しっかりと狙いをつけた。


「容赦しないのは望むところだっ!!」


 そう叫ぶと、メルは今まで以上に息を吸い込む。

 その様子を見て、暁も身構えた。

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